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40 初恋のひと

 

 

 「ああ」女性は笑みをひろげた。「鮫島ヨシキクンだ」

 「はい」

 ピアニストが演奏会で着るような足首まで隠れる紺のドレス姿。

 お馴染みの笑顔で名前を呼ばれヨシキの心拍数が跳ね上がった。


 天草カオリ。冥奉(メイヴ)神社の宮司。そして魔導律の師匠。

 かつて、ヨシキの両親と一緒にいろいろな敵と戦った人。


 そしてヨシキにとっては初恋の相手だった……小学生の頃ではあるが。

 父親と彼女が魔導律と格闘術の師匠だった。合気道と棒術では勝てたためしがない。


 「あの……」喉がこわばってヨシキは咳払いした。「その、ご、ご無沙汰です。こちらに来ていたの知りませんでした……」

 天草カオリはうなずいた。

 「まだ一年くらいなの。ヨシキクンとマサキクンを冥奉神社ポータルでお見送りしたのは、わたしにとっては20年以上昔のことだから……本当にご無沙汰でした」

 つまり30代くらいに見えるこの人の実年齢は……

 ヨシキは努めてその考えを振り払った。

 

 「それまで宮司を務め続けてらしたんですか」

 「ええ、だけど出雲大社の移転事業と皇室のシン京都御所転居が重なって、忙しくしているうちにイグドラシルに移転せざるを得なくなってしまって」

 「そうだったんですか……」

 「ヨシキクン、最後にお別れしたときより逞しくなったかしらねえ?」

 「ほんの3年ですから……あの、天草先生も――なに言ってんだか俺」

 「歳のわりに若く見える?」苦笑しつつ言った。「そうらしいわね。どうも魔導律の影響のようだわ。たぶん厳津師匠に教えを請いすぎたのかも……」

 「厳津上人もこちらに?」

 「それは分からない」

 「じつは俺のかー……母さん、何日か前イグドラシルに転生したんです」

 カオリは口元に手を当てて目を見開いた。

 「ああ……そう」

 カオリはソッと顔を背け、目元を拭った。

 「先生?」

 「ごめんね、なんだか……胸がいっぱいになっちゃって」ミッフィーのハンカチで目尻を拭った。

 「そう……ナツミさんここに来られたのか。それでは、地球はもう消滅してしまったのね」


 思いがけない言葉にヨシキは戸惑った。


 「え、もう、地球が無い?」

 「ええ……」

 「ああそうか!」ヨシキは古い記憶に思い当たって愕然とした。

 「――母さん「龍の巫女」で地球とシンクロしてたんだっけ。だから死ぬまでイグドラシルに転移できないんだった……」

 それは子供だったヨシキにとってはなかばお伽噺のようで、両親と別れなければならない理由付けでしかなかった。いまの今までその意味を深く考えてなかった。


 (だが本当に地球がもう無いとは……つい数ヶ月まえまで転移者が訪れていたのに)


 「地球も宇宙も無くなったんだ……」

 カオリは重々しくうなずいた。

 「ナツミさんが最後までやり遂げたのなら、ね。わたしもできるだけそばに居てあげたかったのだけど……それで、ナツミさんはいまいくつなの?」

 「え~」ヨシキは頭を掻いた。「自分は100歳だって言ってるんですけど、どう見ても20歳代に若返っちゃってて……」

 「あらま」カオリが咳き込むように笑った。「ボーナスステージかしら?」

 「どうもそうらしいです」

 「あの人らしいわ。なら、楽しく過ごしてもらわなくてはね」

 「はあ」なんとなく話題を変えたくなった。「あの、天草先生もここのパーティーの招待客なんで?」

 カオリはクスクス笑った。

 「違うわ。わたしはハリーをお散歩させてただけ。ねー?」

 「ニャー」

 「この街に住んでるんですか?」

 「まさか。わたしはずっと世界を巡っていて……親類の元に落ち着こうともしたんだけれど、歳を取ったいとこたちとはちょっと馴染めなくて。それでバァルのデスペラン・アンバーさんに挨拶に行ったり……いろいろよ」

 「すると、テレポーテーションの大技まで?」

 「そう、会得したわ」カオリは黒猫を見下ろした。「この子、デスペランの使い魔なんだけど、日本に行きたいというのでわたしに預けられたのよ。それでいまはこの子のお散歩のお供」


 デスペラン・アンバーはいまでは北海道くらいの土地を統治する地方領主で、米国議員でさえ容易には会えない。猫を預けられるほどの間柄なんて滅多に築けないだろう。


 カオリはあらためてヨシキを見た。

 「ヨシキクンに会えたのもこの子の導きかもね」

 「会えて良かったです」


 (本当に今日はなんという日なんだ!)


 「ヨシキクンはなぜここにいるの?お兄さんもいらっしゃるの?」

 「自分ひとりなんで……」

 「そもそもなんのパーティーなのかも知らないんだけど……なんだか昔の日本に戻ったみたいな感じね?」

 「中央集権派と地方自治派が揉めてるのは先生もご存じでしょ?。日本に限ったことじゃないですが。このパーティーは日本政府再生の急進派、片桐という人が主催してるんです」

 「ああ、なるほど。それで、ヨシキクンも片桐さんに招待されたの?どういうことなのかしらね」

 「俺もそのへんを探りたいんです。それでいまベータが――」

 そう言ってようやく、ヨシキはベータが若かりし頃のカオリと瓜二つなことに思い当たった。

 「ベータ?それはナツミさんのパソコン……というか、アルファがナツミさんにプレゼントした簡易コピー版アルファのこと?」

 「ご存じだったんで?」

 「ええ」カオリは仕方ないというような苦笑で頷いた。「わたしの容姿をコピーされて以来何十年も、アルファにはさんざんからかわれたし……あの子、いまはあなたとつるんでるの?」

 「はい、母さんにちょっと借りて……」

 カオリがあたりをキョロキョロし始めたのでヨシキは口をつぐんだ。

 「先生?」

 「いえね、あの子があらわれるんじゃないかと思って……」

 「アルファはものすごい遠くにいるってベータが言ってましたが……」

 「〈ハイパワー〉にはそんなの意味のないことよ。その気になればわたしの姿で何十体でも現れるんだから」

 「ひとりだけにしといた」


 背後で声がして、カオリはチッ……と舌打ちした。振り返ると、女戦士姿のベータが立っていた。

 「なんなのその破廉恥な格好!」

 「わたしも会えて嬉しいよー」


 初めて会った頃と現在の天草カオリが並び立ち、ヨシキは複雑な気分だった。こうして比べてみるとけっこう変化がある……ただ、ベータには不思議とときめかなかったのだが。

 

 「巫女装束のほうが良かった?」

 「けっこうよ!」


 「それじゃ、人間代表と精霊になりかけてるスーパー魔道士と超人〈ハイパワー〉が集合したことだし、作戦会議しよっか」

 「ニャー!」

 「それと猫も追加」


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