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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

表と裏とその裏の

作者: 楽川楽

 ブスッと不貞腐れた顔でオムライスをつつく、少しばかり幼さの残る顔を見て苦笑する。


「で、今回の理由はなんなワケ?」


 ファミレスのテーブルに片肘をついてそう問えば、目の前の男──武藤新一(むとうしんいち)がギロリと俺を睨みつけた。


「そんなメンドそうに言うなよな」

「実際面倒くせぇじゃん、お前ら」

「ちぇっ! どうせ(めぐみ)和沙(かずさ)のミカタなんだもんな!」


 不満そうに突き出ていた唇が更に飛び出したのを見て、俺は今度こそ笑ってしまった。当然新一の目は吊り上るし、突つかれ続けるオムライスは酷い状態だ。


「俺、悪くねぇもんッ」

「はいはい、だから理由を聞こうとしてんだろ?」


 投げてくる言動全てが子供染みた新一は、これでも立派な社会人三年生だ。

 俺と新一は小学生の時からの付き合いで、所謂幼馴染と呼ばれる関係。幼馴染と言えば、諸事情で今はこの場にいないがもう一人存在する。そのあと一人が今回新一をこんな顔にさせている元凶でもあるのだが……こうして二人の喧嘩で呼び出されること数知れず。片肘をついてしまうのも許して欲しい。

 三人とも同い年で、社会人になった今でも変わらず連んでいるのだから、我ながら長い付き合いだと思うし当然仲は良い。

 そんな長い付き合いだからこそ知っているが、新一は見た目もこの中身の幼さも昔から何も変わらない。いい意味で純粋で素直なのだ。正直見た目はイマイチであまり特徴のない、普通の見た目だが。百人が百人、イケメンではないが不細工でもない……かな? なんて言う容姿をしているし女にもまずモテない。

 あえて特徴をあげるのなら、一重で細めの目と、鼻の上に散らばるそばかす。あとは癖が強くて寝癖なのかなんなのか分からない、いつも方々に跳ねてる黒髪くらいだろうか。


「どうせ新ちゃん、またアイツに黙って出てきたんだろ?」

「だからなんだよ。俺、子供じゃねぇし!」


 子供みたいにすぐに迷子になる奴は誰だよ、って言葉はちゃんと呑み込んだ。


「ンなこと言ってさ、どうせすぐにバレんだからさぁ」

「俺はそれも気に入らねぇの! なんでいっつもバレるし俺が怒られんの!? その癖自分はいっつも勝手に出かけんじゃん!」

「今更だろ、アイツの束縛なんて」

「また恵は和沙のミカタするー!!」


 もうヤダぁ! と机に突っ伏す新一を見て溜め息を吐く。

 こうして新一がもう一人の幼馴染、藤咲和沙(ふじさきかずさ)と喧嘩をするたびに俺を呼び出してくるのも、いつも和沙に居場所がすぐにバレるのも事実なのだ。そして俺は別に和沙の味方をしているわけではないし、寧ろどちらかといえば俺は新一の味方でいるつもりだ。

 新一にはただ事実を言っているだけなのだが、どうにもそれが和沙を庇っているように思えてしまうらしい。


「新ちゃん、あのさぁ」


 拗ねまくる新一を覗き込んで俺がもう一度声をかけようとしたその時、予想通り荒々しい足音が近づいてきた。


「ほぉら、出たよ」


 俺の呟きと、ドサッ! と繊細さのかけらもない動きで新一の横に腰を落とす男が現れたのは同時だった。

 どちらかというと通路寄りに座っていた新一と、窓側に寄って座っていた俺。


「なんでこっちに座わんだよ!」


 そう怒る新一の心情はもっともだ。だがギャンギャン吠えられてもしれっとした顔をした和沙は、新一の隣に無理矢理座り知らん顔をしている。


「早いお出ましだな、和沙」

「これでも待ってやった方だろうが」

「はぁ!?」


 明らかにもっと早くから居場所を突き止め様子を見ていた風の和沙に俺はゾッとしたが、新一は全く意味を理解していなかった。そういうとこだぞ、新一。

 俺の困惑を無視して、視線を遠くに飛ばしてしらばっくれる和沙に新一は「憎たらしいっ!」とブチ切れている。だがそんな憎たらしい男、和沙に対して周りの女性客や店員は仕事や話すことを忘れて見惚れていた。

 それもそのはず。神が通常の人間を一分で造っているのだとしたら、この男の容姿はきっと神が何年も何年もかけて丹精込めて造ったに違いないと思わせるほど、人外的美しさを持っていた。

 陽にあたっても焼けない白い肌に、天使の輪が浮かぶ艶々の黒髪。筋の通った高い鼻と、世界中の美しい花の色をかき集めて染めたように華やかで麗しい唇。

 切れ長の瞳は鋭くも宝石のような輝きを携えていて、まつ毛は瞳が瞬くたびに風を起こしそうなほど長い。

 子供の頃はよく美少女に間違えられたものだが、凄い速さで成長した体は今ではどこからどう見ても逞しい男の体をしている。当然異性からは群がるようにしてモテているし、同性であってもこの男に懸想する輩は多く存在する。

 しかしそんな男がパートナーにと選ぶのは、今も昔も、そしてこの先死ぬまでたった一人だけだ。


「それで、今回は何で喧嘩したんだよ」


 ハァァァ、とわざとらしく大きく息を吐いて言えば、ようやく新一が口火を切った。


「聞いてよ恵! 和沙ってば、ちっともゴミの分別ちゃんとしてくんねぇの!」


 バンッ、と新一はテーブルを叩いた。


「……は?」

「何回言っても普通ゴミとプラゴミを分けずに捨てんだよコイツ! しかも、洗濯物だってちゃんとカゴに入れてって言ってんのに床に落ちてるしさぁ! 風呂のお湯も洗濯に使うから抜かないでって言ってんのに、いっっつも抜いちゃうし!」

「……………………嘘だろ?」

「嘘じゃねーよ!!」


 違う違う、そうじゃない、そうじゃないんだ新一。この呟きには色んな意味での「嘘だろ!?」という驚きが隠されているんだよ。

 まずひとつ目に、あの新一が! あの! なにもできないはずの新一が! ゴミの分別に洗濯、しかも風呂の水を使うなんてエコを覚えていることが驚きなのだ。

 昔からすっとぼけたところのある新一は、寝ぼけて妹のセーラー服で登校したことがある。学生鞄と間違えて父親のセカンドバッグを掴んできたこともあるし、学校内で着替える場所を男女で勘違いして、女子たちにタコ殴りにされたこともある。

 絵に描いたような失敗も多く、それこそ親に洗濯を頼まれた新一は洗剤を大量に入れて回し、部屋の中を泡だらけにしたこともある。その時新一は親の逆鱗に触れて一ヶ月家に立ち入り禁止になり、俺と和沙の家に泊まっていた。

 その他にも多々逸話を持つ新一の世話が、幼馴染である俺と和沙の役割りだった。だがそれは中学二年の時、和沙の猛アプローチを新一が受け入れたことで、和沙一人の使命になった。因みに猛アプローチは出会った頃からされていたが、アプローチされていることに告白されるまで気付いていなかったのが新一という男だ。

 そして俺は二人の間柄の相談役となった訳なのだが……。


「…………和沙、」


 俺の責めるような呼びかけにプイと更に顔を背ける男。和沙のその態度で俺は確信する。あ、これ絶対わざとのやつだわ。


 中学二年で幼馴染から恋人になった二人が、二ヶ月前からようやく同棲するようになった。

 和沙としてはもっとずっと早く、むしろ学生の頃から同棲したかったようだが……新一が頑として首を縦に振らなかった。そんな彼がなんとか社会人になり三年がたった今年、ようやく和沙からの提案を受け入れた。

 俺にはそれまでの新一の葛藤が痛いほどに分かっていた。こいつは抜けてるし、勉強はできないし漢字もあんまり書けないし鈍いが、本物の馬鹿ではない。自分がいかにポンコツかを分かっていたし、それに和沙のモテようにも少なからず思うところがあったのだ。

 きっと、こうして当たり前にゴミを分別したり、洗濯をこなせるように血の滲む努力をしたに違いない。感慨深くて少し目頭が熱くなった。しかし、だ。

 嘘だろ、のもう一つは和沙の方だ。こいつこそ、何をやらせても完璧にこなせるパーフェクトヒューマン。新一が困っているようなことをしでかす男ではないはずなのだ。案の定、その顔からは後悔や申し訳なさを一切感じないしその裏が透けて見える。


「和沙、お前愛想尽かされるぞ。俺も許し難いわ」

「は? なんでだよ、テメェに関係ねぇだろ」


 美しい容姿から想像できないほど汚い口調。これが甘く解けるのは新一相手の時だけなのだ。


「関係なくねぇよ! 俺は恵に相談してんだから!」

「だから、なんでこいつに相談する必要があんだよ。俺とお前の話だろ?」

「和沙、俺の言うことちっとも聞いてくんねぇじゃん!」

「たかだかゴミと洗濯の話だろ、わざわざ家を飛び出すようなことかよ」

「和沙、お前が悪いよ。いくらお前が新一に」

「うるせぇ、余計なこと言うんじゃねぇよ。お前もこんなくだらねぇことで、いちいち恵呼び出してんじゃねぇ!」


 あ、ダメだぞ和沙、その先まで言ったら───


「チっ、面倒臭ぇな」


 あーあ、やっちゃった。言っちゃったよこのド阿呆。案の定、和沙の隣で新一が短いまつ毛を濡らして大粒の涙を零した。


「新ちゃん」

「ヒッ、ぅ……くっ」

「しっ、しんっ」


 自分の隣でボロボロと泣く新一を見て、和沙の顔は一気に真っ青になった。気付くのがおっせぇんだよ、このバカ。


「和沙は酷いこと言う男だねぇ」


 テーブルから身を乗り出して、肌の上の星屑を濡らす涙を指先で拭ってやる。大体、新一のそばかすを『星屑』なんて表現したのだって、新一にメロメロのドロドロに溶かされている和沙なのだ。それだけでどれだけこの男が新一を可愛いと思っているか分かるものだが。

 嫉妬は人をダメにする。和沙はただただ、何かあると呼び出され頼られる俺が気に入らないし、俺に頼る新一が気に入らないだけなのだ。


「ほらほら泣かないで新ちゃん、このアホ男は俺がちゃんと叱ってやるからね?」

「だっ! 誰がアホ……!」

「俺に文句言ってる場合か、和沙」

「…………新一、ゴメン。悪かった、泣くなって……な?」


 気に入らない相手にはゴミカスよろしく暴言しか吐かない男が、絶対に謝らない男が、俺にだって一度も謝ったことなんてない男が。同性の、それも周りから見たら取るに足らない存在に見える平凡な青年の涙にオロオロしている。


「もうおれんこと、めんどうなった……?」

「ンなわけねぇだろ?」

「でもさっき言ったもん、めんどくせぇって!」


 自分で口にしたことで更にボロボロと流れ落ちる涙に俺まで胸が痛くなった。

 新一がずっと、和沙との同棲を拒んでいた理由。


「新ちゃん、同棲するまでに一生懸命花嫁修行してたもんな」

「……は?」


 和沙が怖い顔をして俺を見る。


「モテる和沙に愛想尽かされないように、一生懸命おばさんと修行してさ。常識身につけるっつって、頑張ってたもんな」

「……はぁ!? なんでお前がそんなこと!」

「分かるよ新ちゃん。この二ヶ月、しっかりやらないとってずっと気ぃ張ってたんだろ? 俺はてっきり、結局は和沙が全部やるって言い出して、任せてるもんだと思ってたけど……そっかそっか、よく頑張ったな」


 よしよしと新一の頭を撫でてやれば、癖の強い、しかし艶々に手入れの行き届いた柔らかい髪が指に絡み付く。どうせ隣の男がせっせと手入れをしているのだろうけど。そしてやはりその手は、すぐに和沙に叩き飛ばされた。


「痛って〜」

「だからッ、なんでそんなことテメェが知ってんだよ!」


 この男、自分が知らない新一のことを俺が知ってるのが気に入らないだけなのだ。まったくとんでもなく嫉妬深い男よ。幼馴染ながらゾッとする。


「でも新ちゃん、もう無理して気ぃ張らなくていいんだよ?」

「……なんで?」


 ずび、と鼻を啜りながら俺を見上げる顔が、子供の頃と変わらないソレで余計に優しい気持ちになる。


「このバカアホ男はね、わざと新ちゃんのこと困らせてんの。言うこときかないの、わざとなんだよ?」


 言った途端、新一が眉を吊り上げて和沙を振り返った。今度こそ和沙は顔を背けなかったが、どうにもいたたまれない表情で目を泳がせている。


「わざとってどういうことだよ和沙」


 低く唸る声も、鼻声になると途端に可愛らしくなって微笑ましい。


「そ、れは……」

「和沙はね、新ちゃんが困ってる姿とか自分に怒ってる姿見て『可愛いなぁ〜可愛いなぁ〜』って思ってる変態さんなんだよぉ?」

「恵ッ、」

「その上新ちゃんが俺に相談することに嫉妬で狂いそうなんだよ〜? オマケに新ちゃんのスマホ、追跡アプリ入ってるしねー!」

「恵ッ!!」


 目の前で、神が丹精込めて造ったに違いない美貌が怒りと羞恥に紅く染まっていた。


「……ほんとかよ?」

「え、な、え……」


 パーフェクトヒューマンな和沙がしどろもどろになっているところなんて、この先も新一関係以外では見られない姿だろう。


「俺のこと、嫌になったんじゃねぇのかよ? お前みたいになんもできねぇのに、ガミガミ口煩いし」


 とまたポロリと涙を零す瞳に、人目も憚らずに和沙が口付けた。


「嫌になるわけねぇだろ? それこそあり得ねぇ」

「……ほんとか?」

「悪かった、ほんとに。恵の言う通り、プリプリ怒ってる新一が可愛くて、出来ないフリして意地悪してた」

「最悪だろ」

「ゴメン、もうしない」


 だから許して、と大きな体の男が猫のように新一に擦り寄った。そんな和沙の姿に新一も、やっと濡れた瞳と頬を緩ませた。はい、今回はこれにて一件落着だな。


「あのさ、ここ、店ん中だってこと忘れんなよ」


 抱きしめ合って、少し離れて見つめ合いだしたふたりに声をかける。予想通りではあったが、案の定顔色を変えたのは新一だけだった。



 ふたりと店の前で別れてから暫くして、俺のスマホが着信を知らせる。


「はいはい、なんですか〜?」


 そうして出た先の声の硬さもまた、予想通りのものだった。


『今日のことは咎めねぇが、今後は距離感間違えんなよ』

「なんだよ急に。俺のおかげで仲直りできたのにその言い草はないんじゃない?」


 お礼の一言でも欲しいくらいなんだけど。そんな俺に、電話の向こうで男が唸る。


『舐めんなよ。今も昔も、お前が新一をどう見てるかなんて分かってんだよ』

「あら、そうなの。だったらもう少し喧嘩、減らしたら? 知ってると思うけど新ちゃん、お前の顔より俺の顔のが好きだしね。調子こいてっと危ないかもよ」


 和沙には劣るが俺の容姿も神様は時間をかけて造ったようで、新一はそんな俺の顔を気に入ってくれている。


『ッ、テメェ……』

「言っとくけど俺、百パーセント新ちゃんの味方なんだから」


 彼のためにならない。そう思ったら、今度こそ今回のような役回りはしない。

 正しく意味を汲み取った幼馴染は、鼻で笑うと挨拶もなしに電話を切った。近くを通り過ぎる女が、頬を赤らめながら視線を送ってきていたが無視をする。

 和沙がそうであるように、この世の人間で大切なのは新一だけ。あの純粋なままで可愛い、幼馴染だけなのだ。

 そう、俺はいつだって新一の味方だ。俺は幼馴染が可愛くて可愛くて仕方ない。愛し方や支え方、側にいる方法が和沙と違うだけで、いつどこでそれが逆転するかなんて、この先神様だって分かりやしないのだ。



END

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