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48 メッセージ

 

 「はあ?」

 ヨウコは当然ながら困惑した。眉のあたりがやや怒っている。


 「俺たちと違って転生したんだ……若い姿で」

 「エー……と」

 ナツミが済まなそうにうなずいて言った。

 「面倒くさい話でゴメンなさいね~。でも本当なの……」

 「だって……ああそう言えば!マサキくんのお母さんてあの、なんて言ったかしら、ポータルを開通した人でしょう?それがなにか関係してるのかな……」

 「ま、ざっくりそんな感じ」

 「でもその、やっぱり簡単には飲み込めない話、かな……」

 「ああ、ちょうど良いものがある!」ナツミはそう言ってバッグからタブレットを取り出し、マサキはジュースを吹き出しそうになった。

 「か、母さんそれ……」

 「うん、ヨシキがわたしのPC持ってっちゃったからね、ベータに動画ファイルこっちにコピーしてもらったの……ほらこれ、見て」

 ナツミが動画を再生してヨウコに見せた。


 園児服の女の子がカメラに駆け寄ってきてぺたんと座り込んだ。そして身を乗り出してゆりかごを覗き込んでいる。

 ゆりかごには赤ちゃんが収まっていた。

 『ユリナ~、二人目の弟だよ~』画面の外でナツミの声が言った。

 『おとーと?』

 『そうだよ~マサキくんていうのよ』

 幼いユリナは釈然としない表情で赤ちゃんを見下ろした。

 (あんまりかわいくないねえ……)とその顔が語っていた。

 しかしマサキがゴムまりをこすりあわせたような声で「ウー」と唸ると、ユリナは眼を細めて「ンーよちよち」とおなかに手を当てた。

 マサキは顔をおもいきりしかめてフニャフニャ泣き始め、ユリナは心配そうな顔でカメラを見た。

 『あらあら泣き出しちゃったねえ』


 ナツミはべつの動画をチョイスした。


 1歳くらいの赤ちゃんがつかまり立ちを試みていた。その奥ではナツミが心配そうな顔で身を乗り出していた。

 『マーくんがんばって!』

 マサキがテーブルに小さな手をついて立ち上がった。へっぴり腰をユラユラさせて危なっかしいが、顔は「どんなもんだい!」という満面の笑みだ。

 『やった!マーくんが立ったよ!』

 ナツミと、父親の歓喜の声。

 まもなくマサキはペタッと尻餅をついてしまった。


 「母さん、もういいでしょ?」マサキが居たたまれない様子で言った。

 「え?ヤダもうちょっと観たいです!」


 ナツミとヨウコは5分ほど動画を見続けた。休止したのは料理が届きはじめたからだ。


 マサキは椅子からずり落ちそうなくらい脱力していた。

 「ひとん家のホームビデオなんてつまんないだろうに……」

 「そんなことないですよ~」ヨウコは眼を煌めかせていた。

 「マーくんとヨシくんのビデオは小学校あたりまでいっぱいあるからね~。また観たくなったらいつでも言ってね?」

 「ハイ!」

 「マジか……」


 「あら?」ナツミはタブレットを見て首をかしげた。

 「なに?故障した?」マサキが期待を込めてたずねた。

 「未視聴ファイルがひとつあったの……これは――」ナツミはタイムスタンプを確認して眼を見開いた。「お父さんが亡くなるちょっと前よ!」

 「え?どんなビデオなの?」

 「分からない。これ観るまえに、最後の転移者さんにベータを託したから……」

 ナツミは少し躊躇したが、意を決して再生した。


 『マサキ、ヨシキ』

 父親、ウシオの声が聞こえた。

 ナツミとマサキは顔を見合わせた。

 タブレットの衝立を折ってみんなが観られるようにテーブルに置いた。


 老人となったウシオがジャージ姿で屋外に立っていた。しかし背中は丸まっておらず、力強く立ち尽くしていた。

 背景には青空と山の連なりが映り込んでいた。

 ナツミもマサキもひと目で冥奉神社脇のお山の家だと分かった。


 『これを観ているなら、俺はもう亡くなってるだろう……母さんには内緒にしてるが、最近は心臓がちょっとな……もう90だからしょうがない。

 俺も母さんも、一緒について行ってやれなかったことは今でも悔やんでる。でも、おまえたちは元気にしているに違いないな。俺は信じている。

 じつは最近夢を見たんだよ。龍翅族のアマルディス・オーミが枕元に現れてな。母さんに祝福を与えてくださると俺に告げに来たんだよ。

 明晰夢だったのにはっきりとは思い出せないんだが、俺はそれ以来まったく不安を感じなくなった……

 マサキ、ヨシキ。母さんは思ったより早くそちらに行けるかもしれないよ。もし本当にそうなったとしたら……おまえたちは母さんが幸せになるよう、できるだけ協力してやってくれ。

 それから、マサキ。おまえは長男だし、俺のちからを正しく受け継いでくれたものと信じる。

 ヨシキ、おまえは別れたときはまだ迷っていたよな……それに魔導律と格闘技にのめり込む姿勢に俺はちょっと不安を感じていた。世の中の半分を憎んでいたし、イグドラシル転移も乗り気じゃなかったしな……おまえが道を見出せるよう俺は祈ってる。

 ――父さんおまえたちと充分な時間過ごせなかったけど、最後に渾身の力で念を送る」


 ウシオは眼を瞑り両の掌を杯を抱えるように挙げた。

 背後の青空が急速に暗雲に覆われ、雲の狭間に雷光が瞬きはじめた。

 ウシオは額に汗を浮かべ、見えない球を押し潰すかのように掌を合わせていた。

 胸のまえにライムグリーンの紋章が浮かんだ。


 「親父!」マサキは思わずタブレット画面に手を差し伸べると、ライムグリーンの紋章がスッと画面から消えた。

 マサキの掌に微かな光が宿り、消えた。


 ウシオはほっと息を吐き出すと、額の汗を拭った。

 『じゃあな、おまえたち。さよならだ。あちらの親族によろしく』 


ビデオメッセージが終わった。


 「ウシオさん……」

 ナツミは両手で口を覆ってポロポロ涙を溢れさせていた。ヨウコがナツミの肩を抱き寄せた。


 「親父……」マサキも口端をへの字にしてするどく息を吸い、吐き出した。親指と中指で目尻をサッと拭った。


 「マーくん……」ナツミは言った。「ごめんなさい、わたしあんなビデオがあるなんて知らなくて……」

 「母さん、謝ることないだろ……しかし親父、ヨシキのこと思ったよりしっかり見てたんだな……このビデオ、最初にあいつ同伴で観なくて良かったかも」

 「でも見せてあげなくちゃね」ナツミはハンカチで涙を拭うと、笑顔を作った。「さ、お料理冷めちゃうから」


 食事中は会話も少なく淡々と、しかし気詰まりもなく。


 そして食べ終えてまもなく、サイレンが鳴り響いた。


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