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37 ガーデンパーティー


 意識が回復すると、アナは椅子に縛り付けられていた。


 「……くっそ」

 まだ体にしびれが残って倦怠感に苛まれていた。

 薄暗い室内で、アナはガラス戸に向かって座らされていた。ガラスの向こうは夜空と、広いテラスが見えた。

 そのむこうには椰子の木と、レインボーライトの乱舞……。

 (たぶんここホテルだな……屋上)

 あのスペイドは本当にアナをホテルに連れてきたらしい。しかもおもてではたしかにパーティーをやっていた。

 しかし20メートルほど離れた喧噪はほとんど聞こえない。防音のようだ。


 (油断したわ~)


 アナは深呼吸すると、上半身をグルグル巻きにしている縄に意識を集中した。

 (千切れろ!)

 いくら念じても魔導律が働く手応えがない。

 「っきしょうまじかよ……」

 椅子か縄に対魔導律対策が施されてるようだ……バァルあたりで入手したのだろう。

 椅子はボルト留めされてもいない木製だったが、床に足を踏ん張ってもピクリとも動かない。


 「ちょっと誰かいる!?オシッコしたいんだけどさあ!」

 叫んだが、誰もいない。

 背後に首を巡らせてみると、やはりホテルの一室だ……とても広くてベッドルームは別らしい。

 床下からかすかにリズミカルな振動が伝わってくる。

 大音量の、おそらくハードロック……【サバトン】あたりだろう。白人至上主義者が好みそうな北欧系。


 背後でドアが開いて、アナはまた振り返った。

 スペイドだ。アメリカ海軍の礼装姿に着替えていた。


 「あんたネイヴィーじゃないでしょうに!」

 「気にするな、祖国を捨てた君には関係ないことだ」

 スペイドは飲み物の盆をサイドテーブルに置いた。

 「楽しんだらすぐ始末するつもりだったが、君にはもうちょっとこのままでいてもらおう……中クラスの魔女はなかなか捕獲できないからな」


 この男は一般的な「魔道士(ソーサラー)」ではなくアナたちを「魔女(ウィッチ)」と呼んでいる。カトリックの悪名高い魔女狩りにちなんでいるのは間違いない。

 つまりタチの悪い類いのキリスト教原理主義者でもある……さすがキリスト再降臨を真面目に画策しているだけはあった。

 とは言え、それが実現したらアメリカの信徒のみならずニューローマのヴァティカンさえ平伏するだろう……


 「なんのつもりよ!?」

 「ま、態度をあらためて我々に協力するかもしれんじゃないか……我々は組織の特色上、有色人種(カラード)を従わせにくくてね。君で試してみなくては」

 「無駄だよ!」

 「試みても損はあるまい……まずヘロインを試してみようと思う」

 「麻薬ビジネスはデスペランと大天使協会が根絶やしにしたでしょうに、まだ持ってんの!?」

 「大麻草やコカの種まで絶滅したわけじゃないし。しかしあのお節介野郎どもには感謝しているんだ。カルテルとロシアンマフィア、スネイクヘッドまで潰してくれたおかげで麻薬ビジネスと資金は合衆国がすべて掌握できたから」

 「じっさいは……あんたがたCIAがネコババしたんでしょうね?」

 スペイドは得意げに頷いた。

 「それもごくわずかな違いに過ぎん。ワシントンで旧世界の政治的茶番を続けている穀潰しどもはともかく、我々憂国の騎士はアメリカを新たなるキングダムとして再建するために立ち上がったのだ……マフィアマネーはその軍資金としてじゅうぶんだった――」


 突然ノックもなくドアが開いて、スペイドは言葉を切り、舌打ちした。


 「ボス!くそ大変な事態ですぜ!」

 「ジョーンズ!ノックもせずになんだ!?」

 「サーセンボス、早く知らせねえとと思って――」

 「用件を言え要件を!」

 「いやねボス、あのメス犬――カタギリのやつ、勝手にくそ魔法使いを呼び込んでたんでさ。そいつがいまくそパーティー会場に向かってるんです!」

 「なにい?」

 「あのクソビッチやっぱ裏でこそこそ動いてたんですよ!」

 「本当にカタギリが呼んだのか?」

 「くそったれ招待者リストに載ってやがったんですから――もう着く頃ですよ」

 

 スペイドはテラス窓に駆け寄って外を眺めた。

 アナも首を伸ばして外を眺めようとした。


 彼がなにに注目しているのかはすぐ分かった。

 魔法の絨毯が降下していたのだ。


 (ヨシキ――!)


 アナは内心歓喜した。ヨシキがどうしてかこの屋上パーティーに招かれていたのだ――


 (――けどヨシキの背中にしなだれかかってるあのオンナは誰よ!?)


 スペイドが言った。

 「たしかに魔法使いだな。やつは鮫島の弟か?ミス・カタギリが奴を招いてたって?そいつは驚いた……あの女、思ったよりしたたかなようだ……よし、あの女議員の動向に注目しとけ」

 「ボス!もう締め上げちゃいましょうぜ?あの黄色いケツにぶち込んでやりゃいいんですよ!誰がボスなのかそれで思い知るってもんです」

 「まあ待て、まだ利用価値はある。心配するな。我々には切り札がある。ジャップにはおあつらえ向きのやつだ。――ジョーンズ伍長、貴様たちはあの女が変な動きをするか見張っていろ」

 「OKボス!黄色い猿どもを見張ります!」ジョーンズ伍長はビシッと敬礼した。それからスペイドの背後を伺った。

 「ボス、そのメキシコ人はいったい――」

 「このガキは魔女だ。さっき捕まえた。ニューアカサカに現れたタイミングが怪しいのでな……終わったら生け贄にしていい」

 「了解ですボス!」


 ジョーンズが去ると、スペイドはアナに向き直った。

 「少々イレギュラーが起きたので、これでいったん失礼する。トイレ休憩はあと3時間くらい我慢することだ」



 スペイドも去ると、アナはホッと肩を落とした。

 

 (とにかく、ただちに殺されることはなくなったようだ)


 しかしすぐにでもこの状況をなんとかしないと、アナの将来はかなり暗澹としたものになる。


 (ヨシキと合流しないと)


 アナはまた体を揺すって、拘束具合を確かめた。


 (魔導律に頼り切ってフィジカル面をおろそかにしてたな~)



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