43 ガーデンパーティー6
鉄砲玉の男が腰だめにドスを構えて背後2メートルまで迫り、標的の片桐アズサがようやく振り返った。
「ヨシキ!」どこか遠くでだれかが叫んでいる。
すべてがスローモーションだ。
ヨシキは付け根で重ねた両の拳からありったけの念動を解き放った。
鉄砲玉のからだが真横に弾け飛んで、隣にいた相棒ひとり共々びろうどの扉まで吹っ飛んだ。
ほかのガードマンがようやく動き出し、片桐アズサの肩を乱暴に引き倒して床に伏せさせた。
2発目の銃声が響いたが、背中に一発受けたガードマンがもうひとりの相棒の腕を掴んで銃口を天井に逸らしたのだった。そのガンマンとガードマンは取っ組み合いながら床に倒れた。
ヨシキはその体を飛び越えて、扉の向こうに吹っ飛んだふたりを追った。
赤絨毯の床に倒れ込んだガンマンが銃を持ち上げヨシキに狙いをつけていた。ヨシキは魔導律を放ってそいつの銃を暴発させた。
悲鳴。
ヨシキは5メートルを駆け抜けて、やはり立ち直ろうとしていた鉄砲玉の頭に膝蹴りを食らわせた。
したたかに倒れ込んだそいつの肩を掴んで体をひっくり返しうつ伏せにして、ドスを握っているほうの手首を掴んで床に何度も叩きつけた。
暴発でひどい怪我を負ったほうが訳の分からない叫び声を迸らせながらヨシキにタックルしてきた。
ヨシキはそいつの血まみれの手首を掴んで思い切り握り、痛みのあまり力の抜けたそいつの膝に蹴りを入れて鉄砲玉の背中の上にひれ伏させた。
そこでようやく他の男たちが駆けつけ、ヨシキの上着を乱暴に引っ張ってヤクザたちから引き剥がした。
ガードマンひとりとあの白人たちだ。
ヨシキの救援、とは言えなかった。
白人たちはヨシキもヤクザたち暗殺グループの仲間だと判断したようだ。乱暴に立たせたヨシキの腹にパンチを食らわせ、たまらず膝を屈したところで腕をうしろにねじ上げた。じつに手慣れていた。
そのときボキッとくぐもった音がして、ヨシキがハッとしてそちらに目を向けると、鉄砲玉の首が奇妙な方向にねじれていた。
ヨシキは反対方向に素早く目を向けた。
扉の所に片桐アズサが立ち尽くしていた。
その眼に赤い熾火が宿っていた。
「人殺しィーッ!あたしを、あたしを殺そうとしたぁーッ!」
風水の実原レイカが完全に取り乱して絶叫していた。
アドレナリンが燃焼し尽くして時間と喧噪が戻り、パーティー会場全体が騒然となっていることに気付いた。
悲鳴……スマホを構える客が片桐アズサの背後に殺到している。
だれかが言っていた。「こいつら死んでます」
「オイ坊や、おめえ殺人の現行犯だぜ」
それがヨシキに向けた言葉だと理解するのに2秒ほどかかった。言ったのはあのスキンヘッドの巨漢だ。
「ヨシキ――!」
タカコが野次馬の壁から抜け出してヨシキに駆け寄ってきた。
「オッと、近よんな!」白人たちがタカコの腰に手を回してすくい上げるように押しとどめた。
「放してよ!ヨシキは悪くないんだから!」
「その通りよミスター」
錯乱する実原レイカの肩を抱きながら片桐アズサが言った。
「彼は暗殺を阻止しようとした。わたしは見てたわ」
「カタギリサンよ、判断は我々プロに任せていただきませんかねえ?」
アズサは首を振った。
「彼を痛めつけるのは許しません。5分以内に彼を「天覧の間」に連れてきなさい。必要であれば尋問はわたしの部下がします」
スキンヘッドは小馬鹿にするように肩をすくめた。
アズサはガードマンに囲まれてエレベーターの扉に消えた。
「ミスタージョーンズ、あんなビッチの言うこと聞く必要ないっすよ」
ジョーンズと呼ばれたスキンヘッドは仏頂面でヨシキを見下ろした。
「……ケツ穴おまわりのくそったれ事情聴取に付き合うのもめんどくせえ。戻って飲み直すぜ。おい、その小便クセえメスも放してやんな」
腕を押さえていた男が軽く舌打ちしてヨシキを突き飛ばした。
男たちが立ち去ると、タカコが床に倒れたヨシキに飛びついた。
「ヨシキ!」
「ああ、大丈夫」
ヨシキは立ち上がって、死んだふたりの鉄砲玉を見下ろした。
タカコもちらっと見て「うわっ」と小さく叫び、ヨシキの肩に顔を埋めた。
てっきりパーティーはお開きになり客が帰り出すと思ってたのだが、違った。だれも深夜前に帰るつもりはないようだ。むしろたったいま起こったハプニングについて夢中であれこれ話し合っていた。
ヨシキはパーティーに戻ることはさすがに考えられなかったので、一時的に人がいなくなったエントランスで途方に暮れていた。
観音扉が閉まってパーティーの喧噪と隔てられたときはホッとしたが、とりあえず、遺体から距離を取った。
タカコを遺体の見えないエレベーターホールの角まで連れて行ってソファーに座らせた。
+
すぐにホテルの警備員と警察が駆けつけた。
片桐アズサの指示が行き届いていたのかヨシキの距離の取り方が良かったのか、警察はヨシキたちを事件関係者とは見做していなかった。たんに惨劇に参った女性を慰めていると思われたか……
まもなくエレベーターから片桐アズサの秘書が現れ、ヨシキの前に立って言った。 「鮫島ヨシキ様。先ほどの一件で大変なところ申し訳ありませんが、片桐先生がお部屋でお待ちしています」
「分かった」
ヨシキは立ち上がった。
「いっしょに行くか?それとも帰りたい?」
「ウン……いっしょに行く」
タカコに手を貸して立ち上がらせ、それから自分の体を見下ろした。所々乱れて血も付着していた。
「その前に少し身なりを整えたい。すぐに追いかけるので、タカコさんを先に連れてってほしい」
秘書は頷いた。
「それがよろしいでしょう……我々は「天覧の間」、実原先生のお住まいにいるので。エレベーターで三階上に上がってください」
「分かった、よろしく」
自宅部屋より広く豪華な洗面所に立ち寄り、ヨシキはだれともなく言った。
「アナは助けたか?」
「まだ」
個室からベータの声が聞こえて、ヨシキは思わず振り返りそうになった。
蛇口をひねって湯を出し、顔を洗った。
「ほかになにか分かったことは?」
「まだ別れて30分だよ?」
「おまえスーパーコンピューターだろ?」
「アナの部屋には結界が張られててちとやっかいなの!それからあんたも気付いたろうけど、あの片桐先生は魔導律を使える」
「ああ……たしか魔法規制法を訴えてたんだがな。自分だけは特別らしい」
タオルで顔を拭った。
「いまから片桐先生と会う。フォローよろしく」
「気をつけてねー」




