第二章 神の名を持つ島 Ⅱ
犯人はわかっている。
爆音の衝撃で思わずしりもちをついてしまったカリンは立ち上がると、呆然としているイーズをその場に置きざりにしたままつかつかと廊下を進んでいった。よっつ離れた部屋の扉にむかってどなりつける。
「マイ! 朝っぱらから建物のなかで火薬の実験をするのはやめなさいよ!」
「ごめんごめん」頭をかきながらマイが姿を見せる。
「防音の結界魔法はいちおう張ってあったんだけどなあ」
「そういう問題じゃないわ。部屋の中で火薬に火をつけるのはどうか、って言ってるの。あなたには前科があるのよ?」
「だから、屋内で爆発させても建物に被害がでない威力の火薬をつくってるんじゃないか」マイは肩をすくめる。
「建物だけじゃないでしょ」のんきなマイにいらだちながら、カリンは念をおした。「人間にも、ね!」
「マリアンナさまのたいしたことないかすり傷――」
カリンがにらみつけると、マイはあわてて言いなおした。
「ああ、うん、あれはひどい大けがだった、うん。だけど、あれは火薬の爆発が負わせたものじゃないだろ」
「だれだっていきなり爆発が起こればおどろいてころぶわよ。あのときは、火薬じゃなくて魔法を使うべきだったの。あなたは、なによりもマリアンナさまの安全の確保を優先するべきだったの!」
「わかんないな」マイは分厚い眼鏡のふちをもてあそぶ。「カリンの考えはまったくわからない」
「常識的なことを言ってるのよ、あたしは」
「自分の身が危なくなっても、自分をさんざんな目にあわせた人間を助けるなんて、おれにはできないね。依頼だったとしても、そんなのごめんだ」
何を言ってもむだだ。なかばあきらめつつも、カリンはマイに念をおした。
「ここでは火薬禁止。あたしたちは魔法使いなのよ。なにかあれば魔法で解決するべきなの」
「……魔法使い、ね」
マイはそれ以上その話題にふれなかった。朝食はなにかなー、とごまかすように階下におりていく。
*
朝食の席を気まずい沈黙が支配していた。カリンは真っ黒にこげたパンを口に押しこみながら、隣に座るマイと彼の向かいのシセルを交互に見やる。特に話す話題があるわけではないが、フォークが皿に当たる音だけがする空間にいるのは耐えがたいものがあった。朝のやりとりのせいでマイとは話しづらいし、シセルは顔のためだろうかうかつに話しかけられない雰囲気をかもしだしている。いちばん話しかけやすそうなイーズは、倉庫の掃除があると言って席をはずしていた。
両親や兄たちとの歓談をまじえての食事を理想とするのは高望みなのかもしれないが、話し相手のいなかった学園の食堂でも、誰かの話し声はかならずあったのだ。一瞬故郷が恋しくなったが、それではいけない、とカリンは自分に言い聞かせる。
「シセルさま」勇気を出して口をひらいた。「ええと、いつもこんなふうに食事をとられているんですか」
「ああ?」
凄みのきいた目に見つめられ、カリンは思わず身をひいた。椅子が音をたてる。
「カリン、お前はなにが言いたいんだ」
「あ、あの、いつも無言なんですか」
シセルはフォークを持つ手をとめた。
「いや。いつもは一人だからな」
「イーズは?」
「あいつとは飯を食ったことがない」
一緒に住んでいるのに、すれちがってばかりいるのだろうか。ディーレン支部の人間関係にカリンは少し不安をおぼえる。
「あの、もうちょっと明るい食卓になればいいと思うんです。イーズもちゃんと時間を合わせて」
「ふうん」マイが横から口を出した。「気づかなかった。カリンがそんなこと考えてたなんてさ」
食事中にしゃべる習慣はなかったよ、と彼は言う。
「ほんとうにごめん。うん、言われてみればたしかにそうだよな。黙々と食べてたら、どんなにうまいものを食べてたってなにも楽しくない……ま、これがおいしいとは言えないけど」
「まあな」シセルが笑った。