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47 フィールドパーティー


 ――とは言え、母親という生き物は超自然的に抗いがたいなにかに突き動かされてしまうらしい。


 「ヨシ君もさあ……なんでも、アナさんもトウキョウに行ったそうじゃない?」

 「それはまったく偶然だと思うよ。アナは魔道士を探しに行ったんだから」

 「ムー」

 「ていうか!俺がヨウコさんと話してるの物陰で見てたろ!」

 「だってさー」

 「母さん……ちょっとそっち方面の話から離れてくれ。圧が強すぎ」

 「ダメかしら?」

 「ダメ」

 「だって~……しょうがないじゃないよ?こうしてマー君たちのその後に同席できると思わなかったんだし~」

 「ハイハイだってはもう無しね。焦らなくてもいいだろ?母さんも思っきり若返っちゃったことだし。時間はたんとあるよ」

 「まあ……それはそうかもね」ぶすっと言った。

 マサキは苦笑して母親の肩を小突いた。ナツミも肩をぶつけ返して笑った。


 マサキは内心切なかった。

 (どうもやはり、昔とおなじというようではないか……)

 ママと手をつないで歩いた坊やたちはもういないのだ。

 結果的にたった三年の別離ではあったが、絶対再会できない、といちど踏ん切りを付けてその喪失感から立ち直った以上、それによる精神的な溝は埋められないかもしれない。


 (だいたい「母親の世話」ってたたずまいじゃないしなあ……)

 数日前再開したときはやや猫背気味で両手を前で合わせよたよた歩き、眠そうな笑みでいかにもおばあちゃんだったが、いまはシャンと立って足取りも軽い。まだ年配者ふうの喋りが抜け切れていないが、いずれ直るだろう。

 そうなったら20代の女の子だ。マサキが生まれる前。

 思わず反発したヨシキの心情も分からないではない。

 (()()()()()()のお節介だって煩わしいくらいなんだから)



 劇場に着くと、すでに満員御礼だった。

 今夜のパフォーマーは遠く関西から来た芸人、それに2030年代日本でも名前が通っていたJポップバンドだった。


 「わー見て!あれテレビ局じゃない?」

 劇場広場の端、ステージのバックヤードに、ルーフにアンテナを立てたバンが止まっている。

 「ホントだ、生中継でもするのかな」

 首を伸ばして客席を見渡すと、ハンディカムを抱えたクルーを3人ほど見かけた。

 テレビ局はなんとか中継局を増やして500㎞くらいは電波を飛ばせるようになったという。それでも関東全域にもほど遠い。

 空中に何百隻も浮かんでいる〈ハイパワー〉の船が電波を中継してくれれば世界中継も夢ではないという話だが、ネットと同様によほどの緊急時以外は断られ続けていた。

 なので将来的には自前の中継衛星を打ち上げるしかないわけだが、そもそも弾道飛行ができない世界では不可能な話だった。

 海も広すぎるので海底ケーブル敷設も難しい。昔の地球みたいに世界じゅうがネットワークで繋がるのは、遠い先だと言われていた。


 「そういえば、NHKが来年から受信料を徴収するんだってよ?」

 「ああそれ、新聞で読んだけど放送再開してたっけ?」

 マサキは笑った。

 「ラジオだけだよ。全国放送網を整備するために徴収を再開するんだって。だれが従うのかね」


 

 関西芸人が漫談をはじめた。

 イグドラシル転移の時間差にまつわる悲喜劇をネタにしていた。この新しい世界のあらゆる場所で起こっていることなので多くの笑いを誘っていた。

 まあナツミにはちょっと笑えないところもあったが。

 

 ミニコンサートが終わると、食事の時間だった。ナツミとマサキが食堂ラウンジに向かって歩いていると、スピーカーから町内放送ががなり始めた。


 『カワゴエニュータウン自治会より、皆様にお知らせです。

 先日の、暴走集団が、街に接近している、との連絡がフジミノタウンより寄せられました。暴走集団の動向により、1時間後にはカワゴエ県内に接近すると思われます。市民の皆様は自宅に戻り、戸締まりをして、警戒して頂くことをお勧めします。繰り返します――』


 「たいへん!」

 「ギリギリ、夕食の時間はあるか」


 食堂もにわかに慌ただしい空気が漂っていた。

 前回は通りを荒らされた程度だったが、だれも暴走集団の存在の常態化を恐れている。この数日で旅館には各地からレンジャーが集まっていた。

 

 マサキは旅館のおもてで町長のまわりに集まったレンジャーの輪に加わった。

 ナツミが席に案内されて5分ほどすると、店の入り口あたりで若い女の子がキョロキョロしているのを見かけた。

 ナツミは立ち上がって手招きした。

 「ヨウコさん!こっちこっち!」

 「え?はあ……」

 彼女が当惑気味に近づいてきた。ナツミはテーブルを指した。

 「さ、座って座って」

 「あの、わたし友達と待ち合わせてて……」

 「マー君のお友達でしょう?わたし鮫島ナツミです」

 ヨウコは少しホッとしていた。

 「鮫島……というとマサキさんの親類で?」

 「そうです」

 「あ、わたし姉川ヨウコと申します。よろしく~」

 「はいよろしく。役場でお見かけしたけど、あそこでお働きなの?」

 「ええ、今日は臨時出勤ですけど」

 「たいへんねえ。マー君おもてで打ち合わせ中だから、すぐ戻ってくると思うんだけど……」

 「ああ、外のレンジャーさんたち」ヨウコは表情を曇らせた。「町内放送、お聴きになりましたよね?あまり大ごとにならなければいいんですけど」

 

 マサキが戻ってきて、ナツミと同席しているヨウコを見てやや慄然としていた。

 「ご飯食べられる?」

 「ああ……いま先遣隊が偵察に向かった」マサキは席に着きながら言った。「具体的な動きを発見したら俺にもお呼びがかかるかも……でも集結したレンジャーにも魔道士がいるから、心配ないと思う」

 「でも深刻そうな顔してる……」

 「それは、外の騒ぎとは関係ないかも」マサキはおしぼりを取って軽く顔を拭った。


 マサキが合図して、ウエイトレスが注文を取りに来た。

 ナツミとヨウコは魚料理、マサキは中華風鶏の唐揚げとチャーハンを選んだ。マサキはジュース、ナツミとヨウコはビールを頼んだ。

 「わたしたちだけビールで悪いわねえ」

 3人で乾杯した。

 「俺はもうひと仕事したらゆっくりするよ」


 「あの~……」ヨウコが言った。「おふたりは従姉妹関係なんですか?」

 「そう」「いいえ」マサキとナツミが同時に言って、それからマサキがナツミに顔を向けてじっと睨み、ナツミが頷いた。「そう」

 ヨウコは眼を瞬いている。


 「やっぱり嘘はダメだよ……あとあと厄介になるよ?」

 マサキはしぶしぶ頷いた。


 「……そうだな。ええと」マサキはナツミに手を振った。


 「この人、俺の母親なんだ」


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