53 フィールドパーティー5
広場にうずくまっている人たちは川沿いの旅亭を背にしていたからまだその姿は見えなかったが、巨大なタマネギの怪物が歩く音は聞こえた。
ズン……ズン そして踏み倒される木造家屋のバリバリという音が加わる。
またカンッ!という乾いた金属音が響いた。
そしてグシャッとなにか巨大な物が潰れる音。タマネギの黒いボディから鉄球が放たれ、家屋を叩き潰している。鉄球は鎖に繋がれ、本体に引き戻されながらまた周囲を破壊してゆく。
二台のタマネギがそうして町を破壊しながら歩くと、かなり騒々しかった。
広場から下流に向かう街道のほうが慌ただしくなり、大勢の暴徒たちが駆け込んできた。
「あいつら無差別攻撃してるぞっ!」逃げてきた暴徒のひとりが広場の端に立ち止まって叫んだ。
その暴徒が急バックしてきた放送局のバンに弾き飛ばされた。バンは焼き串の露店に突っ込んで停止した。
近くにうずくまっていた人たちはたまらず立ち上がって逃げ出した。
「やい貴様ら!騒ぐんじゃねえ!騒ぐな!」
猟銃男はまた空に向けて発砲しようとしたが弾切れだったようだ。ポケットを探り出したのでナツミは町長の肩を押しながら駆けだした。
「おい待てよ!逃げんなコラ――」
猟銃男は叫んだが、彼らの立っていた場所に赤い走査線がサッと走って、次の瞬間鉄球が飛来した。
猟銃男と手下ふたりがその巻き添えになって、直径1メートルくらいある鉄球ごと役場の正面の壁にめり込んだ。
ナツミと町長は旅亭に向かって必死に逃げた。広場の町民たちも一斉に立ち上がって逃げ出した。
だがツルガシマ方面の街道には住民とおなじくらい恐慌した暴徒たちが集結して、逃げ道を塞いでしまった。
「うるせえな!逃げんじゃねえよコラッ!」
何十人かはそれでも振りきってツルガシマ方面の街道に逃走できたが、暴徒が発砲し始め、退路が断たれた。
ナツミたちを含む逃げ遅れた人々は、旅亭の前でひとかたまりになっていた。
頭上に達したタマネギ型メカが、歩みを止めた。二台並んで広場の端まで達していた。そこまで近づかれると巨大だった。10階建てのビルくらいの大きさなのだ。
ふたつのタマネギ型胴体が赤い眼をらんらんと光らせて広場を睥睨している。動力部のうなりが怪物の呼吸のように響いた。
「と、止まったな……?ちくしょうめ」
汗だくの暴徒が見上げながら言った。
いまや広場の中心には暴徒の数のほうが多い……百人以上いそうだ。まわりのすべてを威嚇するように武器を構えていた。
その武器の半分ほどはナツミたちが固まっている旅亭のほうに向いていた。
「おい、これからどうするよ?」ポロシャツの男が言った。
呼びかけられた細身で黒い革の上下の男が、つぎのリーダーなのだろう。
「し、知るかよ。どうもニューアカサカのお偉いさんの話と違くてよ……」
「だらしねえなぁ!てめーそれでも反社か?もうチョイシャキッとしろシャキッと!」
「うっせえ!てめーこそただの強姦魔だろうが!?偉そうに指図すんじゃねー!」
「へいへい」
いっぽう旅亭の前で途方に暮れていたナツミたちの元に、カメラを担いだテレビ局のクルーとマイクを手にした女性が駆けつけた。テレビ局のバンから出てきたようだ。
「すいませんお邪魔します!」
女性がマイクを向けてきて、ナツミたちは唖然とした。
「あ~」ナツミが答えた。「あなたがた、野外劇場撮影してた人たち?」
「ハイ!わたしたちは突然の災禍に見舞われたここカワゴエニュータウンの惨状をお伝えしなければと思いまして――」
「あの」ヨウコが言った。「カメラ回してないですよね?わたしたちいまとてもたいへんなんですよ――?」
「ですから、それを全国に知らせないといけませんよ、ね?」
「だったらあっちを撮ってください!」ヨウコは暴徒たちを指さした。
キーン、という音が響いて、拡声器から声が響いた。
『わたしは暴徒鎮圧ロボットです』
無機質な女性の声が響き渡った。
『わたしは秩序回復のためあらゆる武器類の使用を許可されています。この地域で発生した暴動は、我が国の法的秩序を著しく害していると判断されました。よってわたしは日本国内務省の許可のもと、無差別掃討行動に移ります」
「なに言ってんだこの野郎は!?」
「まさかあの怪物……無人なのかよ……」
「無差別ってアレどういう意味なんだ!?」
『これより3分間の猶予を与えます』機械音声が続けた。
『3分間が経過したのち、わたしは完全暴動鎮圧モードで活動開始します。この地域を完全平定するまで、わたしの行動は止まりません。武装した人間は最優先鎮圧目標となります。
それではカウントを開始します』
「おいマジか……」
暴徒たちはうろたえはじめた。
「こんな話聞いてねえよ!」
「うっせーなぐだぐた抜かしてんじゃねー!」黒革の男が自棄気味にせせら笑いながら叫んだ。
「てめーらイチ抜けはナシだかんな!泣きごと言ってねーで最後まで付き合えや!」
「そ、そうだー!」別の男が目を狂的に輝かせて言った。「3分以内にみんな殺しちゃえば良くね?」
「ああそうだな!1分もかからねえよ――」
「そんなことは許さん!」
下流方面の広場の端から声が飛んだ。
暴徒たちが声のほうに顔と武器を向けた。
ナツミたちもそちらに注目して、息を呑んだ。
「マーくん……!」
ナツミが言った。




