39 ガーデンパーティー3
白人の一団は何度もヨシキのほうを見て頷きあっていた。
みんなニヤニヤしている。
やがて巨漢のスキンヘッドがその一団を離れてさりげない足取りでヨシキに接近してきた。灰色のジャケットとスラックス。クラシックミッキーのTシャツが胸筋ではち切れそうになっている。
ヨシキは「なにか食べ物を物色してくる」と言って、タカコのお友達と距離を取った。
テーブルのまえで食べ物を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「坊主」
ヨシキは三つ数えてから、声の主にゆっくりと向き直った。
「俺?」
「そうだくそ坊主」
「用?」
スキンヘッドは酷薄そうなしかめ面でうなずいた。たいてい、あの顔つきで相手は心底怯えることになっている。
ヨシキが調子を合わせなかったので、男はしぶしぶ言葉を続けた。
「――ケツの穴な用事がな」
ヨシキは待った。
「坊主、どした?」
「待ってるんだ」
「ヘイ、クソヨユーこいてるじゃねえかケツ穴小僧」
「ン」
「舐めてんのかコラ」
ヨシキは首を振った。
「どれだけ少ない言葉でコミュニケートできるか試してたんだ……それで、用事って?」
スキンヘッドは舌打ちした。
「くそファッキンめんどくせえ小僧だ!おとなしく着いてきやがれこのクソが!」
「最初からそう言ってくれ」
少なくともただちに暴力沙汰には発展しなかった。ヨシキはスキンヘッドと並んで白人集団に向かって歩いた。
白人たちはみな若く、金髪を坊主かクルーカットにして、いかにも軍人ふうだった。
創意豊かな喋り口調という点ではスキンヘッドと似たり寄ったりだ。なんというか独特のリズムというかグルーヴというのか……聴いているとヨシキもダンスしたくなってくる。
「ヘイ、ニンジャボーイのお出ましだぜ」
「コメ食いにしちゃチビじゃねえな」
「おめえ、歳はいくつなんだ?」
「20だ」ヨシキが答えると、男たちは笑みをひろげた。
「てっきりくそ未成年かと思ったぜ。寝ションベンたれのガキが相手じゃ決まり悪いかんな、ホッとしたぜ」
「あんたたちアメリカ人?」
「てめえの知ったこっちゃねえ」
「日本を楽しんでるか?」
「くそ遊びに来たんじゃネーよ」
「それじゃ親善目的か」
「フレンドシップだと?俺たちゃケツ穴ボーイスカウトじゃねえ」
(よくもまあ次々卑語を交えられるものだ……)
会話の3割は排泄物と尻と性交がらみだった。
ようやく中身のあることを言ったのは、スキンヘッドだった。
「おめえ、くそったれ魔女なんだって?」
ヨシキはうなずいた。たしかキリスト教圏……宗教裁判賑やかし頃では、男女関係なく「ウィッチ」と呼ぶとどこかで読んだ。
男たちは「ゥォーウ」とか唸ったりヒューと口笛を吹いた。
「呪われた異教徒め……よくも堂々人前に出てこられるもんだ。てめえあのメス犬の招きに応じたそうじゃねえか。いったいなに企んでやがる?」
「見当も付かないよ」
スキンヘッドがいきなりヨシキの胸ぐらを掴み乱暴に引き寄せた。
「おい」10センチくらい顔を近づけ、歯の隙間から声を絞り出した。「舐めんじゃねえ小僧……てめえのはらわた引きずり出して犬に食わせッぞ」
ヨシキは黙ってスキンヘッドを直視した。
決定的な緊張感の数秒が過ぎ、スキンヘッドは「ヘッ」と失笑しつつぞんざいにヨシキを突き放した。
「まあ今すぐじゃねえ……」
スキンヘッドはきびすを返して屋内のパーティールームに去って行った。仲間があとに続いた。ひとりが手でピストルの形を作りヨシキに向け、「バン」と言った。
ややホッとした。
さすがにあの体格差と人数では、ヨシキひとりで対抗しきれない。周囲の日本人はみな距離を置いて、ほとんどヨシキと白人たちの剣呑な様子を見ないようにしていた。
ヨシキの味方の出現は期待できなかったが、あの白人たちにも友達はいないようだ。
チンピラに絡まれた経験は数多く、たぶんヨシキの顔つきかなにか、不遜な態度がにじみ出ているのだろう。
つい強がってしまうことにはある程度自覚はあるのだが、いかんともしがたい。
(ホント、誰に似たんだか……)
兄のマサキは父親と同じ真面目人間だ。優しくて誠実……母親の性質も受け継いでいるだろう。いっぽうヨシキは自分自身というモノを昔から見いだせないでいる。
根無し草のような。
周囲のどんちゃん騒ぎを眺めた。
プールサイドでは水着やトップレスの女の子が跳ね回っていた。酔っ払って全裸になってる男もいた。
パリピの世界には少し心ひかれたが、やっぱり思い切って飛び込むほどではなく……そういうのは兄と反対のことをしたい、という子供じみた願望に過ぎないと分かってたから。
ともかく。
奴らが「メス犬」と呼んでたのは片桐アズサのことなのだろうか。
議員先生とアメリカの軍人連中……あの白人たちはベータが探り出した潜水艦で日本にやってきたのか?
(片桐アズサは俺になにをさせようとしてるんだ?)
視界の隅に妙な動きを捉えて10メートルほど離れた地面に目をこらすと、黒猫が颯爽と練り歩いていた。
パーティー客は酔っ払ってるのか、足下の猫に気付いた様子がない。
ヨシキはその猫のあとを追った。
ホールを出てナイトプールのわきを抜け、やがてひと気のない、室外機を隠す生け垣まで黒猫を追った。
不意に物陰から女性が現れ、黒猫はジャンプしてその女性の懐に飛び込んだ。
「よしよしハリー、なにか美味しい物を食べられたかい?」
「ニャア」
女性は猫の頭を撫でながらヨシキに目を向けた。
問いかけるように小首をかしげて言った。
「あなた、見覚えがあるわね」
端整な顔立ちは30歳くらいに見えるが、うしろで結った長い髪は銀色だ。
顔よりも声でヨシキはその人物に思い至り、息を呑んだ。
「天草……先生?」




