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44 ガーデンパーティー7


 

 薄暗いホテルリビングに放置されてどれほど時間が過ぎたか。


 体をねじったり引っ張ったりして拘束から抜け出そうとした試みは、すべて徒労に終わった。

 ひと息ついて、あらためて室内を見回した。

 (いっちょやってみるか)

 アナはサイドテーブルに意識を集中して、念動力でボトルを床に落とした。

 しかし、ボトルは割れなかった。期待外れだ。

 横倒しになった瓶から液体がとくとく流れ落ちた。


 アナは舌打ちして、今度はグラスを試した。床に落とすのはやめて壁に叩きつけた。

 今度はグラスは砕け、アナはホッとして、いちばん大きそうな破片に意識を集中した。

 「ルーク、フォースじゃ、フォースを使え……」

 グラスの破片が浮き上がってアナのそばまで滑ってきた。

 「よしよし……そのまま」

 首をねじって縛り付けられてる縄まで破片を誘導した。

 慎重に、縛られた二の腕のあたりに当てた。

 ガラス片でロープを切るなんて力一杯でも簡単ではない。魔導律の念力でどれほどやれるのか……とにかく試してみるしかない。

 (素早く一直線に、強く押し当てないと……)

 アナは深呼吸すると、破片に(動け!)と命じた。

 その瞬間バシッ!と火花が散って破片がはじけ飛び、アナの体にも激痛が走った。

 「くぅ――!」

 アナはしばし悶絶した。縄に込められた対魔導結界が働いたのだろう。

 「オッほっほ……」

 あまりの痛さに笑うしかなかった。

 ポロポロ涙を流しながら、緊張性ショックに陥らないよう必死で身体じゅうの筋肉をリラックスさせた。ほぼ身動き不能では容易ではなかった。

 「さすが……本場のアイテムは……」

 いまの激痛に何度も耐えられそうにはなかった。やはり魔導律は使えない……。

 頭をがくりと落とし、次のグッドアイデアが浮かぶのを待った。


 (よし……)

 顔を上げ、床のボトルを見た。

 (動け!)

 ボトルはけっこうなスピードでテラス窓に衝突した。

 が……ボトルは砕け散ったが、ガラス窓は小さな蜘蛛の巣状のヒビが走っただけだった。

 アナは失望した。

 強化ガラスか……おそらくプレクシガラスだろう。

 (世の中ドラマの筋書きのようには行かないなあ……)


 そのうちアルコールの匂いが鼻についた。

 ボトルの中身はウォッカかなにかだったようだ。

 サイドテーブルを改めて眺めると、葉巻ケースがある……

 (マッチもどこかにあるかな……マッチに着火してウォッカに火をつければ……)

 天井にはスクリンプラーもある。

 (いやいや、放火してどうする?身動きできないのに……)

 アナは頷いた。

 (とりあえずプランBはそれで行こう……ほかに手は――)

 

 ドアの向こうでくぐもった足音がかすかに伝わるたびに、アナは緊張した。

 あのゲス野郎がもう一度やってきたら……

 しかしドアは開かなかった。

 (なんだかイライラする)

 放置されっぱなしというのも腹が立つ。

 

 放火してみるのも悪くないかも、とさえ思えてきた。



 ヨシキは教えられたようにエレベーターに乗り、階上スイートの廊下に出た。

 どの部屋か探す手間もなかった。ドアがひとつしかないからだ。

 (このフロア全部貸し切りか……)

 地球のわずかな経験でも、ある種の金持ちはこれ見よがしに富をひけらかしたものだ。だから驚くほどでもなかったが……


 ドアのそばに控えている黒い背広の男に名前を告げると、頷いて『片桐先生がお待ちになっています」と言ってドアを開けた。

 「失礼します」とかなんとか言うべきかと思ったが、リビングは廊下の突き当たりのようだったので無言で足を踏み入れた。


 リビングルームはテニスコートよりはちょっと狭い程度だ。片桐アズサとタカコが実原レイカを挟んでソファーに座っていた。

 片桐アズサが立ち上がってヨシキを迎えた。


 「よく来てくれたわね……先ほどは本当に助かったわ。あなたに捜査の矛先が向くことはないので安心して」

 「どうも」


 たしかここは実原レイカの住まいだ。ヨシキには悪趣味に思える女性をモチーフにしたモダンアートが壁を彩っている。調度も呪術的な彫像やピラミッドを模した間接照明など……いかにも占い師の部屋だが、どぎつい色彩感覚からすると、持ち主のエキセントリックな性格を反映しているように思えた。

 それに猫を何匹も飼ってる。

 これまた首輪の代わりにレースの襟巻きを付けさせられたり、猫にやや同情したくなる。

 実原レイカは白猫を抱いて、ついさっきまで泣いていたのか、ヨシキの出現でティッシュであわてて顔を拭っていた。

 

 「わたくし少し席を外させていただきますから、片桐さん、彼にお飲み物を差し上げて」

 「分かったわ」

 実原レイカがタカコに付き添われて洗面所に立ち去ると、アズサはテーブルのグラスに手を伸ばした。

 「なにを飲む?」

 「水でけっこうです」

 「わたしはアルコールをいただくわ」

 「さっきの襲撃はなんだったんです?」

 「ダイレクトに切り込むのね」アズサはソファーに身体を沈めてグラスを煽った。

 「わたしは政治家だから、たまにだれかの恨みを買うわ。ヨシキクンを巻き添えにしたのは申し訳なかったけれど……」

 「なるほど」


 アズサは足をたたんでソファーの肘掛けにもたれた。


 「ここ、少し猫のオシッコ臭いのよ」それが酒を飲む理由だと言わんばかりに悪戯っぽい微笑を浮かべた。

 「たしかに」

 「――それで、そろそろあなたをここにお招きした理由を言うべきね?」

 ヨシキはレモンピール入りの水をひとくち飲んで頷いた。

 「パーティーに白人の一団がいたの、見たでしょう?あなたに乱暴した連中」

 「はい」

 「わたしは、あの連中や議会など敵が多いのよ……それで、あなたを雇いたい。簡単に言えば」

 「用心棒として?」

 アズサは首を振った。

 「参謀としてかな」

 「俺なんか務まりませんよ……高卒だし」


 アズサはなんでもない、というように手を振った。

 「そんなことないわよ。下で自称コンサル君たちを大勢見たでしょう?育ちはいいけど出世階段を駆け上る気概もなくドロップアウトしたくせに、自分は社会貢献できると根拠もなく過信してる子たち……正直言って我が国のフレッシュな人材の大半は、あの手のおバカたちなのよ……あなたは実力行使の人だから、ちょっと違うと思う」

 「でもどう貢献できるのか、やっぱり分からないな」

 「知らんぷりしないで。もう分かってるでしょう?わたしは魔導律の達人を求めている。アメリカのチンピラ愛国者や国内の頭の固い保守に対抗するには、それしかないの」

 ヨシキはまた頷いた。

 「それで、目下の悩みはあのチンピラ白人……CIAですか」

 アズサはほんの少し眉を上げた。

 「あらま、もうそこまで……なら話が早い。そう、奴らは日本政府を恫喝しているのよ。正直言っていま現在国家主権の危機的状況だわ。

 わたしはそれを、あなたの力でなんとかしてほしいの」



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