第二章 神の名を持つ島 Ⅳ
ん、とシセルが深い青の目を見ひらいた。
「なぜだ。理由は」
「魔法でできることは限られています」
シセルの鋭い眼光にたじろぎながらも、カリンは言葉を続ける。今ここで言わなければ気がすまなかった。
「あたしたちは、その限られた中で魔法を使うことが許されています。だけど、魔法がなくてもできることにまで魔法を使うのっていけない気がするんです。魔法に頼りすぎてしまうと、あたしたちは魔法でできることしかできなくなってしまうんです」
――魔法使いになりたい、っていうのなら覚えておいてほしいんだ。
なつかしい声がよみがえる。
「魔法を使えるってことを当たり前に思ってはいけないんだと、あたしは思います」
シセルが真顔で近づいてくる。カリンは反論を恐れて、きゅっと目をつぶった。
「なるほど」
頭の上になにかが置かれた。いつもの癖で三つ数えてから、カリンは手をやって確認する。手に触れたものが何か知るやいなや、カリンは目を開けた。大きな影が目の前にあった。
「し、シセルさま」
「カリン、お前小さいな」
シセルに頭をぐしゃぐしゃとかきなでられたので、カリンは飛び上がりそうになった。兄たちも大きかったが、シセルの背はそれ以上だ。シセルの目つきの悪さも相まって、カリンは恐怖で言葉を失った。
「何やってるんですか、シセルさま」
マイが声をあげて笑う。
「そんなことしたら、カリンがつぶれちゃいますよ」
「そうだな」
そのあとに続いた言葉のせいで、「そうだな」が何に対してのものなのかわからなくなった。
「よく似てるやつがいる。お前と同じこと言うやつがな」
「それならなんで――」
「試したんだよ」
シセルにカリンの言葉はさえぎられた。
「期待以上だ、ふたりとも」
「え、おれも?」
マイが自分を指さすと。シセルは重々しくうなずいた。
「これからが楽しみってもんだ」
シセルがなにかつぶやいたが、その声はあまりに小さく、カリンには聞き取れなかった。聞き返そうかと思ったとき、マイが音をたてて椅子から立ち上がった。彼の右手にはしっかりと杖が握られている。
「マイ、どうしたの、急に」
「……なにかがいた」
いた、と過去形で言われたにもかかわらず、カリンはあたりを見回してしまう。足元に『毛玉族』が数匹ころがっていたが、何も見えないふりをする。
マイの視線は窓の向こうにあった。
「外になにかがいた。いやな気配がしてたんだ」
「あたしは何も感じなかったけど……」
いつの間にか『毛玉族』が足元にたくさん集まってきていた。それを気にしていることをマイやシセルにさとられないようにするのに、カリンはせいいっぱいだった。
「カリン、なにやってるんだ」
「ちょ、ちょっと足の裏がかゆくて」
苦しい言い訳をしながら、カリンは足にまとわりつく『毛玉族』をふりはらう。マイが納得のいかない表情を浮かべた。
「……なんなんだよ、まったく」
*
「何やってるんだよ、中に入ればいいじゃないか」
庭で薪割りをしていたイーズは、外から窓の中をのぞく“彼”の姿をみとめて声をかけた。すると彼は人さし指を立て口元にあてた。
「静かに」
そうしてイーズのもとへとやってくる。
「カリンとはふたりきりで話したいんだ……大事な話だから。邪魔が入ったら困る」
「お前にとっちゃ、やっかいなおまけだよなあ。偶然か?」
ちがう、と彼は首を横にふった。
「今回ばかりは、すこしクラリスが憎いよ」
ふっと彼は笑う。
「きみはよくしゃべるようになったね、イーズ」
その言葉の裏に隠された意味に、イーズは苦笑するしかなかった。
「そうでもしないと、やつらには通じねえからなあ」