4
「…ここだよね。魔法学研究室。」
ウェルムは、ある部屋の扉の前に立っていた。…不安とともに。
昨日たまたま発見した、マトロスの名前。彼は、魔法学の教授であった。谷塔で見た彼の姿は、おおよそ教授の風体ではなかったのであるが…。
この研究室の扉もまた、他の教員がいる部屋に比べて………汚れていた。
ここは、王立学園東棟。教員の部屋や研究室、実験室等がある。王立学園の生徒になって、初めて訪れたこの棟には、他では滅多に見られないものが沢山あった。
では、ウェルムは何故ここまで来たのか。その理由はただ一つ。
意を決し、目の前にある扉を押し開ける。ギイという鈍い音ともに、扉はゆっくりと開いた。
廊下の明かりが中に差し込む。真っ暗であった。
一歩、足を踏み入れる。床には、薄汚れた絨毯が敷かれていた。
「あの………どなたかいらっしゃいませんか?」
そう、中に声をかける。返ってきたのは、沈黙であった。奥を見ていると、段々と目が慣れてくる。
薄汚れた絨毯の上に散らかった、研究資料。無計画に積み上げられた、魔導書や本。ホコリを被った、水晶やガラス瓶。大きな布が被さった、何か。
研究室は、こう整頓されているイメージがあったウェルムにとって、目の前に広がる光景は衝撃的であった。
足の踏み場がない床を上手く歩きつつ、奥へと入っていく。壁にかけられた絵らしきものにもまた、ホコリがたっぷりと積もっていた。
部屋の突き当りに置かれた、細長い机らしきものにもまた、資料が積み重なっていた。その一番上に乗っかっていた紙に、『マトロス・グレーズ』の名前が。どうやらここであってはいるようであったが…。
「あのー、すみません!!」
今度は、大声で呼びかける。時計の秒を刻む音が、彼の耳に聞こえていた。すると…。
もぞっ…。
彼の近くで何かが動いた。恐る恐る目線を向けると…。
先程見えた、大きな布で包まれた何かが、まるで生き物のようにうごめいていた。
「うわあああああっっ!!??」
思わず大声をあげてしまう。すると…。
「………うるせえ。今何時だと思ってやがる……。」
布から、そんな恨みまみれの声が聞こえてきた。腰を抜かしてしまったウェルムの前に、布を被った何かが立ち塞がる。
「あ……す、すみません! へ、部屋を間違えましたっ!!!」
ウェルムが、必死にその場から逃げようと画策して、慌てて話す声を聞き、布をはがしたモノは、その顔を覗き込んだ。
「あれ………もしやお前、ウェルムか?」
聞き覚えのある、低い声。それを聞いて、ウェルムは顔を上げる。眼前にあったのは、昨日助けてくれた男、マトロスの顔であった。
「び、ビックリしました……。」
「気づかなくてすまんな。布団にくるまっていて、お前の声が聞こえなかったんだ。」
ワッハッハ、と豪快に笑いながら、カーテンを開ける。朝の爽やかな日差しが、研究室の中に差し込んできた。暗闇に包まれていた研究室の様相が明らかになった。やはり、散らかっていた。
「片づけるのが面倒でな。気を付けてくれよ。」
「ああ、はい。」
それよりも……ウェルムが気になったのは、マトロスの“布団”という発言。彼がくるまっていたのは、どう見てもボロボロの絨毯だったのだが…。その布団(?)を片付けながら、マトロスはウェルムの方へと顔を向ける。
「それより………どうしてここに来たんだ?」
ウェルムは一息つき、真剣な顔になる。
「マトロス先生。………僕に、魔法を教えてくださいっ!」