51 フィールドパーティー3
「キャハハハハハハハハ!」
女がマサキのまわりを小躍りしながら嘲笑した。
「油断してやんのバーカ!」
(まったくだ……)マサキもその意見に賛成だった。
親父が見ていたらやれやれと首を振ったことだろう。
脇腹を探って小さなナイフの柄を探り当て、深呼吸をして息を止めると、一気に引き抜いた。
「くう――ッ」
刃渡り5センチ程度の折りたたみナイフだ。血まみれだった。ナイフを地面に落として傷口を探るとどくどく出血していた。
「ざまあ!あたしに優しくしない天罰だ!」
女はスキップしながら仲間のほうに立ち去ろうとしている。
「これでアタシ金貨ゲットォ!」
いやな汗が額に吹き出してる。マサキはあらためて傷口を探って魔導律を集中した。
魔導律は物理魔法を普通に行使するぶんには、いくら使っても減少しない。
しかし、自分自身に治癒魔法を施すと減少する……命と引き換えに。
何度か深呼吸を繰り返すうちに脇腹の硬直がほぐれ、痛みが引いてきた。マサキはほっとひと息ついた。まだ心臓が早鐘を打っていた。
身体全体が倦怠感に苛まれて軽い吐き気を催していたが、原因の半分は気の持ちように過ぎない。
残りの半分は血を失ったせいだ。
口の中が乾いてうまくつばが飲み込めない。
「死ねバカ!死ねっ!」
女が20メートル先から叫んだ。
どこかでパン!という音が響いて女の頭がのけぞり、血しぶきを上げながらばったり倒れた。
(今度はなんだよ……)
マサキは膝をついたまま、横たわった女の向こうに注目した。
小銃を構えた一団が歩いてきた。黒いボディアーマーずくめの集団だった。
「またひとりやったぞ。これでビールおごりな!」
陽気にハイタッチを交わしていた。
「オッとまたジャップが一匹いた!誰の番だ?」
「オレだ」そう答えた男が小銃を構えてマサキに狙いを付けた。
「待て!」別のだれかが制止した。「こいつブラックリストに載ってた奴じゃねえか?」
「知らねーよ、ジャップはみんな同じ顔してやがるから」
マサキは軽くうな垂れたまま目線だけ動かして様子を探った。五人の兵隊に囲まれた。
全員白人だ。
「こいつ、怪我してら」ひとりが、マサキの傍らに落ちていた血まみれの折りたたみナイフをブーツのつま先で蹴飛ばした。「あーこりゃ肝臓イッてるかもな」
マサキはうな垂れたまま無言でうなずいた。
「死人同然か……行こうぜ、弾がもったいない」
別のひとりが川岸のほうを指さした。
「おいアレ見ろよ!輸送船が転覆してやがる!」
「ファッキンシェット!」
「敵は丸腰だって話だったじゃんか。話が違うぜ!どうやって帰還すんだよ!?」
「サム、こいつ見張ってろ」
兵隊たちはサムと呼ばれたひとりを残して土手に駆け下りた。
マサキはまずまずの体調に回復していた。
(さーて……魔導律はどれほど残ってるかな……)
サムを見上げた。
「なあ……あんたたちどこから来た?」
「うっせえしゃべんな!」
サムは軍靴の底でマサキの肩を小突いて、マサキは地べたに倒れた。
「いいじゃん……教えてくれよ」マサキはしんどさを装ってゆっくり両手をつき、身体を起こした。正座して溜息をひとつついた。
「俺たちは愛国者騎士団だよジャップ!今夜は貴様ら異教徒――」
マサキは小銃の銃身を握って引っ張り、同時にサムの両足首に思い切り蹴りを食らわせた。サムはダイブするように宙で身体を水平に浮かせてそのまま腹から地面に落ちた。マサキはその背中に馬乗りになって両手で頭を掴み、思い切り捻った。
サムは一声も漏らす絶命した。
(近く寄りすぎだ間抜け)
マサキはサムの背中に伏せたまま小銃を引っ張り寄せ、雑嚢とベルト装備品を探って手榴弾二個と予備弾倉二本、軍用ナイフを手に入れた。
ついでに未開封のペットボトル……ミネラルウォーターも見つけた。マサキはありがたく水を頂戴してひと息ついた。
それから土手の縁まで匍匐前進して、残り四人の様子を探った。
四人は50メートルほど離れた川岸に並び、転覆した輸送船の船底を見上げていた。
マサキはさらに距離を詰め、手榴弾二個のピンを抜いて四人の足元あたりに放り投げた。
爆発と同時に、マサキは地面に横たわったまま自動小銃を構えた。
残響が消えると呻き声が聞こえ、同時に散発的な銃声が響いた。マサキはその方向に一斉射すると、すぐに立ち上がって背をひくくしたまま土手道を走った。
反撃はなかった。
さらに20メートルほど上流側に走って慎重に土手を見下ろすと、6人が横たわっていた。人数が増えたのは転覆した輸送船の乗組員か、クラッシュした四輪駆動車の乗員だろう。ひとりが転がった銃に向かって懸命に這い寄ろうとしていた。もうひとりが仰向けで身じろぎしていたが、片足が吹っ飛んでいた。
マサキは土手を駆け下りて這っている男の前に立ちはだかった。男がマサキを見上げた。
「ジャーップ……!」
「終わりだ」
男は下卑た笑いを漏らし、それから激しく咳き込んだ。力尽きたように突っ伏したが、まだ死んでいなかった。
「ジャップ……まだお終いじゃねえ……むしろこれから本番だ、ぜ」
「なんだと」
「これだ」男は突っ伏したまま拳をひろげた。小さな押しボタン付きの機器が乗っていた。赤いLEDライトが点滅していた。
「おいなんだそれは!?爆弾か!?」
マサキは男の身体を裏返してヘルメットをむしり取ったが、死んでいた。
川の方でサーチライトが灯り、鋭い光条がマサキのいるあたりをサッと通り過ぎた。
(なんだ?)
パトロール船がまだ生きてるのか……マサキは転覆した輸送船の影を出て上流に向かいつつ川を見渡した。
さっきブリッジを潰したパトロール船は半㎞ほど上流に停船して燃え続けていた。
サーチライトの源は下流方向だった。
水面から黒いタマネギ状の物体が突き出ていた。直径は10メートルはあろうか。サーチライトはその頂点から発していた。
黒いタマネギの真ん中あたりに赤い光がふたつ、灯った。
そしてタマネギがゆっくり持ち上がった。カニのような長い足を備えていたのだ。
(なんだ……あれ)
六本足のカニ型メカだ。長い脚に支えられたタマネギは水面から30メートルも持ち上がり……歩いていた。
カワゴエニュータウンに向かっている。
水中から二台目のカニ型メカが現れ、一台目のあとに続いた。
あのメカが街を襲おうとしているのは明らかだ。
マサキは走り出した。




