56 フィールドパーティーの終わり
カワゴエニュータウンの惨禍はたまたまテレビ中継されたため、たちまちサイタマじゅうに知れ渡った。
ツルガシマにいたユリナやチームレイブンクローのメンバーは取るものも取りあえず現地に向かった。
ホウキにまたがったユリナが最初に到着した。ちょうど二台の暴動鎮圧ロボが胴体を真っ二つに切り裂かれ、川に倒れるところだった。
「なっなんだよあのバケモン」
状況がまったく掴めない。
街の広場あたりには紺色の巨体が立ち尽くしていた。どう見ても巨大ロボだ。アニメに出てくるようなロボだった。
ユリナが呆然と眺めているあいだにロボの姿が薄れてゆき、やがて消失した。
(危機は……去ったの?)
ユリナはホウキを飛ばして街上空を旋回し続けた。
そして、街の下流方向の街道から無数のヘッドライトが迫ってくるのを見た。
テッドたちチームレイブンクローはモーターボートを旅亭の岸壁に着けて上陸した。桟橋を駆けて料亭一階の食堂に足を踏み入れると、おびただしい数の怪我人が床やテーブルに横たわっていた。
「ひでえな……」
治癒魔法を習得しているトムとミカエラがただちに治療に回った。テッドは食堂を通り抜け、街の広場に出た。
旅亭の玄関に固まっている人たちをかき分けて前に進み出ると、食堂以上の惨状が広がっていた。レンガ敷きの小綺麗な広場は爆撃に遭ったかのように破壊され、怪我を負った暴徒たちが大勢倒れていた。
「いったいなにが……」
10メートル先で、若い女性が泣きながら男性を抱えていた。男のほうはぐったりしているが、わずかに片手をあげて女性の頬に手を当てている。
広場で動いているのはテレビ中継中とおぼしきカメラクルーと女性レポーターのみ。
そこに、魔法のホウキにまたがったユリナが加わった。
ユリナも横たわった男性の傍らに駆けつけた。
「マーくん!」
ユリナはマサキの手を取って叫んだ。
「大丈夫だから、騒ぐな……」マサキが弱々しく言った。かなり消耗しているし、傷だらけだ。ジャージは破れ出血痕も生々しい。
「おれと戦ってた女魔道士ふたりは……どうした?」
「あなたが巨大化した途端、一目散に逃げたよ」
マサキを膝枕で抱えたヨウコが治癒魔法を施しているようだ。
ユリナがヨウコの顔を見ると、泣きはらした顔でうなずいた。
「わたしの力じゃ簡単に直らないけど……でも」
「マーくん……」ユリナは言い辛そうに切り出した。「まだ終わってないんだよ……暴走族が迫ってるの」
ヨウコが絶望した様子で言った。
「そんな……!もうひと通りやっつけたはずじゃ……」
ユリナは無念そうに首を振った。
「下流のほうから何百台もバイクが押し寄せてるの」
「それじゃあ、もうちょい頑張るとするか……」
身体を起こそうとするマサキをユリナが慌てて押しとどめた。
「いいから!いま救援隊が集結してるからマーくんは休んでな!わたしも頑張るから!」
「そうもいかんだろ……」
「行くよ!――とりあえずマーくんを旅亭に運ぼう」
背後でテッドが言った。
「旅亭はもう怪我人でいっぱいだ」
「そうなの!?街の人たちにも被害が!?」
「そうなんだ……前はバイカー集団が街を通過しただけだったのに、どうしてこんな暴動になったんだか……」
「その暴走集団だけど、もうそろそろ来るよ」
たしかに来た。バイクの騒音とクラクションが徐々に接近してくる。
バイク集団の先頭が広場に達して、道路の舗装がグズグズに崩壊していることに気付いて大幅に徐行した。
後続がどんどん押し寄せたため、まもなく広場はバイクで埋まった。
何人かのバイカーは仲間が大勢倒れているのに気付いて、激しい罵り声を上げながらバイクを降りた。そいつらがあたりを見渡し、旅亭の前で固まっている町民に目を付けた。
「俺らのダチにとんでもねーことしてくれちゃったのテメエらか!?ああン!?」
「間違いねえスよ!あのガキ!あのガキだ!」
マサキのほうに指を向けたのは、先ほど逃げ出した細身の黒革の男だった。
ユリナとテッドがマサキの前に立ちはだかった。
「好きかってさせないよ!」ユリナが啖呵を切った。
「うるせーメスガキ!」やはり逃げ出した女魔道士のひとりが言った。仲間が増えて威勢を取り戻していた。「もうまともな魔法使いは残ってねえだろ!あたいには分かるんだ!」
「そういうことなんで、おまえら皆殺しにしてこのケチくせえ集落は俺らの根城にするわ!ま、おとなしくすんなら奴隷にしてやンよ!」
バイカーたちはゲラゲラ笑った。もうその数は数百人に達している。広場を埋め尽くしていた。
マサキはヨウコの肩を借りて立ち上がった。
「マサキさん……本当に無理はダメだから……」
マサキはヨウコに微笑みかけ、うなずいた。そして優しく脇に押しのけ、ユリナとテッドの肩に手をかけてやはりソッと押しのけた。
マサキの立ち姿を認めて女魔道士と黒革の男はややたじろいだが、先ほどの戦いを知らない者たちは嬉々として冷やかし声を上げた。
「三人で太刀打ちすんのぉ!?」
「女の子はとっとけよ~」
マサキが一呼吸置いて最後の突撃を敢行しようと両足を踏み換えたとき、恐ろしい光景を目にした。
小柄な女性がマサキたちの脇を通り過ぎ、バイカー集団に向かってトコトコ歩いてゆく。
ナツミだった。
「かっ母さんやめ――」
マサキは叫びかけたが、大粒の雨粒が頬をうち、ハッとして夜空を見上げた。まだ暗雲が垂れ込めている。
強力な魔導律が辺りに満ちているのだ。
母親のうしろ姿にあらためて眼を戻すと、その手に七支刀が握られていた。
バイカーたちもやや当惑してナツミに注目していた。
立ち止まったナツミが仁王立ちで、地面に七支刀を突き立て、柄に両手を置いて、言った。
『救いがたい愚か者たち』
とくに大声を張り上げていないのに、その声は広場全体に響き渡った。
いち早くナツミのパワーを察した女魔道士ふたりが2~3歩後ずさり、きびすを返して逃走を図った。
『おまえたちに死ぬより辛い罰を与えます。とくと味わい、荒みきった生きざまを悔い、改めるが良い――!』
「な、なんだこのねーちゃん狂ってんのか?」
『龍翅族奥義――獄魔導十殺戒――!』
その言葉じたいに呪いが籠もっているかのように、広場の人間たちは命がこぼれ落ちるような胸の悪さを覚えた。
それから本物の地獄が現出した。




