50 暴徒たち
街道から住宅街に入るT字路、その奥から、大勢の人影が向かってくる。
(暴徒か?)
マサキは目を懲らした。火事の揺らめく炎を背景にして人間がぞろぞろ歩いてくる。予期した暴走集団とは様子が違う。避難民か?
だが先頭はレンジャーだった。びっこを引いて賢明に歩いていたのだ。
負傷したレンジャーの背後に迫っているのは、ツルハシや棒きれを持ったいっけんただの住民だ。ジャージやTシャツとジーンズ姿で年齢性別もまちまちな集団だった。
マサキは跳躍して土手に降り立ち、T字路に走った。
足を引きずっていたのは顔見知りのレンジャーだった。
「野田さん!」
名前を呼ばれた男性はなんとか片手を挙げた。
「マーくん……!」
マサキは倒れ込みそうな野田に駆け寄って身体を支えた。
「何があったんです!?」
「いやあ……もう訳が分からん。俺の魔導律じゃあどうにもできなくて……」
マサキは背後に迫る徒歩集団を見た。
「あいつらは何者なんです?」
「トウキョウ都民だよ!奴ら自身が大声でそうわめいてた。船で運ばれてきて、暴走族の襲撃に加わったんだと思う……あいつらに背後を取られて、同時に銃撃みたいのが始まって」
「まだ歩けますか?街まで」
「ああ……けどほかのレンジャーがまだ」
「それは考えず、街まで戻ってください」
「分かった、すまん!」
野田がカワゴエニュータウン方面に向かってまもなく、マサキは徒歩の暴徒集団に囲まれた。
「あいつ逃がしちゃダメじゃんよ~」
いっけん真面目そうな中年男性がなじるように言った。マサキもジャージ姿なので彼らは敵なのか味方なのか判別できないのだろう。
「捕まえてどうする気で?」
「ひとり半殺しで金貨10枚だろ!?」言ったのは若い女性だった。「あんた聞いてねーの?」
何人かがマサキの脇を抜けて野田の後を追いかけようとしたので、両腕を挙げて通せんぼした。
「邪魔すんなボケェ!」マサキと同い年くらいのロン毛がいきなり鉄パイプを振りかぶってきた。マサキは難なく片手で受け止め、そのまま鉄パイプを思い切り曳いた。ロン毛はつんのめって無様に転んだ。
「ッてえなこの――!」
気持ちを傷つけられたロン毛が立ち上がって殴りかかろうとしたが、マサキは手に持ったパイプをくるりと一回転させたあと躊躇することなくロン毛の頭に叩きつけた。
ロン毛はばったり倒れた。
暴徒集団のあいだにハッと戦慄のさざ波が走った。
(なるほど)
彼らはあまり暴力に慣れていない。本当にただの――逆上せあがった民衆だった。
マサキは鉄パイプを脇に投げ捨てて暴徒に向き直った。
「あんたたち、誰に雇われてこんなことしてる!?」
「うっせえかっこつけ野郎!」
「金貨をもらえるから暴れることにしたのか?」
「ちげーよ!」40歳くらいの小太りの男性が叫んだ。「おまえらムカつくんだよ!俺のナマポ生活台無しにしやがってよう!家から出たくなかったのに無理矢理クソ引っ越しさせやがってマジムカつくんだよッ!」
「アタシなんかカレシが冒険に出るとか言って捨てられたんだから!こんな世界だいきらい!」
「そーだそーだー」高校生くらいの物静かそうな男子が冷笑混じりで言った。「ぜ――んぶ燃えちゃえばいいよ」
「ネ~だれかその兄ちゃん殺して~。超うざいわ」
イグドラシルに順応できなかった人間――というか、おそらくなにを与えられても満足しない生粋の不平屋……昔はネットに罵詈雑言恨み節を書き殴っていたノイジーマイノリティーの類い……が勢揃いしている。
(どこかにいると思っていたが――)
「言っておくがおまえたちを運んできた船は沈めた。東京には簡単に戻れないからな!」
「うるせえ!」
中年がツルハシで襲ってきたが動きはルーズで殺気も籠もっていなかった。マサキが身を翻して尖った切っ先をくぐり、顔面に肘鉄を食らわせると、あっけなく地べたに大の字で転がった。
潰された鼻から大量出血して、取り乱した男は鼻を押さえながら、参ったというように片手を振った。
「おまえら、そんなへっぴり腰で何人殺せたんだ?」
マサキが一歩踏み出しながら問うと、50人あまりの暴徒たちはたじろいで後じさった。
「ひとりも殺せてないだろ?せいぜい家1~2軒放火して、ハードな気分盛り上げてただけだな?」
「もう!」若い女性が地団駄踏んで叫んだ。「むずかしーこと言うなメンド臭いんだよバーカバーカ!」
「原住民ども逃げちまったから空き家しかねーんだよ!それじゃおカネもらえねーよ!てめーが弁償しろや!」
マサキはだれともなくうなずいた。図星だ。やはり器物破損程度に暴れただけのようだ。暴動なんてテレビで観たことしかなくて、やり方が分からないでいる。
「アーッ!」
突然キレた高校生が包丁を構えて突進してきた。
マサキはそれもなんなくいなして包丁を持った手首にチョップを食らわした。取り落とした包丁を地面に落ちる前に拾って、うつ伏せに倒れた高校生の二の腕に軽く突き刺した。 「ぎゃーっ!」高校生は悲鳴を上げた。「痛え!痛い痛い痛い!マジ痛い!」
高校生は半泣きで傷を押さえながら、包丁を持つマサキから距離を取ろうと必死で這いずった。
「つぎは誰だ?」
マサキが血のついた包丁を眼前にかざすと、暴徒の戦意が霧散した。マサキがゆっくりと一歩踏み出すと、何人かが回れ右して逃げ出した。
最前列で暴徒を煽っていた若い女の前にたどり着いたときには、残りの暴徒も武器を捨ててぞろぞろ足早に後退しはじめていた。
女は硬直して身動きできず、マサキを凝視していた。
マサキはその襟首を乱暴に引き寄せて言った。
「おまえたちを扇動したのは誰だ?」
「こっ殺さないで……」
「誰だ?」
「――もう!怖い顔して脅すのやめてよお!アタシなんにも悪いことしてないもん!なんでアタシがひどい目に遭わなくちゃいけないの!?」
マサキが舌打ちすると、泣き落としが効かないと悟った女はガタガタ震えはじめた。襟を無造作に突き放すとへなへなと尻餅をついた。
マサキは子供のように癇癪を起こす女に、そして自分自身にウンザリした。
弱いと分かりきってる相手に暴力を行使するのは最悪だった。街を守るという使命のためなら迷わずそれをやってしまう自分を嫌悪した。
女と怪我人を残して暴徒は解散したようだ。マサキはあらためて周囲を見渡した。
暴走族のバイクの音が聞こえない――
背中にドシンと衝撃を感じて、女にタックルされたと気付いた。身体をひねって相手を見ようとすると脇腹の後ろあたりに激痛が走って、マサキは思わず膝を屈した。
(刺された)妙に冷静な気持ちでそう思った。




