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夜祭

作者: そのたおおぜい

 地元の祭、というものは、得てして普段見たこともない顔役と呼ばれる爺さんが神輿の上に立ち、どこに居たのか分からないようなガラの悪いのが担いで、それをどこから来たのかわからない観光客が、喜んでいるのかそうでないのか、分からない様子でただ見ている、といった印象しかない。

 子供の頃は、それでも少し多めにもらった小遣いを手に、屋台で何か食べたりするのが楽しみだった。

 が、今は高くてそんなに旨くない食べ物に金を払いたくはない。それならコンビニで何か食べたほうがずっといいし、ガチャの一回くらい回したほうが建設的だ。

 で、その祭の日の自分はと言えば、運悪く、地域なんとか活動という、名前も覚えていないような学校の活動に引っ張り出され、この冬の寒い中、小さな牢屋みたいな店で店番をさせられている。

 多少は気楽なジャージ姿でならまだ良かったのだが、活動のなんとかって理由で学生服を着なければならないのも腹が立つ。

 先生や、部活の先輩の指名から逃れることが出来た運のいい奴らは、家でデイリーミッションなりイベントなりMMOの対戦なりで楽しんでいる頃だろう。

 一番嫌なのが、この活動が学校活動の一環だということで、スマホや携帯の持ち込みが禁止されていることだ…もちろん、マンガもダメだ。

 夜の7時…この店の閉店時間が来るまでは、SNSを見ることすら出来ない。自分だけ、誰ともつながっていない。ただ情けなくて惨めだ。

 いや、正確にはもうひとり居る。他のクラスの女子だ。

 自己紹介の時、なんと言っていたか……佐藤なんとかって娘だ。

 先生から紹介された時は、一人じゃないことに安心したと同時に、話がしやすい男子ではなかったことや、女子と二人だけで店番をするのはどこか気恥ずかしくて、なんとも言えない複雑な気持ちだった。

 そして今、その佐藤なんとかって女子と二人でこの店番をしている。店番を初めた午後3時から2時間が過ぎ、店の外は既に暗くなってきている。

 昼の間は明るくて分からなかった、道を挟んだ対面の店の光が、増え始めた観光客の間からチラチラ見える。

 客はまだ一人も来ていない。

 両手を伸ばして伸びをしつつ息をついた。

 女子は、学生服の上着を脱いで、熱心に本を読んでいる。文字ばかりの本…文庫本だ。

 カバーのせいでタイトルはわからない。

 女子の読んでいる本から視線を外して、何度目になるのか店の中を見る。

 顧問の先生は8畳とか言っていたが、直感的には自分の部屋の倍くらいの広さ。長方形ではない。

 狭い敷地に建てられた古い家で、外から二階の店に繋がる階段や洗面所とかのせいで、部屋の中に出っ張りがあり上から見ると凸型になっている。天井は低い。立って手を伸ばせば触れられるかギリギリだ。

 目立つようにしてあるのか知らないが、暗めの赤で塗られた壁。室内の照明は、省エネか何か知らないが、LED照明を何本か減らしてあって、薄暗い。コンビニの方がまだ明るい。

 道に面した側は全面ガラスで、店の名前が記されたシールや半端な目隠しの横長のラインが貼られている。こちらから見ると文字は逆さで、そのせいでさらに物悲しさが強くなる。

 腰の高さよりも少し低い、廃棄品をリサイクルしたようなテーブルが並び、その上に飾り気もないザルが並び、その上に近所のおばさんが自家菜園で育てたような、適当な野菜や芋が乗せてある。

 他にも、はちみつだのジャムだのの得体のしれない瓶詰め。地元産の粉を使ったとあるそばやうどん。どこで育てているのかわからないお茶の葉。見た目相応の値段とは思えない、薄いプラスチックの袋に入って、ステープラーでラベルと封をしただけのクッキーやビスケット。以前流行った地域のゆるキャラの…色あせた縫いぐるみやグッズなどもある。

 どれも自分で食べたいとか、欲しいとか思えるようなものではない。

 店の入口から見ると、左の奥の方に、自分たちが今座っている椅子とテーブルがある。その上に、古いレジの機械。他にもいくつか棚がある。

 ネットにつながっているようなパソコンはないし、テレビもラジオもない。ただ、省エネで薄ら寒い風を出してくるエアコンの低い音と、外の賑やかになってきた音だけが聞こえてくる。

 もう一回時計を見る。5時5分。

 まだ5分しか経っていない。あと2時間近くこのまま何もできない時間が続くんだろうか?

 雑魚キャラにクリティカルヒット食らったみたいな運の悪さ……もったいない時間。

 もう一回伸びをすると、隣りにいた女子…佐藤さんが本を綴じて、手を下に伸ばして伸びをする。

 読み終わったのかと思って見ると、足元に置いてあった学校指定のかばんから水筒を取り出した。

「あ」

 自分が、そうした準備を全くしてない事に気がついて声が出た。

 佐藤さんは、水筒のカップから一杯注いで飲み干すと、こちらを見た。

「飲む?」

 突然の問いかけに口ごもる。

「え、いや」

 自分の反応を見て、佐藤さんは立ち上がると、手洗いの方に向かうと腰を下ろして、今まであることも意識していなかった棚から何か取り出した。

 紙コップだ。

 佐藤さんは、水筒から紙コップに一杯お茶を注いで渡してくれた。

 見知らぬ女の子から、お茶を手渡された驚きとちょっとした興奮で、また口ごもる。

「あ、あの、ありがとう」

 貰ったお茶に口をつける。温かい。何のお茶なのか分からないが飲んだことのある味。スッとする……

「ジャスミンティーだよ?、嫌いじゃないといいんだけど」

 そうだ、ジャスミンティーだ。コンビニのペットボトルでよく売ってるやつ。夏にときどき飲むやつ。

「ここの当番は初めて?」

 佐藤さんは、水筒を片付けながら訪ねてきた。

「え、あの、うん。ここに来るのは初めて。」

 まさか、女の子の方から声をかけてくるとは思わなかったが、自分でも奇妙なほどたどたどしくも答えることはできた。

「地域振興ボランティア活動って、人気無いもんね」

 そういや、そんな名前だったな……自分が今やっているのが、そんな名前の活動だった事を思い出した。が、その前にもう一つ自分の頭に疑問が浮かんできた。

「その、佐藤さんは、やってるの?」

「…何を?」

「えと、その、この地域振興活動ボランティア?」

 佐藤さんは初めてほんの少し笑ったような顔を見せた。

「このお店にはね。ここに居ると、ずっと本が読めるし、スマホも持ってこなくいいから」

 驚いて尋ねる。

「…スマホ…見ないの?」

 佐藤さんは座ったまま両手で軽く机を叩いて答えた。

「本を読む時は、通知とか邪魔だからね。友達も既読つかないー!って言ってくるし。でもここから気にしないで本が読めるから、このお店に来るの」

「本、読むんだ…」

 マンガだのは読むことはあっても、文字ばっかりの本は教科書だけでも嫌すぎる。どうしてそんなのが読めるのか、サッパリわからない。

「…面白いの?」

 答える代わりに佐藤さんは、本を取り出すとカバーを取って見せてきた。

 文庫本の表紙には、今上映している映画のタイトルが付いている。

「映画の原作なの。面白いよ?、映画では出ていないところの話とか、出てくる人の考えてることとか書いてあるし」

「へえ!」

 自分は、映画もあまり見る方ではないが、登場人物の考えとか、思いついたこともなかった…本を読む人はちょっと頭がいいのは多分間違さそうだ。

 自分には難しそうな話になってきて、話題を切ろうかと思っていると、店のドアに取り付けてあるチャイムがチリンと音を立てた。

 外の寒い冬の風といっしょに、爺さんに片足突っ込んだおっさんが一人入ってきた。

 ガラス戸の向こうには、似たようなお婆さんになりかかった女の人が立っている。

「あ、いらっしゃいませ」

 反射的に声が出た。

「いらっしゃませ」

 佐藤さんの声も続く。

 難しくなりそうな話題が途切れてちょっと嬉しかったものの、客が来たのは初めてで、どうしていいかわからない。

 ちょっと佐藤さんの方を覗き見ると、背筋を伸ばして椅子に座っている。やっぱりいつもこの店番をやっていて、慣れてるんだろう。

 おっさんは、手袋を外すとノロノロと店内を見回し、商品を幾つか手にとっては裏返したりして見ている。

 さっきお茶を飲んだはずなのに、もう喉が渇いてきた。逃げたい。

 おっさんは程なく、店の外に出る。思わずため息が出た。肩の力が抜ける。後ろから佐藤さんのため息も聞こえた。

 どこかに行ってほしいのだけど、おっさんは、店の外で待っていたおばさんと、何か話している。早く帰ってくれないかなと思っていたら。また入ってきた。

「「いらっしゃいませ!」」

 なぜか佐藤さんと声が重なる。

 もう帰ってくれないかなと思って、おっさんが店の商品を見て回るのを眺める。何もできない。

 嫌な気分になっていると、おっさんはテーブルの上の白菜を2つ手に取ると、こっちに持ってきた。

「これ」

 これって言われてどうすりゃいいんだ?って一瞬思ったが、会計しないといけないのに気がついた。

 値段がわからない。

「あの、ちょっと、待って、ください」

 自分でも声が高いのがわかる。立ち上がると、白菜の置いてあったテーブルに向かう。確か値段が書いてあった。

 見ると白菜の値段は一つ300円らしい。

 おっさんに向かって丁寧に聞こえるように答えた。

「あ、300円です。一つ。」

 そういや先生が、値段と税金のこと説明してたけど、聞いてなかった。

 どうしよう?って思っていたら、佐藤さんが「税込み価格です」とおっさんに伝えた。

 おっさんは、財布を取り出してお金を取り出す。

 佐藤さんが小声で「袋」と言った。

 そうだ袋だ、入れないと。先生が説明していたのを思い出し、しゃがみこんで自分の座っていた椅子の横にある棚を見る。

 袋を取りだして、白菜を入れた。大きな白菜で、袋を2つ使わないと入らなかった。

「あの、2つで、600円、です」

 おっさんは、こっちをちょっと見た後、レジの前にいる佐藤さんに1100円を渡す。佐藤さんは、レジのボタンの上で指をくるくるさせながら、一つ一つ確かめるようにボタンを押していく。

 白菜のボタンと300と金額を入力すると「300円、です」とレジが声を出す。

 合計と書かれたボタンを押すと、やっぱり「合計、600円、です」と声を出した。

 自分が言う必要はなかったんじゃ?って思う。

 佐藤さんは男から千円札一枚と百円玉一枚を受け取ると、金額を入力する。

「おつりは、500円、です」

 レジの声を聞きながら、コンビニとかにあるセルフレジとか置いてくれればいいのにと思う。

 レジから500円玉を取り出した佐藤さんは、おっさんに渡す。おっさんは、お釣りを受け取ると。財布に入れ、手袋をはめ直して、白菜の袋を持つ。

 おっさんは「ありがとう」と言うと、振り返って入り口に向かう。

 そういえば、言わなきゃ!って思っていたことが口から出た。

「ありがとうございました!」

 自分でも不自然なくらい大きな声になった。

「ありがとうございました」

 佐藤さんもさっきより少し大きな声で続いた。

 おっさんはちょっと振り返ると、店から出た。またおばさんと何か話している。

 今度こそ終わりだ。肩の力が抜けた。

「ビックリしちゃった…お店にお客さんが来るの初めて……」

 佐藤さんもそうだったのか、と驚いていたら、その言葉も終わらないうちに、おっさんはまた入ってきた。

 おばさんは店の前からどこかに行ったようだ。

 入口の横に白菜を置いている。

 やだなあと思っていたら、おっさんが声をかけてきた。

「このお店の店番、いつもやってるの?」

 不意を付かれて、どう答えたら良いのかわからなかった。でも答えなきゃって方が強かった。

「あ、あのはい。その、初めてで…」

 おっさんは、ちょっとだけ笑ったような顔になった。

「友達は、やっぱりみんな遊びに行ってるの?、祭の方に」

「あの、祭はあんまり…外から来た人ばっかりだし……楽しくないし、他で遊んでたりします」

 おっさんはさっき付けたばかりの手袋を取る。

「貧乏くじみたいな?」

 自分でも思ったことを言われて、笑って答えた。

「ええ、その、まあそんな……」

 おっさんは財布からさっきのお釣りの500円玉を取り出す。

「これ」

 500円玉に、何かあったんだろうか?、先生に連絡しなきゃならないのかなと思っていると、おっさんが続けて言った。

「二人でお菓子代に」

 びっくりした。

「あの……」

 おっさんは、振り返って道を挟んだ反対側の店を見る。

「あそこで、たこ焼きとジュース二人分買って500円くらいでしょ?、寒いし。もっと出せたら良いんだけど、俺もちょっと貧乏だから」

「え、でも…」

 知らない人からいきなり金を貰うのもびっくりだけど、それで何か食えなんて、もっとびっくりだ。

「帰りに二人で食べちゃえば誰も気が付かないし、何も言われないよ」

 思わす佐藤さんの方を見た。佐藤さんもビックリした様子でおっさんと自分を交互に見ている。

 おっさんは、じゃあと言って白菜の袋を取ると、店の外に出た。

 そして今度こそ歩いてどこかに行ってしまった。

 佐藤さんと顔を見合わせる。

「変な人…いるんだね……」

 佐藤さんがため息のように言って、続ける。

「どうする?」

 自分の手の中にある500円玉を見て、頭に思い浮かんだのがセコいなぁって事だった。どうせくれるなら1000円くらいくれればいいのに。

 でも500円だ、向かいのたこ焼き屋で大舟セットを買えば、たこ焼き8個とジュース二人分で500円だ。

 おっさんの言ったとおり、ここで食べるか、店を閉めて帰りに先生の所に行く前に買って食べてしまえば、誰も気が付かない。友達も、祭の日にここに近寄ることなんて絶対ない。

「買ってくる」

 佐藤さんにそう言うと、自分は店を出て、向かいのたこ焼き屋に向かった。


 モニタ画面の向こう側で、夜祭が続いている。ライブカメラの画像で見ると、自分の目で見たときより鮮明で鮮やかに見える。

 地元に居た時には、こんなにキレイじゃなかった記憶しかないのだが。

 知らない顔役を載せた神輿が、知らない男たちの手で掛け声とともに上下に揺すられ、旧街道を進んでいく。周囲は屋台と観光客で埋まり、それを上から提灯の列が明るく照らしている。

 どこかしら郷愁を覚えるものの、懐かしいかと言われると、分からない。

「あら?夜祭?、珍しい」

 後ろから声が聞こえてきた。

「お勧め動画とかで出てきたんで、ちょっと久しぶりに」

 振り返ると、モニタ画面を見つめる妻の姿があった。

「懐かしい?」

 自分が尋ねると、妻は微笑んで答えた。

「どうかなぁ?」

 どうやら、自分と同じ心持ちらしい。

 結局、佐藤さんとは、あの店で店番をしてたこ焼きを食べたときだけだった。

 その後、自分は大学に進学して、地元を離れ、東京で就職した。

 何年か前に、久々に実家に帰った時、偶然出会ったのが、やはり東京の方で就職していた佐藤さんだった。

 特に付き合っている、という形でもなく、酒を飲んだり、出歩いたりする事を繰り返していくうちに……いつの間にか結婚していた。

 ……人の縁なんてそんなものなんだろう。

 そして今、住んでいるマンションのリビングで、かつて二人が一緒に店番をしていた、あの田舎の夜祭のライブを見ている。

 祭に特に変化があるわけでもなく、無理な賑やかしにも思える笛や太鼓、鐘の音とともに、男たちの、やはり虚ろにも聞こえる力強い声が響く。その声や囃子の隙間を埋めるように、ざわざわとした雑踏の音がある。

 しばらくのあいだ、言葉もかわさず、ライブを見ていた。

 ふと、ライブカメラの画像が切り替わる。

 神輿の通る大通りから一つ向こうの、地元商店やその出店が並ぶ生活道路…裏通りだ。

 その画像に、あるものが写っていた。思わず「あ!」っと声が出た。妻も同じだった。

 あの店…地域振興ボランティア活動の店が、そのまま残っていたのだ。

 カメラで窓越しに見えるのは、ジャージ姿に見える二人……多分…店番をしている学生だろう。

 妻と顔を見合わせた。

 今年の冬は、夜祭に合わせて地元に戻ってみるか……あの店に行ってみるか……そんな思いが自分の脳裏をよぎった。

 あのおっさんと同じ、格好をつけた事をしたいのか…もしその機会があったとして、それを自分ができるかのは、分からないが。

 

 そう、思った。

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