60 ハイパーテクノロジーの戦い 的ななにか
「おや、まあ」カオリが言った。「さすが、ウシオさんの子だわ……」
「なんだてめえ!コスプレ野郎が!」
シャドウレンジャー炎皇はもう一歩進んで、足元に横たわるボディーアーマーの男をつま先でつついた。
「お互い様だ」ヨシキは言った。「おまえら魔法使いを忌み嫌ってるわりには、ちゃっかり魔導律を手に入れてるんだな」
「そんなのは安全保障上当然だろうが」スペイドが悪びれもせず言い切った。
「毒を制すにはまず飲まなければな!われわれ神の兵士は、覇権成就のためならあえて汚濁に身を浸すことも厭わんのだ!」
「おまえらのそういうなりふり構わずなダブルスタンダードには吐き気を催す。クズどもが!」
「綺麗事なんぞ賢しいんだよジャップ!そういうのは勝ってから言えッ!」
スペイドとその手下が同時に殴りかかってきた。
ヨシキは両腕をサッとひろげてうずくまり、ありったけの魔導律を放射状に解き放った。
兵士たちは見えない壁にぶち当たってはじき返され、部屋の奥まで吹っ飛んだ。
スペイドだけが両腕をクロスさせてなんとか踏みとどまっていた。
ヨシキはゆっくり立ち上がってスペイドの正面に対峙した。スペイドは歯を食いしばって魔導律の反発力に耐えている。クロスした腕から赤い障壁の光が放たれていた。
「くっ……そ!」
スペイドの背後で、片桐アズサがソファーから立ち上がって部屋の出口に立ち去るのが見えた。タカコと実原レイカが、天草カオリとベータに守られながらそれに続いた。
シャムリスだけが興味深げに戦いを眺めている。
アナは「普通の人間だから」という理由で部屋の外で待たされていた。
(わたしだって魔導律磨いてんだけどなあ……)
いまいち納得しかねるが相手が戦闘力高そうなシャムリスとベータ、それにものすごいオーラを放つ女魔道士では反論する余地もなく……廊下で歩哨役をやらされていた。
ドアの奥は何やら賑やかで、ガラスをぶち破る激しい音が二度続いたときは救援に向かうべきか悩んだが、逡巡しているうちにドアが開いて、知らない女が出てきた。
その女はアナを一瞥しながらも歩みを止めることなく、エレベーターホールではなく非常口らしきドアに走り去った。
続いてベータとカオリが、やはり見知らぬ女性ふたりを伴って現れた。
「その人たち誰?ヨシキは?」
「質問はあとで!」ベータが言った。「この建物から離れないと、海からなんかデカブツが接近してるから」
「このビルの人たちも避難させないと――」カオリは言いながら壁の火災報知器に拳を叩きつけて警報を鳴らした。
「あ~……プールサイドに魔法の絨毯があるよ?」
そう言った女性にアナが尋ねた。
「あんた誰?」
「タカコでーす。ヨシキクンのカノジョ」
アナは数秒間タカコを睨んだが、それから言った。
「――じゃ、それで逃げられますか?」
カオリがうなずいた。
「そうしましょう」
エレベーターで3階下の屋上庭園階に降りると、ドアが開いたとたん客が殺到した。
「ちょっ!降りるんですけど!」
パニック状態の客をさんざん押しのけ身体をひねり、やっとエレベーターから抜け出した。パーティー客はエレベーターホールいっぱいに押しかけていて、プールサイドに出るまでがまたひと苦労だった。
プールサイドは水浸しだった。
「なにか大きなものでも落ちたの?」
アナか尋ねると、ベータが「ヨシキ」と答えた。
「はあ?」
「それよりアレ」
ベータが夜景を指さした。
ニューアカサカのビル街。
その向こうで大規模火災が発生していた。街を囲う壁が一部倒壊して港が見えていた。そして、奇妙な物体が直立していた。
異様に細い手足を持った人間のように見えた。
真っ黒な胴体は真ん中か絞られたひょうたん型……頭部は見当たらず、胴体のそこかしこで紅い光が上下左右に明滅していた。
巨大ロボットだ。動きは妙に人間くさい。
「あれ……高さ100メートルくらいない?」
「デカい」ベータが言った。「スペイドが言ってた〈ハイパワー〉テクノロジーを使ったなにかだよ」
街じゅうにサイレンが鳴り渡っていた。巨大ロボットは壁を越えて街に侵入していた。まっすぐこちらに歩いてくる……
「あった!これ」タカコがプールサイド端の模造竹林に立てかけられていた絨毯を見つけた。カオリが祈祷するように片手を振ると、絨毯が勝手に広がって地面に敷かれた。
「スゴい、魔法?」タカコが靴を脱いで絨毯に乗りながら言った。「あなた、どこかで会った気がするねえ?」
カオリは素っ気なくうなずいた。「ゆっくり思い出してね」
「わ、わたしもこれ、乗るの?」実原レイカが胡散臭げに絨毯を見下ろした。
「べつにエレベーターで避難しても構いませんけど?」アナが皮肉っぽく言ったが、レイカはなおも首を振った。
「わたしのおうちはここなの!それに猫ちゃんたちも置いていけないし……」レイカは2~3歩後ずさると、きびすを返して早足でもと来たほうに歩き去ってしまった。
ベータが肩をすくめた。
「さ、行くか」
そのとき、プールサイドの地面が揺れ始めた。振動の波がアスファルトを割りめくりあげていた。
「なんだ?地震?」
「この大陸は地震なんか起こらないはず――」カオリが言って、叫んだ。
「早く乗って!出発しなくては!」
絨毯が四人を乗せて浮かび上がると、ホテル自体が揺れているのがはっきりした。
3つのビルを跨ぐ舟形構造物が小刻みに震えて、外装が剥がれ落ちていた。
「いくらなんでもそれマジか……?」
絨毯の上で見守るうちに舟形構造物全体が崩壊の煙に包まれ、瓦礫と共にプールの水が滝となってこぼれ落ちてゆく。そして――
浮かび始めた。
ヨシキがいるはずの3階建てのプレジデンタルスイートも崩壊して、軍艦の艦橋らしき構造物が現れた。
「まさか本当に船だったのか――」アナが愕然とつぶやいた。「しかも、空中戦艦?」
ゆっくり上昇するうちに紡錘型の船体が顕わになり、小ぶりの三角翼が展開した。
艦首はドリルのように尖っている。
「ま~たわたしのテクノロジーを悪用か」ベータがこめかみの辺りを揉みながら言った。「にしても酷いセンスだこと……」




