第三章 金と銀の少年 Ⅱ
自室の魔法陣の上にカリンは立っていた。魔法組合の管轄する建物にはふつう、連絡をとりやすいように共通の魔法陣が描かれているものだが、ディーレン支部にはなぜかそれがない。初日のような目に遭わないように、カリンはあらかじめ移動魔法用の魔法陣を床に描いておいたのだ。
杖を手にしたまま、マイの部屋に向かう。
「マイ! 火薬は禁止だって言ったでしょう!」
何度も戸をたたき呼びかけたが、返事はなかった。火薬のにおいがすることから、彼がここで実験をしていたことは間違いない。部屋をでてどこかに行ってしまったのだろうか。
二階の廊下を見まわしたが気配が感じられなかったので、階段をおりた。急いでいるのに、『毛玉族』が足にまとわりついてくる。
「ちょっとやめなさいよ」
はらってもはらっても『毛玉族』の数が増えるばかりで埒があかない。
「おーい、カリンちゃん」
背後からイーズに声をかけられ、カリンはその場に硬直した。それでもなお『毛玉族』はまとわりつくのをやめない。中にはローブのなかにまで入りこもうとするものまで現れる。
他のひとには見えないものが見えるなどと思われてはいけない。カリンはくすぐったいのをこらえて、イーズのほうを見た。
「ど、どうしたの」
「ん。いやあ、今晩のメニューのことなんだけど。何がいいかな?」
「こげてなければなんでもいいわよ!」
「そっか」
イーズが目をはなした隙に、背中に入りこんでいた『毛玉族』を引き抜く。
「そんなことより、マイを見なかった?」
「マイ?」
イーズは建物の出入り口を指さす。
「マイならさっき出ていったぜ? ……ってあれ? カリンちゃん?」
イーズの言葉を聞くなりカリンは駆けだした。支部の敷地内ならまだしも、集落のなかで火薬に火をつけられたらたまったものではない。
「ここに金髪で十歳くらいの男の子が来たら引き止めといて!」
なんとしてでもマイを止めなくては。
走り去ったカリンを、イーズは呆然と見つめていた。
「と、とりあえずごめんな……?」
*
マイはいったいどこに行ったのか。まったく見当がつかない。
まだなにも騒ぎになっていないようだが、安心するのは早すぎる。なにしろ相手は王宮の中で爆発を起こすようなひとなのだから。
「すみません、あたしと同じ服を着てて、茶髪で、眼鏡をかけた男を見ませんでしたか?」
道行く人に聞いてみるが、誰ひとりとしてそれらしきひとを見たものはいなかった。
ディーレン島の正確な地図さえあれば、マイの持ち物を使って彼の居場所を知ることができるのに。本部から専門家を呼んで、地図をつくってもらわないといけない。
「カリン」
頭上から声がした。