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42 ガーデンパーティー5

 

 ブールサイドに戻ると、脱ぎたがりやの乱痴気騒ぎはいったん収まっていた。BGMはヒップホップからイージーリスニングに切り替わっていた。


 「これは、主役のご登場だわね」

 「片桐先生が?」

 「そうだよ!挨拶にお出ましじゃない?」


 タカコは人混みをかき分けてプールサイドとホールの境までヨシキを引っ張っていった。

 ホールでは、奥の赤いびろうどの観音扉の両脇でお声がけを待つグループがかしこまっていた。いずれもタキシードとドレスの一団だ。

 「片桐先生は有力者なんだな?」

 「うーん……最近メキメキ頭角をあらわしてる感じだけど……けっこう強引だって噂だよ。この街狭いからねえ……誰彼が失脚したとか噂がすぐ伝わるの。この前なんか暴力団のクミチョーが突然死――」

 ホテルの係ふたりがうやうやしく扉を開けた。まるで王族だ。

 拍手が起こり、ドレスアップした片桐アズサが護衛に囲まれて姿を現した。 


 「パーティーにお集まりの皆様、今宵は楽しんでいらっしゃいますでしょうか?」


 拍手が割れんばかりになって彼女に応えた。


 片桐アズサが扉の前に陣取っていた年配者に近づき、両手で握手して、なにやら話しかけつつ何度もお辞儀していた。

 政治家か会社のお偉いさんか、10人ほどに同じ挨拶を交わすようだ。隣に控える秘書官が、次の相手に移る前になにか耳打ちしている。相手が誰か教えているのかもしれない。


 挨拶回りを四人分眺めてヨシキは飽きたので、バーカウンターに向かおうとした。

 ちょうどそのとき片桐アズサが首を巡らせ、ヨシキを直視した。

 そして秘書官になにか話しかけると、秘書官もヨシキを見て頷いた。


 タカコが袖を引っ張った。

 「ねえ!先生いまこっち見たよね!?」

 「そんな気がするな」


 15分くらいでようやくお声がけの時間が終わり、片桐アズサは年配者のグループに囲まれ談笑しはじめた。隣にはヨシキに名刺を渡したスピリチュアル女、実原レイカが立っていた。彼女は白猫を抱いていた。


 「実原さん、だっけ?あの人も先生のお友達なのか?」

 「そりゃそうだよ。この街の有力者の半分とお友達だもん。先生もあの人もこのホテル住まいだよ……優雅よね~」

 ヨシキはテーブルに立ち寄りドリンクを物色した。タカコにビールを注ぎ、自分はコーラにした。

 オードブルを試しながら周囲の会話に耳を傾けた。



 「アメリカじゃお節介な魔道士が性転換手術した人を元に戻しちゃったんですって!やあねえ中世の人って、わたしたち現代人の事情に配慮しないんだから」

 「単純な人たちなのだろうね。田舎もんなんだよ」


 「――ウチの寝たきりばあさん元気にされちまって、ちょっと迷惑だった。口うるさくてもう……!」


 「魔法を使えると寿命も延びて若返るんだって?あんたもどうよ?」

 「それは実原先生がご執心だって噂だわ……なんでも魔道士のツテを辿るのに手当たり次第なんですって……そのために片桐先生に取り入ってるって話で――」

 「違う違う!逆よ。魔法を手に入れたがってるのは――」

 

 「とにかく一刻も早く株式市場を再開することだよ!資金集めにゃそれしかないんだ!」


 「いやいや埋蔵金はありますよ。だいいち米国債も回収してないんだ――」


 「借金したまま逃げ切れると思ってるけしからん連中を一網打尽にするためにも警察機構の拡充が優先だと――」


 「――そもそもイグドラシルなんて存在しないんです。ここはGAFAが2020年代に作り出したバーチャルスペースなのですよ。ほら、一時期「メタバース」という言葉がやたら取り沙汰されてたでしょう?あれが布石だったのは間違いないです。この世界が三文ファンタジーじみてるのもそれで説明できます。じっさいゲーム会社がデザインしていたんだから」

 「つまりどういうことなの?わたしたちはポータルを通って――」

 「たぶん死んで……電子的に記憶を再構築されたんでしょう。この世界は南極大陸地下の大規模量子サーバー内に作られた仮想世界に過ぎず――」

 「それじゃあ地球は今ごろ特権階級の人たちだけが独占してるんじゃ!?」

 「それは分かりませんよ?我々が消去されずこうしていられるのは、いずれ必要になるからでは?たぶん地球はいま気候変動によって居住困難で――」

 「なら私たちがこの街で気楽に過ごせているのも納得よ。砦の外なんてそれこそ村人Aみたいななんの価値も無い人間しかいないのだし……やっぱりおカネは持っていたほうが良いってことね」


 

 「伏魔殿だな」ヨシキがタカコにソッと告げた。「ずいぶんあからさまな会話もあるようだが?」

 「ここのみなさんは特権を甘受したいから話は漏れないよ。新聞は2040年に破綻したらしくて、まともなマスコミはここじゃ仕事してないし……テレビ局も電波がどうとかで営業再開がなかなか進まないから、みんなやりたい放題」

 「監視役がいないってか……まあ昔から変わってない気もするけど」


 「ねえ」タカコが改まった声で言った。

 「この街から出たいと言ったら、連れてってくれる?」

 「いいよ」

 「あ、べつに面倒みてくれって意味じゃないからね!たった一回でそこまで言うほどあたし厚かましくないし――」

 「だからいいよって言ったじゃん。ウチわりと余裕あるから、遠慮しなくていいよ」

 「うん……」タカコはヨシキの肩から手首まで撫で、最後におずおずと、手を取った。「ヨシキクン優しいね」

 「そこそこ」

 じっさいには会話の成り行きに薄氷を踏む思いだった。

 この人がちょっと自信を無くしているのは伝わっていた。計算高い台詞で言質を取られないように、と考えてしまう自分が嫌だった。だから「いいよ」と即答した。傷つけたくなかった。

 しかし、聞きたがってる言葉をかけてあげるのは簡単だが、その落とし前をつける度量が自分にあるのか――

 

 「オッと、まずい」

 「え?」

 10メートル離れた壁際のヤクザが桐柄の小刀らしき物を握っているのを見たのだ。切っ先の尖り具合からして食器ではない。

 

 ヤクザが片桐アズサの背後に向かって歩き出すのを見て、ヨシキも動いた。

 鉄砲玉は3人、ふたりは懐に手を差し入れ、たぶん拳銃を抜こうとしている。

 ガードマンを同時に襲撃して片桐アズサを確実に仕留める算段だろう。

 

 「片桐ィ!往生せいやー!」

 男がドスを構えて片桐アズサの背中に突進した。同時に銃声が響いた。ガードマンのひとりがのけぞる。女の悲鳴。ガラスの割れる音、すべてが一瞬に起こった。


 ヨシキは両腕をかざして魔導律を掌に集中させた。


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