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67 決意

 

 実原レイカがぷりぷり腹を立てていた。


 風呂を使ったとたん大人に戻ったからだ。借り物のバスローブに頭にタオルを巻き、庭のディレクターズチェアにふんぞり返っている。そこそこ有名タレントなので周囲は扱いに苦労していた。


 「あーもうまったく!家財一切合切無くしちまった!お化粧品さえないのよ……これからどうすりゃ……あらありがとう」

 ユイがお茶菓子をテーブルにならべて、レイカは礼を言った。

 「たいへんな一夜だったようですね?」

 「そうなのよ!ちょっと聞いてくださる?まずわたくしの命を狙ったヤクザが現れましてね、それからこんどは怖い兵隊が大勢あらわれて――」


 

 デスペラン・アンバーは気前のいい男で、飛行船は一般公開されていた。壁の岸壁には見学者の長い列ができた。甲板では海兵隊による演舞と吹奏が披露されている。

 昨日のカワゴエニュータウンの出来事によって、ナツミにひと言挨拶したいという人間もあとを絶たなかった。

 その一部はなにをどう思ったのかお供え物持参だった。


 昼までにユリナと母親は如才なく誘導ロープを設けて、広い川上邸の表門から飛行船までお客さんの見物待ちルートができあがっていた。

 チームレイブンクローはテーブルとパラソル一本で即席の屋台を作って、飲み物ととホットドッグを売っていた。売り上げは半壊した街の修繕にまわされるとあって、繁盛していた。


 マサキたちはガレージの前にディレクターチェアを置いて陽気なお祭り騒ぎを眺めていた。傍らの木箱にはトウキョウに持っていくはずだった弁当が置かれていた。腹立ちが納まらぬ母親から食べてね!と押しつけられたものだ。


 「神社か鎮魂塚を立てようって話が出てるって?」ヨシキが尋ねた。「無理もないか……」

 ヨシキも昨夜のニュース映像を見た。なので兄もシャドウレンジャー化して戦ったことも、龍の巫女によって暴徒が何度も虐殺される凄惨な光景も見た……

 見終えたヨシキは「金輪際、かーちゃんには逆らわない」と誓った。


 マサキはおにぎりを食べながら言った。

 「大勢が震え上がったらしいからなあ……たたりが及ばないようお参りしてるつもりなのかな」

 ユリナが口を挟んだ。

 「昨日の大半はマーくんが戦ったんだから!」

 「だがケリを付けたのは母さんだし……」

 ユリナはマサキの腕をつついた。

 「ほらまた、マーくん謙虚すぎ!ちゃんと昨日の働きのボーナスもらいなよ?」

 「それ言ったら俺だってけっこうすごい働きしたんだがなあ……」

 「それだけど、ヨシくん詳しいこと教えてくれないじゃん?トウキョウがたいへんなことになってるってニュースはちらほら聞こえてくるけどさあ」

 「言いふらすような事柄じゃないんだよ」

 「勝ったのか?」マサキがひと言尋ねると、ヨシキは首を振った。

 「一勝一分けってとこかな……まだわからねえ。兄貴は?」

 「勝ったよ。生き残ったからな」

 兄弟は厳かに掌を叩き合った。

 「なによその「男同士の会話」、マジむかつく」

 ユリナが腹を立てて立ち去り、マサキとヨシキは顔を見合わせて苦笑した。

 「ボーナスなんかいらん」

 「ああ」ヨシキも言った。「いらねえ」


 「かーちゃんはまだ訪問客と挨拶交わしてんの?」

 「いや、さっきデスペランさんに呼ばれて船に行ったよ」

 「あの人なんでわざわざバァルからかーちゃんに会いに来たんだ?」

 「分からん」

 「厳津先生と天草さんには会ったのか?」

 「ああ。ふたりとも年取ってないよなあ……」

 「うん」

 マサキは弟を見た。

 「おまえカオリ先生に惚れてたよな?」

 「あ!?いつのこと言ってんだよそんなん――」

 「小学生の時。おまえの年上好きはそれ以来だ」

 「兄貴までよせよ!タカコさんとはなんでもないっつの」

 「もうひとりいるだろ?カオリ先生が言ってたぞ。飛行船にあの政治家の――」

 「べっべつに好きで連れてきたわけじゃねーよ!成りゆき上連れてくるしかなかったんだよ!」

 「へー……」

 

 それからしばらく食事を続けた。

 食べ終えたマサキが笹の包みをまとめて紙袋に入れ、言った。

 「おまえハーレムでも作る気か?」

 「また先走って!……なし崩し的にそんな感じに陥ってるのは確かだけど」

 「できんのかよ?」

 兄の執拗な追求にヨシキは顔を背けた。

 「将来のことなんて知らないよ。けどやってみるさ」

 「軽く言いやがって」

 マサキが状況を察していることに、ヨシキは内心動揺していた。兄はヨシキが片桐アズサに対してポーカーゲームを挑んだことに気付いていた。

 しかし腹を立てるより心配しているらしいことには妙な安堵感もある。


 いっぽうヨシキも、カワゴエニュータウンで兄がしたことに気付いていた。「生き残った」という言葉が端的に表している。

 兄は大勢殺したのだ。

 大事なものを守るためなら迷わず殺戮マシーンになってしまう冷徹さ……そのことに深い罪悪感を感じられないことに兄は苦悩するだろう。

 一緒にいてやれば、敵を殺すのはヨシキの役目だったはずだ。

 皮肉にもトウキョウの戦いでヨシキはひとりも殺していない。

 人生はなかなか思い通りには行かない。

 

 「……あのくらいコントロールできなきゃ俺たちに未来はないよ。いつかやらなきゃならないことだった。そうだろ?」

 「そうだが、10年くらい先のつもりだった……どうせおまえ、ありもしない手札を並べて脅したんだろ?」

 「さすが!兄貴には見透かされてるな。だけど駆け引きとはそういうものだ」

 「偉そうに言いやがって!」

 「兄貴がそういうの苦手なのは分かってるよ。俺ひとりでもやるさ」

 「バカ言え。おまえだけに面倒ごと背負わせるかよ」

 ヨシキはうなずいた。

 「じゃ、覚悟決めてくれ」



 ナツミはぽつりとつぶやいた。

 「サイがいない……?」

 「ああ」

 「なぜ?」

 デスペランは首を振った。

 「分からない……世界王との決着がついて間もなく、サイファーの奴の行方が分からなくなった。バァルの大賢者も所在が掴めない。消えちまったんだ。それで俺たち、最後の頼みとしてここにやってきた」

 「わたしだって分からないよ……まだここに来たばかりなんだよ?」

 「そう。いま、あんたが来た。それがどういう意味なのか考えなければ」

 「わたしだってサイには会いたいよ?だけどそれがどうして問題になるの?」

 「奴を呼び戻すことが最後の一ピースだからだ。それでイグドラシルの因果の将棋倒しが完全に納まる。世界は安定を取り戻す……」


 ナツミはしばし無言でいたが、やがてうなずいた。

 「それでわたしはなにをすればいいの?」

 「我々と一緒にバァルに行ってほしい。なるはやで」

 「けど……わたしの家族になんて言えばいい?」

 「ありのまま説明するしかないよ。おまえさんの子供たちがそれに納得してくれるかどうか、それは分からんが」


 ナツミはうつむき、胸元のペンダントを探った。



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