46 ガーデンパーティー9
「ひっ!か、片桐さん……!」
実原レイカは文字通り顔面蒼白だ。
(人間て本当に血が引いて真っ白になるんだな)ヨシキは妙なところに感心した。とはいえガタガタ震えて足元もおぼつかない。座らせないと卒倒しそうだ。
いっぽう片桐アズサはまったく動じていなかった。
「芝居がかった脅しをかけてもない物は無い」アズサは両の掌を見せて無実を強調した。 「だいたいスペイドさん、銃を扱うそのお姿、いささかお宅の国の映画そのままに過ぎるのじゃないですか?おおかた次の台詞は「言うことはそれで終わりか?」かしら?」
「そっ――」スペイドの眼に一瞬殺意がこもった。いつ引き金を引かれてもおかしくないところだ。
だが片桐アズサの無謀とも思える落ち着きぶりがそれなりに功を奏したか、スペイドは銃を下ろした。
「……まあいい、いずれにせよあんた、詰めが甘過ぎなんだよ。しょせん女の浅知恵か」
アズサは問いかけるように首をかしげた。
「まだ一個我々の手元に残っているのだ。当面それでじゅうぶんだろう……残りはどうせ返すしかなくなる。おまえらに運用ノウハウなどなかろう」
(どうやらこいつは多弁症気味らしい……)ヨシキは思った。
相手を撃ち殺す前にもっと喋りたいのだろう。
修羅場に慣れてる奴とそうでない奴の見極めは父親に実地訓練込みで教わっていた。怖いのはたいがい、喜怒哀楽を表に出さない寡黙な人間だ。スペイド氏は案外アマチュアなのかもしれない。
ヨシキがぽつりと言った。
「核弾頭の残り一発か?どこにあるんだろう……?」
「おまえらのケツの真下だよ――!」ジョーンズがしたり顔で答え、ミスタースペイドが舌打ちしてウンザリ顔でジョーンズを睨んだ。
「なるほど、ひとつ下の階、あんたたちの部屋に持ち込んだんだ……」
ミスタースペイドは銃口をヨシキに向けた。
「小僧……!それを知ってるのならきさまが犯人てことだな!」
ヨシキは両手を軽く挙げた。
「あんたたちの銃、対魔導律コーティングが施されているのか?」
「そうだ小僧!よく分かったな。我々の聖戦にふさわしい聖なる武器だ!汚らわしい魔法は効かん!」
ヨシキは頷いた。わざわざ念を押したのは片桐アズサに聞かせるためだった。ヘタに動かれたらやっかいだ。
それにしてもこのアメリカ人が誰彼かまわず無造作に銃を向ける様は、片桐アズサが指摘したとおり映画の観すぎに思えた。こんな場合でなければポップコーンを投げつけてやりたいところだ。
「ジョーンズ、このガキの身柄を拘束しろ!MIRVの在処を吐かせねばならん。残りの連中は……そうだな、今夜いっぱい監禁しておけ。いま進行中のグランドスラム作戦の責任をすべてこの女にひっ被せれば、我々の工作の第一段階も終わる」
「あなたたち……」アズサが言った。
「カワゴエの件に裏工作でも施したの?」
「ああそうとも!」ミスタースペイドは喜色満面歯を剥きだした。
「おまえらはたいがいヌルいんだよ!歴史を変えるくらいなら死者数四桁は超えなきゃな!ご自慢のハイパワーテクノロジーマシンにも細工しておいた。おかげでゴジラが上陸したくらいの騒ぎになってる頃だろうよ!」
ボランティア活動を終えたマサキとナツミは、そのままカワゴエニュータウンに飛んだ。
「休日は各自外食ってことにしてる」マサキが言った。
「そう。どこで食べようか?」
「初日のホテルが良いよ。メニューも豊富だし、席も取りやすいからな。その前に屋外公演も楽しめるし」
「あああれ、今夜はどんな歌や芸が観られるのかしらねえ」
その前に役場に寄り、マサキは本日の報告をしに言った。
ナツミはお手洗いを使い、玄関受付に戻るとマサキが女性と話していた。
(オッと!)ナツミは通路の角に立ち止まり様子を覗き込んだ。マサキは丸眼鏡の女性と談笑している。首にかけたスタッフ証からして役場の職員のようだ。
「ヨウコさんも休日出勤とは」
「ああウン、あの暴走族が目撃されたって、トコロザワから無線通報があったんですよー。だから当直増やしてて」
「奴らが?」マサキは腕時計を確かめた。「トコロザワだと最悪、三時間以内にここまで来る」
「とすると、8時以降警戒態勢敷いたほうが良いかしら……」
「もう少し奴らの進路がはっきりしてきたらそうすべきかもな……しかし今度は街に入れる前に追い払いたい」
「マサキくんも警戒斑に加わるの?まだなにか起こるか分からないのに、悪いわ」
「べつに構わないよ。どうせ向かいの旅亭で夕食をとるから……」
「あらそう、わたしもあとで合流していい?」
「あ~……」マサキがあたりを見回し、ナツミは奥に退いた。「――うん、それじゃ待ってる。席を取っておくよ」
ナツミは素早く建物の裏口に回って外に出た。
マサキが玄関の外にいるナツミを見つけ、外に出た。
「母さん、いつの間に外に出たんだ?」
「あ~ちょっと前、外の空気吸いたくて」
ナツミとマサキは広場を横切ってホテルの一階、食堂ラウンジに向かった。
すでに夕食時で食堂は賑わっていた。マサキはフロントで2時間後の席を予約した。
それから屋外劇場に向かったが、ナツミはもう我慢できなかった。
「あのさ、マー君さっき話してたひと――」
「えっ!?あ、ああ、あれはその」
「素敵な人じゃないの」
「いや母さん、先走りしすぎだって!まだそんなんじゃない……」
「けどお夕食のテーブル予約したんでしょ?なんだったらお母さん別で済ませるから」
「そんな気を遣わなくて良いって!」
「いや気を遣うでしょう。わたしもこんな姿だし……」
「まあ多少は、説明がややこしいかも……」
「お母さんマー君応援するから、なんでも遠慮なく言ってよね?」
「だから応援とか、先走りすぎだって!」
「そう」
「あ、ヨシキはどうしてるかな今頃――」
話題を強引に変えられナツミは不満だった。
(まあしつこいのもダメよね……先日ヨシ君も母親ぶられるの嫌がってたし……)




