59 シャドウレンジャー 鮫島ヨシキ
「馬鹿野郎!!」
ジョーンズが叫んで核弾頭を受け止めた――とはいえ、MIRVは60㎏。両手で受け止めたジョーンズはそのままよろけて、核弾頭を抱え込んだまま床に転倒した。
「だ~いじょうぶ大丈夫、地面に落としたって爆発しないよ」
ベータがジョーンズを跨いでリビングのまんなかに進み出た。続いてカオリとシャムリスが続いた。
「ヨシくん遅くなってゴメンね~」
ベータが言うと、ヨシキはうなずいた。
「ギリギリセーフだ」
「そいつはどうかな!?」
スペイドが背後から素早くヨシキの首に手を回し、こめかみに拳銃を突きつけた。白人兵士たちも半数の自動小銃をベータたちに向け、残りはタカコとレイカの頭に突きつけた。さすがに特殊訓練を仕込まれてるようで、同士討ちするような立ち位置はとらない。
「神様」タカコがぎゅっと目を瞑った。
怒り狂ったジョーンズが核弾頭を押しのけて立ち上がった。隣の兵士の自動小銃をひったくり、いまにもベータに発砲しそうだった。
「銃は効かないですよ」カオリが平静な声で言った。
「ところがところが!我々のは特別あつらえでね!」スペイドはそう言って引き金を引いた。
弾丸は発射されなかった。
戸惑ったスペイドが何度も引き金を引き、カオリがうなずいた。
「その程度の対魔導律防御はわたしには効きません」
「魔女!貴様またしても我々の銃弾を土くれに変えたのか!?」
「弾丸だけではなく、核兵器のプルトニウムもただの鉛に変えました」
「なっなんだと……!」
スペイドの顔が赤黒くなっていた……おそらく、たいへんな恥辱を感じている。
銃と核兵器を無効にされ、去勢されたような面持ちなのだろう。女が相手となればなおさら。
「ニャー」
黒猫のハリーが軽やかな足取りでソファーに飛び乗り、実原レイカのそばに――正確にはレイカが抱いていた白猫の傍らに歩み寄った。
「なんだいこの雑種はどこから紛れ込んだの!?シッシッ!」
「オッと」ベータがつぶやき、シャムリスの顔をそっと伺った。
「これは看過しかねるねえ……」
シャムリスがそう言って頭巾を払い落とした。現れた猫族の顔に白人たちは顔をしかめた。
「なんだこのバケモン」言葉の端に生来的な異種嫌悪が滲んでいた。
シャムリスは切れ長の大きな眼を細め、猫耳をピクピクさせた。
「これも聞き捨てならないねえ……」
「くそっ!」スペイドが癇癪玉を破裂させた。「もうやめだ!猫の小便くせえしこんな茶番付き合ってられるか!貴様らジャップはみんなくたばれ!」
片桐アズサが足首を拘束していたダクトテープをナイフで切り裂き、ヨシキは立ち上がった。
「逆上したってチャラにはできないからな」
「ジョーンズ!」
「イエッサーボス!」
ジョーンズが突然ダッシュしてヨシキに猛タックルをかけた。ヨシキの身体が跳ね飛ばされ窓ガラスを砕き、ジョーンズもろともテラスを転がり手すりを破壊して、階下に落ちた。
プールに落ちるザブンという音が聞こえた。
「ヨシキクン!」カオリとタカコが同時に叫んだ。
それを見送ったスペイドは満足げにうなずき、懐からスマホを取り出した。
「さて……」
スマホになにか打ち込みながら言った。
「〈ハイパワー〉のスーパーテクノロジーを手なずけたのは貴様らジャップだけじゃないんだよ。いまからお見せしよう」
「そりゃ楽しみ~」ベータがつぶやき、スペイドが忌々しげに一瞥した。スペイドはベータが〈ハイパワー〉だと知らない。
「おまえら、撤収準備だ」スペイドが言った。
「とんだ時間の無駄だった。残りの女どもを拘束しろ。その化け物は――」シャムリスを眺めて首をかしげた。「おいおまえ、言葉が分かるか?イグドラシルの土着民なのか?我々地球人居住地域に無断で立ち入るのは禁止だぜ!」
シャムリスは大きな眼を瞬いた。
「はて、そんな規則を誰が決めたのやら?」
「俺たちだ!」スペイドは自分を指さし叫んだ。「俺たち、合衆国政府がそう決めたのだ!」
「わたしだって野蛮なギルシスの子孫の土地など来たくないのだよ……しかしわたしの眷属を保護したくてねえ」
「なら我々をほっといてその保護だかなんだかすりゃいいだろう!?アーだがまてよ!ここにあるものはすべて我々のものだ!なにひとつ我々の許可なく持ち出しは許さん。よーく覚えとくんだな!」
シャムリスはソファーに座る女性陣に顔を向けた。
「そなたらはいつもそのように粗暴な物言いなのかえ?」
「いいえ」片桐アズサが答えた。「ごく一部の人だけです」
「黙れおんな!その化け物も勝手に喋るんじゃない!ところで、おまえら化け物はどこの出身だあ?いずれ外交始めるだろうから名前だけ控えておいてやるよ!」
シャムリスの口が大きく広がり、眼を細めた。
「これは聞きたくないな」ベータがぼそっとつぶやいた。
「わが種族はシャムリスという。カンペラル大陸の大砂原を超えたその先に住む。わが名は――」
漆黒のアーマースーツを着た大男の身体が残った窓を割って飛び込んで来て、そのまま大の字に横たわった。役に立たない銃を構えて居並ぶ兵士たちが飛び退いてその巨体を呆然と見下ろした。
その先、夜の展望テラスに人影が立っていた。
頭部、眼の部分が異様な紅い光を放っていた。
その人影が一歩進み出ると、深紅のボディースーツをまといイエローのスカーフをたなびかせた、フルフェイスヘルメットをかぶった姿が現れた。
その人物が言った。
「シャドウレンジャー 炎皇。ただいま出動――!」




