第二章 神の名を持つ島 Ⅶ
「どうして、こんなふうに鍬がこわれるんですか!」
リナリアから手渡された鍬を見て、カリンは激昂した。柄には五分の一程度しか刃がついていなかった。粉々にくだかれた形跡のみが残されていた。
「これでもあたし、農業はじめたばかりなの。はじめて一週間の新米よ。これまでハサミより重いもの持ったことなかったから、つい、ね」
直るよね、とリナリアに期待のこもった視線を向けられる。
「……これじゃ、直せません」
カリンはこわれた鍬にもう一度目をやった。がっかりするリナリアの顔を見るのがつらかった。
「なくなってしまったものを戻すことはできないんです。造形魔法っていっても、ゼロの状態から物をつくりあげてるわけじゃなくて、材料が必要なんです。造形魔法が得意なひとは、大陸のどこかから転移の魔法で鉄を呼びよせて、一瞬で新しい刃を作ることはできますけど――あたしは中級魔法使いだから、高度な転移魔法が使えないんです」
「じゃあ、直せないの?」
リナリアは残念そうな表情をうかべる。
「やっぱりシセルに頼むわ。この島には鍛冶屋がまだないから、そうするしかないよね」
――実力をみとめさせろ。
シセルの言葉を思い出す。
「あの」
今、言い訳を使っていた。
苦手な魔法を使うことをためらった自分を後悔する。魔法だけは生徒の誰にも負けない、そう決めたのに唯一できなかった魔法。“リーネの杖”――造形魔法をもっとも得意としたリーネ・エレクトラと同じ形の杖を持っているにもかかわらず、造形魔法におけるカリンの学生時代の成績はさんざんなものだった。
ときどき他の生徒に負けたりする創造魔法をのぞいて、他の分野の魔法ではつねに学年一番の成績をおさめていたカリンである。造形魔法の補習を受けるカリンを、生徒たちはここぞとばかりに馬鹿にし、教師たちは主席の失態を責めた。
「あたしがやります。できます」
杖を召喚する。
「高度な転移魔法は使えませんが、材料さえあればなんとかなります。リナリアさん、折れた刃は残っていますか」
どうだったかな、とリナリアは首をかしげた。
「家の中に置いたっけ……畑に出しっぱなしにしておいたっけ」
「それなら、なんとかなるかもしれません! 家に案内してください!」
やるしかない。カリンは自分に言い聞かせる。
ふつう、折れた刃を家の中に転がしておくものだろうか。リナリアの家に向かう道すがら、そのようなことがカリンの頭をよぎった。
リナリアの家は、集落から一軒だけはなれて海のそばにあった。建物自体は他の民家と変わらない。しかしながら戸をあけたカリンは、中の様子に愕然とした。
「これは、見つからないはずだわ」
かたづけ苦手なんだよねー、とリナリアが笑う。
「今までは旦那が片づけてくれてたんだけどね、今は息子とふたりっきりだからかたづけをするひとがいないのよ」
「……とりあえず修理を先にしましょう」
さまざまなものが散乱した床には、魔法陣が描けそうな空間がない。しかたなく家の前の地面を選ぶ。カリンは石を使って複雑な文様を描き出していく。
「へえ、そういう魔法陣もあるんだ」
「重要なのは陣を正確に描くことなんです。白墨を使うか、紙とペンを常備しておいてそれで描くことが多いんですけど。今回はこれでいきます」
魔法陣を書き終えたカリンは、その上にこわれた鍬を置いた。
「なにをするつもりなの?」
「これを媒体にして、残りの部分を呼びだします」
杖をかまえると地面に描いた魔法陣が白く光りはじめる。杖の先端の環に埋めこまれた緑の石が共鳴するかのように輝きを放つ。呪文の詠唱がはじまると、その光はさらに輝きを増した。
リナリアの息をのむ音が聞こえた。