66 再会
ツルガシマニュータウンでは、マサキたちが朝早くからトウキョウに向かうため準備を始めていた。
トウキョウでもなにかが起こった、という噂だけが昨夜遅くから届いていた。だが情報伝達システムが1940年代レベルだと、500㎞離れた土地の出来事の詳細は即座に伝わってこない。
「こういうときは携帯電話が無いと不便よねえ」
ナツミが妹のユイとお弁当の包みをトートバッグに詰めながら言った。
「普段はスマホから解放されてけっこうせいせいしてたんだけどね」
「おかーさーん!あたしの頭巾知らない~?」
「ちょっと!」ユイは作業の手を止めて叫んだ。「ユリナ!あんたまで行かなくていいでしょ!?」
「エー?そーゆうわけには行かないでしょが……」
「昨日あんな恐ろしいことが起こったのよ!?軽い冒険気分で出かけて怪我したらどうするのっ!?」
「あんな恐ろしいことって……ママじっさいに見てないでしょうに」
「とにかくダーメ!」
「プー!」
マサキが絨毯を担いで通りかかった。
「サッと行ってヨシキとアナさんを連れ帰るだけだ。半日かからないよ。大勢で行く必要ない」
「エー!?マーくんまでそんなこと言う……」
庭に揃ったチームレイブンクローのトムが、背伸びして下流を眺めながら言った。
「おーい、あれなんだ?」
トムが指さすほうに皆が注目した。
川の方でなにか、とてつもなく大きな抽象彫刻みたいなモノが動いていた。手前の住宅街の屋根と比べても途方もない大きさだ。
マサキが絨毯を地面に降ろして言った。
「今度はなんだよ……」
間もなく、接近してくるのが巨大な船舶だと判明した。ただの船ではなかった。橋の前で浮かび上がって飛び越え、また着水した。
それから川上邸の庭先の岸壁に船体を寄せてきた。
中くらいのフェリーに匹敵する大型船が川上邸の真ん前に停泊した頃には、近隣住民もなにごとかと岸壁から身を乗り出していた。
ナツミたちがポカンと見とれているうちに、舷側から庭に向かって橋板が渡された。
最初に長髪の大男が怖がる様子もなく橋板をずかずか渡って庭先に降り立った。
「上陸許可をお願いする!」
「ですぴー!?」
デスペランはナツミに振り返って満面の笑みを浮かべた。
「いようナツミ!さっそく会えたな!」
背後でチームレイブンクローの面々が顔を見合わせた。
「あのひと……あのデスペラン・アンバーだよな……?」
「いっいまナツミさん「ですぴー」って呼んでなかった?」
「そりゃ龍の巫女だし……マブダチだろ?」
厳津和尚がアナに手を貸しながら橋板を渡った。
それからヨシキがタカコと手をつないで上陸した。実原レイカを抱えたカオリとハリーが続き、最後に飛行船艦長が部下を引き連れて上陸した。
片桐アズサは降りなかった。
「ヨシキ!アナさんまで!?」
「ヨシくん!」
ナツミはヨシキの前に進み出て、それからヨシキの腕にすがりついているタカコを見て眉間にしわを寄せた。
「――それに、タカコ……?」
「あらぁ!?」タカコが素っ頓狂な声を上げた。「ナツミさん?ひっさしぶりだねえ。なんであんたがここに……あっ」
タカコは口に手をあて、眼を見開き、それからヨシキにゆっくりと顔を向けた。
「鮫島……そうだ、あんた結婚して名字変わったんだっけ?忘れてた。てことはヨシキクンて……?」
ヨシキも想定外の流れに冷や汗を浮かべていた。
「えっなに?タカコさんとかーちゃん知り合い?まさかそんな――」
母親が過去に見たことのない据わった形相を浮かべてコクリとうなずいた。笑い飛ばそうとしたヨシキは凍り付いた。
「――そのまさかか……!」
ナツミはヨシキとタカコの顔を素早く何度も見比べ、ある結論に至った……。
「ヨシくん?あんた――」
「だから違うって!」
「それにタカコ……」
「いやーまさか昨日デートしたばっかしだし、ねえ?」
「タァ~カァ~コ~~~!」
「俺風呂入ってくるわ。腹減ったし」ヨシキは母親の凝視を浴びて背を丸めながら退散した。
「あ!ヨシくん待って!」
「気安くヨシくんてあんた、ちょっとどこ行く気!?」
「やだなナツミ、なに疑ってんのよ」タカコは両手を挙げて後ずさりした。「てかあんた若返ってないかい?」
ナツミはタカコに指を突きつけ言った。
「話逸らしても無駄だから!」
マサキはその様子を見てつぶやいた。
「母さんの口調が若返った」
おなじように様子を見ていたデスペランが言った。
「ナツミ、ぜんぜん変わってねえな」
マサキはデスペランに向き合った。
「デスペラン・アンバーさん……ですよね?」
「おう」
「初めまして、俺は鮫島マサキです」
「ナツミと関係が?」
「母です」
「そうかい、それじゃ彼女、鮫島ウシオと結婚したのか?」
「ええ」
初対面の異世界人が父親の名を出したことに奇妙な感慨を覚えた。
この男性がかつて父と一緒に戦った、というのは知っていた。だが母と父の間柄まで承知しているらしい言葉によって、伝聞知識では分からなかった生々しい関係性を実感していた。
簡単に言えば、友人だったらしい。
「あのヨシキという奴と兄弟?」
「弟です」
デスペランは苦笑した。
「確かにな、おまえらふたりとも父上にどこかしら似てるわ。厳津の野郎、知ってて言わなかったな。口数が少なすぎんだよあいつ」
「そ、それはどうなんですかね……」
「ウシオは?ここにいるのか?」
「いえ……地球で亡くなりました。90歳で」
デスペランは遠い目でうなずき、マサキの肩をこぶしで何度か叩いた。
「てことは……ナツミは見た目どおりの年齢ではないな?」
「まあ、ぱっと見俺たちと変わらないですからね」
「アマルディス・オーミの粋なはからいによって即転生したようだ……ふつうは何十世代後だぜ?それに赤ん坊からはじめるもんだし、生前の記憶と容姿を維持したままなんてこの世界でもまれなことだ」
「えー……そのようですね」
「ああ」
デスペランはそれきり無言で、なにか物思いにふけりながら、タカコを追いかけまわすナツミを見ていた。
その表情にマサキは漠然とした不安を覚えた。




