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63 決戦3

    

 白人兵士たちは全員子供になっていた。


 「ナンだコリャ~!」

 2~5歳くらいか。ジョーンズに至っては仏頂面の赤ん坊だ。小さな手でぶかぶかのヘルメットを脱ごうともがいていた。


 大きすぎるタンクトップを引きずって足元を走り回るキッズたちの騒がしさに、シャムリスはウンザリしているようだ。鼻の頭にかなり険しくしわを寄せている。

 たまりかねたように片腕をサッと振ると、8人の子供たちは床を滑って一カ所に追いやられ、見えない拘束具で身動き不能になった。


 透明シールドの奥で座っている片桐アズサもやや困惑していた。なぜなら傍らにいた実原レイカも幼稚園児に若返っていたからだ。本人は白人兵士たちの惨状に目を丸くして、自分の状態に気付いていないようだ。

 

 (さすがに茶番めいてきたな~)

 ベータは途方に暮れていた。


 「さて、わたしはおいとまするよ」シャムリスがマントを翻して言った。

 「お帰りになるんで?」

 「さよう」

 シャムリスは透明シールドに歩み寄ると、シールドなんか存在していないかのようにフロアの奥に踏み込んだ。シャムリスの足元に控えていた黒猫のハリーが続いた。

 幼児化した実原レイカが怯えきってシャムリスの長身を見上げていた。

 アズサも目を見張っている。

 

 シャムリスが屈みこむと、猫たちがそのそばに寄り集まった。

 レイカが身を乗り出してなにやら叫んでいたがシャムリスは意に介さず、猫たちの訴えに耳を傾けているように見えた。白猫の首からレースの襟巻きをそっと取り除き、それから猫たちをかき抱くように腕をひろげた。


 そして、シャムリスと猫たちは消えた。


 ハリーは残った。のんびり尻尾を振って身を翻し、透明シールドを超えてベータの傍らに戻ってきた。 

 「よしよし、おまえさんは友情に忠実なのね?」

 「ニャオ」ハリーはなんでもないというように前足を舐めた。


 「テメー!フザケんなクソオンナ~!」

 フロアの隅でひとかたまりに拘束されたキッズたちが、足をバタバタさせて不満をぶちまけはじめた。ベータが溜息をついてそちらに顔を向けた。

 「シャムリスさん、お口にチャックする魔法もかけてくれりゃ良かったのに」

 子供になっても口の悪さは変わりない。むしろ凶暴化している。

 ベビージョーンズだけはピンク色の特大うんこを興味深げに眺めている。

 ハリーが近づくと、キッズのひとりがすかさずしたり顔で足蹴にしようとした。

 するとハリーが巨大化した。突然体長2メートルの猛獣が出現してガーと唸り、キッズたちは悲鳴を上げた。


 「ちょっとハリー、お漏らしさせないでよね?」ベータは言いながら透明シールドをガンガン叩いた。

 「おーいあんた~!いい加減諦めな~?」

 フロアスピーカーから片桐アズサの声が響いた。

 「だれか存じませんけど、邪魔しないでくださる?」

 「邪魔するもなにも、あんたはもうこの船を操ってないからね?気付いてないだろうけどいまはこのあたし〈ハイパワー〉がこの船を制御下に置いている。あんたのVRコンソールに映ってるのはすべて偽情報(ダミー)だから!」

 アズサは慄然とした顔つきになり、操縦席まわりを慌てたように見回した。

 ベータは透明シールドに寄りかかって相手が納得するのを待った。そんなに時間はかからなかった。

 諦めたように肩を落としたアズサが、シートベルトを外して立ち上がった。同時にシールドが消失した。

 幼児化して事態をまるで飲み込めないレイカがアズサのドレスの膝にすがりついていた。おもにハリーの姿に怯えているようだ。


 「魔導律の物理シールド。あんた保身技術はたいしたもんだ」

 アズサは忌々しげに首を振った。

 「皮肉はけっこう。要件はなになの?」

 「要件?」ベータはポカンとした。「そんなもんないよ。スラップスティックはもうお仕舞いと告げに来ただけ」

 「あなた……〈ハイパワー〉だと言ったわね?いったいだれに与しているのかしら?」

 「中立です~!あんたたちの縄張り争いなんか興味ないから」

 「だけどあなた、あの鮫島ヨシキの陣営に協力してるように見えるんだけれど?」

 「そりゃね!あんた分かってないようだけど、イグドラシルは地球人がまた邪念を育むかどうか、注目してんのよ。だから悪名高きギルシスの直系であるわたしら〈ハイパワー〉は、地球人がおイタしないよう見張る義務があるわけ……また追放されたら嫌でしょ?」


 アズサは突如叫んだ。

 「そういう傲慢な態度が病んでるのよ!高等ぶるのなら私たちのことは放っておくべきでしょう!?それが多様性というものだわ!」

 「ご立派な主張はもっと成熟してから言いなさいな。少なくともあと一千年くらい持続できてからね。あんたのはガキの癇癪に過ぎない」

 「馬鹿にして……!」

 ベータはせせら笑った。

 「バカにあんたはバカと告げてなにが悪い?それは親切でさえある……もっともバカになに言っても聞く耳持たないでしょうけど。あんたはひどく漠然と「昔は良かった」と思い込んで、たいして良くもなかった古い秩序を取り戻そうとしているだけ。変化が怖いだけなんだよ。多様性?そんな心にもない言葉使わないでくださいます?」

 「おまえ――おまえは……!」

 ベータは肩をすくめた。

 「とにかく、あとは地球人に委ねることにするね。そろそろ来る頃だから」


 ベータの予告通り、防護扉が弾けるように開いて、取っ組み合ったヨシキとスペイドがフロアに転がり込んできた。

 広いフロアに出たふたりはサッと距離を取って体勢を立て直した。

 ベータは実原レイカを抱え上げて片桐アズサの傍らに退いた。

 

 ヨシキもスペイドも肩で息をして、疲労困憊のように見えた。


 「てめえいい加減観念しろよ……とっくにゲームオーバーだろうが!」

 「うるせえ小僧!貴様だけはぶっ倒さねえと俺の気が済まねえ!」


 ふたりが同時に突進してパンチを繰り出した。拳が交差した瞬間魔導律障壁が火花を散らしてフロア全体に衝撃波が走って隔壁が膨張するように歪んだ。観測窓が割れて煙混じりの外気が吹き込んできた。

 片桐アズサはふたたびシールドを張り、キッズたちはハリーが盾になってなんとかしのいだ。

 ベータはけろっと突っ立っている。

 

 ヨシキも、たぶんスペイドも気付いていた。パワーが拮抗している。いくら戦っても致命傷を受けない。ひたすら消耗戦しかない。

 ひゅん!という空を切る音が響いて、割れた観測窓から光が差し込んだ。一瞬、砲弾が飛来したとだれもが思った。


 だが窓から飛び込んできたのはなにか棒状の物体だった。

 金色のキャップがついた黒い棒だった。


 ヨシキの足元に突き刺さった棒――錫杖が、しゃらん!と鳴った。


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