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68 バァルに向けて出発


 デスペランはなるはやと言っていたが、船の補給作業その他で出航までに三日の猶予が与えられた。

 おかげでナツミは、旅行から帰ってきた両親と親戚一同と再会することができた。


 「カワゴエがたいへんなことになってるって新聞で知ってねえ。予定繰り上げて帰ってきてよかったわよ~」

 「ママもパパも元気だねえ。よかったよー」

 「あんたは若くなっちゃって……」

「うんまあその」

 

 川上邸周辺はあいかわらず賑やかしかった。

 訪問翌日にはデスペラン率いる魔道士部隊がカワゴエニュータウンの復興に協力して、おかげで「はるばる異世界バァルから親善使節がやってきた」という話が関東全域に広がったためだ。

 それで市町村議会の訪問団が大勢訪れた。意外なことにデスペランはそうした外交活動をまったく嫌がらなかった。握手、記念撮影を際限なくこなしていた。

 それどころか将来の貿易に備えていろいろな物品を売買している。川上邸の庭にはそうした品物と補給物資の木箱の山が築かれていた。

 

 デスペランはその山を満足げに見上げていた。

 「お忍び行脚とは言えそれなりに利益がないと船を使えないからな」

 「お忍び」アナは巨大な飛行船をちらと見て言った。


 忙しい合間を縫ってアナも飛行船に同乗する許可を取りつけた。三等船員(甲板作業員見習い)としてだが。

 チームレイブンクローの半数は日本に残り、天草カオリを拝み倒して魔導律修行のためシンイズモに向かうことを決めた。バァル経由でアメリカに帰るのはアナとトムだけだ。

 

 「今すぐ帰りたくないの?」

 テッドは肩をすくめた。

 「ウーン……話によればワシントンの強権勢力が倒されたんだろ?ならアメリカは良くなるいっぽうのはずだし……俺らは魔導律を磨いてから帰還したほうが役に立つと思うんだ。天草サンとあの厳津上人を見たろ?あの人たちに従事できたらどれほどMPレベリングできるか……」

 「なるほど」


 ユリナはどちらに着いていこうか悩みまくっていた。

 

 タカコはトウキョウに帰ることにした。

 「遊んでると婚期逃しそうだしね……」

 「サイタマに移住しなよ……こっちのほうが人もたくさんいるし」

 ナツミが薦めるとうなずいた。

 「うん、おうちの人説得してみるよ。ここはホントいいとこだよ~上野隊長も住んでるんでしょ?」

 「根神もね」

 「ゲッまじ?」


 実原レイカもサイタマが気に入ったらしい。年齢的に近いナツミの母や親戚と仲良くなってツルガシマの街に繰り出していた。早くもシンクサヅの若返りの湯に行こうと相談中だった。

 母は言った。

 「あの人孤独だったのね……タレントさんてあんがい寂しいものなのかしら」


 

 ナツミ自身はすでに結論を出していたから、あとは家族と話し合うだけだった。


 「なんで?また行ってしまうの?」

 「ママ、そんなに悲しそうに言わないでよ。用事が終わったら帰るから」

 「そうは言ってもあんた、ひどいときは半年くらい電話してこなかったじゃない」

 「いや独り暮らしの陰キャやってたあんときとは違うし……」

 


 親の理解は比較的容易に得られたが、ふたりの息子は……


 「母さんがしたいようにすればいい」


 「いやでもかーちゃん、そのサイファーって奴、かーちゃんの元彼じゃねえか?」


 マサキとヨシキの意見は真っ二つに割れた。


 「う・うん、そう……」

 「なんか引っかかるんだけど……」

 「だよねぇ……」

 「そいつに、会いたいのか?」

 「うん……」ナツミは顔を上げた。「ていうか、サイがこの世界から消えてしまったの。だから、捜さなきゃいけないんだよ。その頼りになるのがわたしだけなんだって」

 「それはつまり」ヨシキは言った。「そいつとかーちゃんはまだ相思相愛ってことだよな?だからそういう理屈になるんだろ?」

 ナツミはまたうなだれた。

 (たぶん指摘されたとおりだ……)


 「……ごめんなさい……」

 「親父がうかばれ――」

 「ヨシキ!」マサキの厳しい声が飛んだ。

 「だってよ……つか兄ちゃんも理解示しすぎだぜ!?なんで簡単に納得できんだよ!?」

 「俺は母さんが幸せになってほしいってだけだ」

 「そりゃ俺だって!」

 「母さんにこれからずっと母さんの役割させることでか?」

 「ちがっ……!」

 ヨシキは絶句して、それから憮然とした顔で立ち去ってしまった。

 「ヨシくん……」

 「母さん、大丈夫だ。じきあいつも折り合いを付けるよ」

 「そ、そうかなあ……」


 折り合いがついたのかどうか分からなかったが、マサキとヨシキはナツミと一緒に行くと決めた。

 ユリナも一緒に行くと言い張った。


 出航前夜にはパーティーが開かれ、皆がお別れや行ってらっしゃいと挨拶を交わした。

 「結局バァルには何人が行くの?」姉川ヨウコが尋ねた。

 ユリナが指折り数えた。

 「ナツミさんとマーくん、ヨシくん、わたし、アナさんとトムさん、あとあの女の人……」

 「片桐アズサさん」

 「そうその人」

 代議士片桐アズサがここにいることはもはや周知の事実だが、未だ川上邸の外には漏れていない。一度だけ下船して風呂を使い、服を調達するため、実原レイカに案内されて街に出たという。ちなみにふたりの世話代は鮫島家がけっこうな額を負担している。


 「ヨーコさんも連れてってもらいなよ」

 ヨウコは笑った。

 「だめだよ、明日の朝出発でしょ?いまから旅行準備できないし。それに増員は7人がやっとなんでしょ?補給手伝ったから知ってるよ」

 「そうなんよね~あんな大きい船なのにさ」

 「50人が2週間生きられる量の水と食料を積むそうよ。男女混合船だから大きい割にいろいろ大変らしいし。じっさいはバァルまで三日で行けるらしいけど、トラブルの可能性込みだって」

 「三日で地球一周以上の距離かあ……どんな旅になるんだろ」

 「ジェット機なみのスピードだよ?怖くない?」

 「そりゃちょっとは……」



 翌朝。

 ツルガシマニュータウンに集まった大勢に見送られて、飛行船は空に舞い上がった。



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