第三章 金と銀の少年 Ⅲ
「マイ? ……じゃないわよね」
彼のものよりもやわらかい中性的な声だ。しかし、どこかで聞いたおぼえがある。カリンは顔をあげた。
「あたしたち、どこかで会った?」
道端の高い木の枝に、何者かが腰かけている。長い銀髪と足が見えた。なぜか素足である。
「うん」
そう言って、そのひとは木から飛びおりた。カリンの背丈の十倍はあろう高さからおりたとは思えないほど、かろやかに地面に着地する。
びっくりするくらいきれいな少年だった。
ひとつひとつのかたちが品よくおさまっている。声と同様に中性的な顔立ちである。長い睫毛にふちどられた目の色は、めずらしい金色だ。
並ぶと、カリンよりも背が高いのがわかる。年のころはカリンとたいして変わらない。身にまとう若草色の衣服は見慣れない意匠だった。
――こんなひと、見たことがない。
「きみとぼくは何回か会っているよ、カリン」
声にはおぼえがある。だが、こんな目立つひとに一度でも会ったことがあるなら忘れるはずがない。
「何回かきみに声をかけた。あとにしてくれる、って言われたけれど」
そこまで言われて合点した。
「さっきはごめんなさい。急いでたのよ――今もだけど」
「うん」
彼はにっこりとほほ笑んだ。
「きみはマイ・オリオンを探しているんだね」
どうしてそれを知っているのか。そもそも彼はなぜ自分の名前を知っている? 戸惑うカリンに彼は言う。
「知っているよ。きみのことならなんでも」
まるでカリンの心を読んだかのような言葉だった。
「カリン・アルバート。十七歳。リディル王国コーラル村出身。両親ともに農民階級。お兄さんは十二人いて、そのうちのひとりはリディル王立学園の生徒。十二歳のときにリーザイン魔法学園に入学、今年卒業して本部に配属され、その一週間後にディーレン支部に転属」
履歴書にすら書いていないことを、なぜ。驚きを通りこして、恐怖をおぼえる。
「ごめん、こわがらせるつもりはなかったんだ。きみも知っていると思うけれど、リーザス・クラストの情報部は魔法使いの経歴を保管している。それを見ればすぐにわかることだよ」
「情報部の資料を見たってこと?」
カリンの問いに、少年はうなずいた。
「情報部の資料は上級以上の魔法使いしか見ることは許されていないのよ? あなた、上級魔法使いだっていうわけ?」
そんなはずはない、とカリンは思う。
現在、上級魔法使いでもっとも若いのがディーレン支部長シセルファ・カデットだ。目の前の少年はどう見ても、シセルより年上だとは考えられない。
「そのとおり。ぼくはただの住民であって、魔法使いじゃない」
「だったら、どうして」
「知り合いに頼んで見せてもらっただけだよ。ダグラス・フレドールって知ってる?」
「ええ。一応は」
十二賢人にして、イスタニア支部長でもあるダグラス・フレドール。名前は知っているが、面識はない。封印魔法を得意とし、十二賢人のなかでもとくにすぐれた魔法使いだと噂に聞いている。
カロン・クレヴァスのもとで一週間働いただけのカリンにとって、十二賢人とつながりがある少年は非常にうらやましい存在だ。
「でも、それって違反よ」
情報部の所持する資料は持ち出しが禁止されている。たとえ十二賢人が許可したからといっても、許されることではないだろう。
そんなことができるのだったら、上級魔法使いなど目指していない。上級以上の魔法使いに頼めばいいだけのことなのだから。
「いいんだよ、ぼくは特別だから」
「……あなた、いったい何者なの?」
何者って? 少年は首をかしげる。
「ぼくはリーシェン。見たとおりの存在だと思うよ」