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65 サイタマへの帰還途上


 デスペラン・アンバーはテレポーテーションで日本に訪れたのではなかった。自前の飛行船を持っていて、それでやって来たのだ。


 見た目は広い甲板の平たい木造船だ。立派な楼閣と巨大で空間幾何学的なマストを備えていた。大航海時代の帆船をスマートにしたようなかたちだが、ずっと大きい。

 乗組員も大勢いた。船長はデスペランではなく、デスペランとタメ口の美人の女性船長がいた。

 いまは水上航行中で、シン荒川をゆっくり遡上していた。


 「ですぴー!」

 「やータカコ~!久しぶりだなあ!いい女になって」

 「やだそんな~……会いたかったよお」

 

 アナは釈然としない顔でその様子を眺めていた。

 「なんであんな女がデスペラン・アンバーと顔見知りなのよ……」


 カオリは子供になった実原レイカと船縁に並び立って夜景を眺めていた。

 ヨシキと片桐アズサは船室でなにやら深刻な話し合いの最中だ。


 アナは船首楼でひとりたたずむ厳津和尚のうしろ姿を見た。


 「あのう……お坊様?」

 厳津和尚は振り返った。

 「なんでしょう?」

 見かけによらず穏やかな物腰だ。アナの知るかぎり、身体の大きな男はカラーによらず高圧的、怒りっぽく、自己満悦気味だった。この人は違う、と思った。

 「少しお話しさせてください。あなたは……デスペランの共著者の厳津和尚様本人なんですか?」

 「さよう」

 「むかしわたしの母ともご一緒だったとか」

 「あなたはどなたかな?」

 「すいません!アナ、アナ・ロドリゲスです。ジョー・ロドリゲスの娘です」

 「おやジョアン・ロドリゲス大尉のご息女?……これは奇遇なことです」

 「ハイ!――それで、厳津和尚様は、アメリカで革命に手を貸したとのことですが、デスペランもその戦いに参加したんですか?」

 厳津和尚は低く唸るような笑いを漏らした。

 「公式には、イグドラシル人は地球の諍いに介入しない決まりでしたが、デスペラン殿はアメリカ合衆国名誉市民でもありますからね……見かねて手を貸したかもしれませんな……かつてのAチームも集結しておりましたから」

 「母も!?」

 「はい」

 (畜生!)アナは内心地団駄を踏む思いだった。歴史的な戦いに立ち会えなかったからだ。(ママだけズルいよ!)

 気を取り直して質問した。

 「デスペランはアメリカに次いで日本の戦いにも手を貸すつもりでやってきたのですか?」

 「いいえ」厳津和尚ははっきり言った。「彼は鮫島ナツミ殿とお会いするためやってきたのです」 



 飛行船の楼閣では、王族の居室のような豪勢な調度に囲まれて、片桐アズサが背当ての高い椅子に座っていた。

 自分にふさわしいテリトリーと認識しているのか、アズサは落ち着き払っていた。

 

 「さて、あんたの処遇だが――」

 「わたしはいかなる「処遇」にも処されません」

 ヨシキはうなずいた。

 「事件化したってあんたに捜査の手は及ばない、と思ってるのか?だろうな。身代わりが次々現れて罪を背負ってくれる――そんなところか?」

 「事実そうだわ」

 「俺を侮るな」

 アズサは肩をすくめた。

 「いままで大勢の男どもがそうやってわたしを恫喝してきたわ……みんな負けた」

 「俺はあんたの権力者気取りなぞ興味ないんだ。ケチな資産も興味ない。俺はあんたを利用しようと思ってる」

 「ホー?」アズサが気の毒な人を見るような笑顔で言った。「また大きく出たこと」

 「なあ」ヨシキは言った。「あんた本当に、旧日本政府を復活させられるって思ってんの?」

 「させられるかじゃない!しなきゃならないのよ!あなたたち分断主義者はなにひとつ大事なことを理解しないんだから!」

 「あんたこそ現実がまったく見えてないんじゃ?旧日本より10倍も広いって意味が。俺の父親は厳密なシミュレーションをずっと行ってきたがね……どうせあんたたちは無策のままなんとかなるとタカくくってたんだよな?昔のやり方じゃ通じない世界が生まれるかもしれないなんてつゆほども考えなかったんだろ?違うか?」

 「専門家でもないあなたになにが分かるものですか!」

 「分かるよ。サイタマに住んでるんだから。あんたたち砂上の楼閣に閉じこもってるのと違って、現実を生きてるんだ。生活苦なんてサイタマには無いぞ。愚図な政府の政策施行を待ってる奴もいない」

 「だから!野放図な生活なんて将来の保証も何もないと言ってる!」

 「へえ?トウキョウじゅうの森を伐採したのは将来を見越したからか?おかげで関東じゅうがあんたたちを食わせるのでたいへんなんだか」

 「なにを言う。それが経済というものよ田舎者さん。経済流通の創出、買い手がいて、ものを売る。それがものごとの基本でしょうに、あなた共産主義者なの?」

 「そうかい、あのニューアカサカのまわりの掘っ立て小屋の住人は、あんたがコンビニを1000軒作るまで黙って待っててくれると思うか?どんどん地方に流出しているようだが?」

 「わたしの失策ではないわ!」

 「得意の知らぬ存ぜぬか?ちょっと苦しくなってきたな」


 じっさいはヨシキが「利用させてもらう」と言った時点で、アズサは興味を惹かれている。ヨシキにはそれが分かっていた。こういう人間の心理は自分でも不思議なくらい読み取ることができた。この女は、ヨシキが並べ立てた苦言など重々承知していたのは間違いない。

 そして自分が事実追い込まれているのも、分かっているはずだ。

 いまは喋らせてヨシキの意図を探りつつ、どのような提案を提示するか待っているのだ。

 (そろそろ餌を放ってみよう)

 

 「――ところで、俺たち兄弟はある人から遺産の一部を譲られてね……二十歳になってとある持ち株会社(ホールディングス)の発言権を得た。イグドラシル移転に伴うどさくさに紛れて行われた手続きならではだが違法ではない。事実兄貴はその権限を行使して、多くの企業を地方に誘致しはじめてるところだなんだ」

 アズサが初めて動揺を見せた。

 「まさかそれ……芳村御老人の――」

 「そう、その会社。身辺調査したなら俺たちがあの人と生前付き合いがあったのは承知していることと思う。その会社の株15%ずつを、俺と兄貴が持ってるんだ。親族がまったく頼りにならないと芳村さん嘆いてたよ。もちろん日本の将来も大いに憂いてて、俺たちに任せたいと株を譲ってくれたのだ。俺たちはあの人の親族の庇護を約束して、その贈り物を頂戴した」

 「それじゃ、都内の企業の大半が政府の要請に離反して地方に移転したのは……」

 「そう、俺たちの働きかけ」

 ヨシキは嘘をついた。じっさいにはたんに各企業が愛想を尽かしただけだ。

 「だからさ、経済の中心はトウキョウを離れるんだ。いずれオオサカとナガサキ、センダイに中心が移る。サイタマ新都心も栄えるだろう……ついでにあんたの会社をひとつふたつ買収してやろうか?」

 アズサは憮然としていた。なによりもヨシキが片桐家を遙かに超える資産を有している点に危機感を覚えたはずだ。そういう量的な尺度を重視するのが政治家だ。


 「一極集中は国の弱点だからな。そこでだ、あんたには好きな土地を仕切らせてあげよう。あんたの人脈もそれなりに役立つだろう。なるべくトウキョウから遠いところがいいな?」


 「あなた……」

 アズサはいま突然目覚めたような顔でヨシキを見ていた。

 「驚いた。わたしは、あなたの人となりを完全に見誤っていた……」

 「ウム」ヨシキは平静な顔でうなずいた。

 「まあ、じっくり考えてくれ」

 「わたしがおとなしく従うと思って?」

 「思ってない……だがあんた、俺には勝てない」

 「そんなことは分からない」

 「分かる。手始めに昨日からのあんたとの会話はすべて録画されてる。俺には〈ハイパワー〉の知り合いがいるんだ」

 「まさか……」アズサはゆっくりと言った。「あなた最初から、わたしを利用するために招きに応じたの?」

 「手下になるつもりはなかったと言っておこう」

 アズサは忌々しげに舌打ちすると、顔を背けて爪を噛んだ。


 船室をあとにしたヨシキは甲板に降るラッタルの途中に腰掛け、そのままうとうとした。さすがに疲労困憊している。疲れすぎて空腹も感じない。

 ひんやり心地よい空気を感じて目を開けると、夜明けだった。アズサに喉を掻き切られはしなかったようだ。

 デスペランが階段の下からヨシキに呼びかけた。


 「おーい、もうすぐ到着するぞー。おまえさんの家の近くに船を寄せるから、案内してくれや」



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