45 ガーデンパーティー8
「――俺なんかがなんとかできるかどうかはさておいて、たしか片桐先生は、魔導律の規制を推進しているんでは?」
「そうよ?なにか問題ある?」
「てっきり魔道士を敵視しているのかと」
「いやあね、方便よそれは……いわば自動車免許と同じ、使いたいならそれなりの対価を払わねばという話。そうしなければならないのよ。現状は国民が許可なく銃を所持しているようなものだわ。それは国民の利益にはならない。その点は理解できるでしょう?」
「まあ……」
「いずれそうなるのは分かっている。ならばとっとと推し進めるまでよ」
「それで俺の類いの立場はどうなるんでしょう?」
「いくらでも社会の役に立ってもらうわよ。治療師は医療にとって変われるし、国防についても」
アズサは肩をすくめた。
「あなたがたは社会の要になり得る。わたしが後ろ盾になればより高みを目指せるでしょう」
「ありがたい申し出です……しかし、いちど帰って兄貴と相談してもいいですか?」
「ウーン」
アズサは身を乗り出して酒を注ぎ足した。
「それは、あまり猶予を与えるわけにはいかないのよね」
「というと?」
「実はいま現在、サイタマで警察行動が進行中なの。暴走集団が組織的に暴れていて、それを我々の新鋭警察部隊が鎮圧するわけ。〈ハイパワー〉のスーパーテクノロジーを利用した新型戦闘マシンが投入される予定よ。そこで、どれほどの被害が出るかはあなたの返答にかかってるかもしれないのよ……」
「俺が、あんたに協力すると約束しなければ……」
「最悪、街がひとつ火の海になるかもね」
ヨシキは立ち上がった。
「話にならない」
「あ、待って。立ち去らないで、冷静に考えること。あなたには選択肢は無いのよ。このまま外野で魔道士を続けたって、どうせ遅かれ早かれ弾圧されるわ。それよりもわたしの申し出を受けてありがたく権力をシェアされなさいよ」
「選択肢が無いというのはどうかな?それに暴走集団の話だってはったりかもしれない」
「ひとつだけたしかなことは」アズサはゆっくり立ち上がった。「あなたはここから出られないってことよ」
アズサは両腕をひろげた。
その眼が先ほどとおなじ仄暗い紅みを帯びていた。
魔導律が部屋に満ちてゆく……結界魔法だ。
「……やはりあんた、魔導律を取得していたんだ」
「そうなのよ」アズサは自嘲気味に言った。
「もとよりわたしは此の御国の古しき一族の末裔。神通力を代々受け継いできたとされていたけれど、まあ胡散臭さでは実原さんの占いと良い勝負だった。しかし――」
「本物の魔力を持つ者が現れて……」
「そう」アズサは頷いた。「あのイグドラシル人……そしてあなたのお父様は、彼らより魔導律を賜った。わたしが欲しかったちからを!」
「それで俺を招いたのか……?」
アズサは据わった眼で、ゆっくりと頷いた。
予想以上にとんでも話に発展した。ヨシキも、さすがに額に汗が滲むのを感じた。
ロスチャイルドやフリーメイソン陰謀論レベルの話を披露するこの女のヤバさ……しかしヨシキは、蜘蛛の巣に絡め取られるようなうすら寒い感覚を覚えていた。
しかしいっぽうで高揚感も覚えていた。
かつて対峙した単純暴力の犯罪者とはレベチの相手。高揚感を覚えている自分にヨシキは密かに自嘲した。
「そうよ……わが一族にとって権力は既得権益でしかない。しかし魔導律を我らの血脈に加えれば、日の本で燻り続けていただけだった我らは真の覇道に名乗り出られましょう。ヨシキクン、あなたは選ばれたの。プロファイルからして生真面目なお兄様よりも適性があるから」
「世界征服でもするつもりで?」
「そんなのは序の口よ。聞けば、地球人類の頭数なんてイグドラシルに生息しているヒューマノイドの1%にも満たないそうじゃない。しかも彼らは永く安穏の時代を生きすぎて停滞している。より活発な新秩序を広めるべきよ」
「過去2万年で、そう考えたものがふたりいたんだ。凶帝ホスと世界王だ。……ご存じだろうが、ふたりとも成敗されたんだぞ?」
「暴君になるとは言ってないわ……それにあなただってこの国の政がいい加減麻痺状態に陥ってると気付いているでしょう?いまこそ力強いリーダーシップが必要なのよ。でなければアメリカや中国のような強権国家に飲み込まれてしまう。あなたがわたしに手を貸してくれればそれを回避できるのよ?なにを躊躇することがある?」
ヨシキが答えようと口を開きかけたとき、同時にふたつのことが起こった。
背後で洗面室から実原レイカとタカコが姿を現した。
同時にだれかがドアをノックした。トントントン、とやや切迫した感じだ。
「はぁい」実原レイカがなんの疑念もなくドアを開けた――片桐アズサが「いけない!」と叫んだのと同時だった。
半分ほど開いたドアがレイカを突き飛ばすように乱暴に押し開けられ、武装した男たちが部屋になだれ込んできた。
片桐アズサの魔導律はごく初歩レベルだったようだ。
タカコが悲鳴を上げた。
アメリカ陸軍のカーキ色の戦闘服を着た6人の男たちがヨシキとアズサを包囲した。手には珍しい銀色のMP-5/Kサブマシンガンが握られていた。
スキンヘッドのジョーンズがレイカとタカコをど突いて追い立てながら現れ、包囲の輪に加わった。そのうしろに隊長とおぼしき金髪クルーカットの男が続いた。
「ミス・カタギリ、えらく舐めた真似してくれるじゃないか」
「スペイドさん、いったいなんの話?」
「我々の大事な備品が船から消えていてね……とうぜんあなたの仕業に違いない」
「意味が分からない――」
「もうおとぼけの段階はおしまいだ。こうして魔法使いの坊やと密会していたのだし」
「そう」アズサは涼しい顔であたりを見回した。「残念」
「今すぐ我々から強奪した物を返してもらいたい」
「なにも取っていません」
スペイドと呼ばれた男は銀色のデザートイーグルを抜き、スライドを引いて弾を装填すると、実原レイカに向けた。
「もう一度言う、我々の物を返せ」




