第二章 神の名を持つ島 Ⅲ
全員の皿が空になったのを確認して、カリンは手をあわせ食後の祈りをささげる。故郷での礼法にならって、簡略化することがないように一字一句きちんと祈りの言葉を唱える。
創世神オルフェリアの十二の子神のうちで、とくに大地の神アレイシスを信仰するのは、地と深くかかわる農民の出であることのあきらかな証拠だった。食事の礼法には信仰によってさまざまな違いがあるが、アレイシス信仰にのっとったカリンの祈りは異色の存在だったのである。素性が知られるのにそのことが一役買ったのはまちがいようがない。しかし、それでもカリンは食前と食後の祈りは欠かさずにおこなってきた。
カリンの長い祈りが終わると、ものめずらしそうに彼女をながめていたマイが、感心したとばかりに口をひらいた。
「ほんと、きみは信心深いな。存在するかどうかもわからないのに、よく神なんか信じられるよ」
「あたしが何を信仰しようと、あなたには関係ないでしょ」
マイに一瞥をくれて、カリンは自分の使った皿を片づけるために席をたつ。
神を信じない。そう言うだけあってマイは食前、食後ともに祈りをささげることはしなかった。彼と出会って一週間、何度も食事の席を同じくしたが、彼のそういう行動はどうしても奇妙に思えてしまう。
神さまがいなかったら、この世界はいったいどうやってできたのよ――。
マイに反感を抱きつつ、カリンは皿を運ぶ。そうしてふと、シセルが食事を終えたまま黙りきりなのに気づいた。眉間にしわがよっているせいか、極悪人顔がさらにおそろしく見える。威圧感にカリンは思わず後退してしまった。すると、カリンのおそれにおかまいなく、マイが「あれ」と声をあげた。
「シセルさまも祈りとかやらないんですかー」
シセルがまばたきをするのを、カリンは見た。皿を持つ手が恐怖で震える。
「……やらないな」
その答えに、カリンは硬直した。
「なんで神なんかにいちいち礼なんか言わなきゃならねえんだ。言ったってどうせ向こうは聞いてすらいねえよ」
「し、シセルさま」カリンの緊張が解かれる。「それって、つまり、神さまを信じてはいるってことですよね……?」
シセルが片眉をあげた。それをカリンは同意と理解する。この狭い空間に無神論者がふたりもいるなどという恐ろしい状況が生まれなかったことに、ただただ安堵した。
「まあ、信仰は人それぞれですけど」
マイの口調は少しつまらなそうだった。
「シセルさまってそういうのに興味なさそうだと思ったのになー。顔からして」
また余計なひとことを、とカリンは頭をかかえたくなったが、さいわいシセルは気にしなかったようだ。
「お前の考えを変えよう、って気はまったくないが」
シセルは、おもむろに右のてのひらを宙に向かってひろげる。
「神は、いるぞ」
次の瞬間、彼の右手には長い杖が握られていた。何をする気なのだろうか、とカリンが考える暇もなくシセルの杖の赤い石が光る。
彼の前から、食器が消えていた。
「ま、見えはしねえけど」
そう言ってシセルは立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
シセルの完璧な魔法にあっけにとられていたカリンだが、はっと我を取り戻す。
「シセルさま!」
急いでシセルを呼びとめた。
「……なんだ?」
けげんそうにシセルがふりかえったようにカリンには見えた。おそるおそるカリンは言う。
「あの、あたしが言うのもあれなんですけど」
――魔法は万能じゃないんだよ。
九年前の言葉がカリンを突き動かした。
「こういうとき、魔法を使うのってだめだと思うんです」