第二章 神の名を持つ島 Ⅴ
「仕事はないんですか」
カリンが問いかけると、シセルは真顔で言った。
「ない」
辺境の地に依頼が来るはずもない。うすうす感づいてはいたが、即答されるとさみしいものがあった。
各自好きにするように、とだけ言って、シセルは自分の居室に向かおうとする。
「シセルさまは何するんですかー」
去っていく背中にマイが問うと、「寝る」という返事が返ってきた。修業でもするのかと思っていたカリンはいっきに脱力する。
考えるのはやめようと思いつつも頭に浮かんでしまうのは、失ってしまった本部での日々である。数々の任務をこなして、十二賢人のだれかに認められて、そうやって上級魔法使いになるにふさわしいと推薦をもらう。事件さえなければ、その道をまっすぐと進めていたはずなのだ。
「依頼……こないかしら」
「いいじゃないか、べつに。仮に依頼がなくて金が入ってこなかったとしても、この島なら生活に困らないだろ」
仕事がないことを、マイはむしろ喜んでいるのだろう。
「じゃ、おれも好きにさせてもらおうか」
そう言って、自室のある二階へとつづく階段をあがっていく。
なんだかなあ。ひとり取り残されたカリンは、小さくため息をついた。
魔法組合リーザス・クラストは完全なる歩合制で給料が支払われる。任務の難度と数によって給与が変わるため、たいていの魔法使いは、依頼者からの礼金が多く支払われる任務を与えてくれる支部への配属を望む。支部は全部で十二あるが、ディーレン支部以外はすべて主要国に置かれており、なにかと国からの依頼がくるようだ。そういった依頼を望めないのは、ディーレン島がどこの国にも属していない、ということにある。
突然海の上に島があらわれたという噂が流れはじめたのは、カリンが十三歳の時だった。東西に長くのびたオルフェリア大陸。その中央に位置するリディル王国の港から船で南下すること十日の場所に、その島は突然姿をあらわした。偶然通りかかった商船の乗組員たちが、光とともに島が生まれたのを見たという。夢かまぼろしか。不思議な現象に遭遇した彼らによって、島はディーレン島――“夢”の島と名づけられた。夢幻の神ディーレンスの名を冠す島の噂で、リーザイン魔法学園はもちきりとなった。もちろんカリンもそのうちのひとりであった。
――ねえねえシャロン先輩。あの島の噂は本当だったのよ!
廊下を歩いていたら耳に入ってきた情報を嬉々として伝えたカリンに、同室のシャーロット・ヴァートンは教えてくれた。
――今度ディーレン島にね、新しい組合の支部が置かれるの。
その話を聞いた次の日に、カリンたち生徒は全員、講堂に集められた。そして十二賢人のひとりであり学園長でもあるセイレン・シザリオンから、正式にディーレン支部が発足したことが発表されたのである。
そのときは、たった四年後に自分がそこに配属されているなど思いもしなかった。この場所にいる誰よりもすぐれた魔法使いになる、それだけしかカリンは考えていなかった。
「ほんと、いやになっちゃう」
はきだされた不満を聞く者はなく、ひとりごととなってむなしくかき消える。
ララーナの月になれば。半年ごとにおこなわれる人事異動で別の支部に配属されれば。そこで仕事をこなしてみとめられれば。そうすれば上級魔法使いになれるのだ。すくなくとも今の、依頼すらこない状況ではどうやっても十二賢人に目をかけてもらうことなどできやしない。
シセルは「実力をみとめさせろ」と言った。
いったいだれに? とカリンは思う。
シセルがカリンの実力をみとめてくれれば、彼から本部にある人事部に口ききしてくれるのだろうか。
「ああ、もう!」
ひとりきりの部屋で、カリンは壁を思いきり叩いた。
いちばんいけないのは、何もしないこと。考えてばかりいてもすすめない。
気分転換に、外へ出てみることにした。職場がこの島だということは不本意だが、島について知っておくのは悪いことではない。