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無秩序の賢者  作者: ツタナイト
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「へえ………そんなことがあったんだ…。」


ウェルムが、マトロスと出会った翌日。校内をなんとなく歩いていたウェルムは、ばったり出会ったレイブに、事の顛末を語った。レイブはふむふむ…と頷きながら、彼の隣を歩き、話を聞いていた。


「それにしても……その……マトロスさん…だっけ? 随分と大胆な発言をしたんだな…。」


レイブの冷静かつ真っ当な意見に、ウェルムは思わず苦笑いする。だが、ウェルムはレイブの意見を軽く否定した。


「大胆ではあるけど……僕は、凄い説得力があると思ったんだ。あの人に教わらなければ、あんなに大きな力は引き出せなかったし……何より、僕はあの人に助けられたんだ。」


ウェルムはそう、まるで自分に言い聞かせるかのように言う。レイブは見たことがないくらいにハッキリとしたウェルムを、黙って見ていた。


「まあ………何であっても、否定はしないさ。それよりも……。」


脇に抱えたバッグから、紙の束を取り出す。そしてそれを、ウェルムに手渡した。


「お前、基礎講義は何にするか決めたのか?」


その紙に書かれていたのは、開講講義概要。

王立学園において、後期の授業は各々が取りたい授業を取るシステムになっている。学校が定めた基礎科目。それ以外に、応用の内容や、基礎講義では扱わない内容を選ぶことができる。彼…ウェルムとレイブが所属するのは、王立学園の中で、どの生徒にも開放されている一般課程。その生徒が選ばなければならない基礎科目は、魔法学、薬学、大陸史等…幅広い教養を必要とする。

この選択が、これからの進路を決める大事なものになってくる。

しかし彼は………それをずっと、決められないでいた。


「そう言うレイブは………どうなの?」

「俺? ……………俺はもう決めてるさ。」


ウェルムが持つ紙の束をめくり、ページを指し示していく。


「例えば………魔法学なら、俺はカイン教授の基礎講義かな。魔法学を総合的にやってくれるみたいだし。薬学は………皆が選んでるマール先生がいいかなって思ってるけど、希望する講義に出席できる生徒数も決まってるしね。」


そう、ハッキリと意見を述べることができるレイブを、ウェルムは羨ましそうに眺める。


「まあ、何にしても…締切は一週間後だし。お前も早く決めちゃえよ?」


じゃあな、とレイブは駆け足で講義室へと向かっていった。一人残ったウェルムは、彼から受け取った紙の束を持ち、ぼうっと立っていた。彼の脇を、和気あいあいとした生徒たちが通り抜けていった。



「ただいま……………。」


重い扉を開けて、誰もいない部屋に声を掛ける。静かであった。

王立学園の敷地、その端っこに、ウェルムが住むコート寮はある。この寮に住む生徒は、皆制服にカラフルなバッジを付けている。しかし、その中でただ一人だけ、灰色のバッジを付けている者がいた。

ため息とともに、彼が羽織っていた制服をフックに掛ける。その左胸についていたのは……灰色のバッジ。

そう。ウェルムは、学園の中で最も成績の低い、劣等生……………灰色の生徒であった。

そのバッジを眺めつつ、レイブが胸に付けていた白いバッジを思い出す。

ウェルムの灰色バッジとは対照的に、彼………レイブが付けている白というのは、学園の中でも一握りしかいない、優秀な成績であるという証でもある。

そんなレイブが、劣等生だと認定されているウェルムと、今も仲良くしてくれていることに感謝しつつも、彼に申し訳なさも抱いていた。


……………彼に突き刺さる、様々な視線。今日も、注いでいた。

レイブが、気づいていないわけがない。

劣等生と交流する、優等生。それが、一般生徒から見た光景だ。誰も、違和感を抱かないはずがない。好奇の目、侮蔑の目………そんな周りからの視線に、彼はいつも耐えているのだ。

その事実を考えながら、やるせなさとともに、彼から手渡された紙の束を開く。

一般課程の生徒は、皆誰もが基礎講義を選択し、履修する義務がある。これは、避けては通ることができない。

紙を一枚めくり、開講講義一覧を見ていく。

必ず取らなければならない科目は、最低で七つ。王立学園が開講している基礎講義、二十科目の中から、取りたいものを選ぶ。

レイブが選択したいと言っていた魔法学と薬学は、ウェルムもまた取りたいと考えていた。というよりも、どの生徒も取っていると表す方が、正しいかもしれない。


「魔法学の基礎講義を開講しているのは……………。」


まず、レイブが言っていた、カイン・ケルベイル教授。カインは、魔法学の中でも火属性魔法を専門に研究している人ではあるのだが、火以外の魔法にも造詣が深く、魔法学全般を習得しているのだとか。

二人目は、セルバス・ナルドム准教授。セルバスは主に、魔法学の歴史を検証している人なのだが、使役に関しても他の魔法使いき引けを取らないらしい。

この二人は、他の生徒たちも話題に出す人気のある先生だ。だから、基礎講義を取るのは難しいだろうと、簡単に想像ができる。現に、昨年も二人の基礎講義は、予定が掲出されて直ぐに、埋まってしまった。

それに、自分がついていけるはずもない…そうネガティブな思いが、ウェルムの中にすぐにこみ上げてくる。しかし。


『………劣等感は、今この場で捨て去れ。自分なら……できる。絶対に。そう思え。』


あの時の、マトロスの言葉が………その声とともに、ウェルムの頭に蘇る。


「……………よし。」


余計な考えを振り払うかのように、ウェルムは頭を振り、思考を切り替える。

そして、どんどんとページをめくっていく。


彼の……………マトロスさんのような先生が、この学園にもいてくれれば良いのに。


そう考えつつ、講義概要に目を通していく。時計の長針は〇を指し示し、深夜を告げた。

次の瞬間だった。


「……………おっと。」


紙束の後ろに挟まったペラ紙を、不意に落としてしまった。大方、レイブの選択メモ書きだろう…そう頭に思い浮かべながら、拾い上げると…意図せずその紙に書かれた内容が目に入った。


「『その他の基礎講義担当教員』………………………………………え。」


その、一番下に走り書きしてあった名前。







マトロス・グレーズ=魔法学教授 担当講義:特別魔法学基礎 など


谷塔で出会った、あの男のものであった。

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