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33 魔都にて

 

 ヨシキがホテルの部屋で出かける準備をしているとドアがノックされた。

 ドアを開けると、ボーイが銀の盆を掲げて立っていた。

 「鮫島ヨシキ様でいらっしゃいますか?」

 「ハイ」

 「お届け物でございます」

 そう言って盆を差し出した。小さな携帯電話が載っていた。

 「ああ、ありがとう」

 ヨシキは携帯電話を受け取った。


 「このケータイモニターできるか?」

 「できるよ」ベータが答えた。「それ持ってると位置情報はバレバレだよ。それに通話はすべて盗聴される」

 「それは仕方ない……盗聴先をたどれるかな?」

 「それは簡単、繋がれば」

 「常時盗聴されてはいないのか?」

 「それはないみたい」

 「よし、出かけるか」


 ヨシキはネルシャツとジーンズに着替え、鞄に携帯とベータだけを持ってホテルを出た。

 たぶんもうじき携帯に誰かが連絡してくることだろうが、それまでじっとしている義理もない。


 ホテル一階のコンビニに寄って品物を物色した。

 売り物の半分ほどは地球から持ってきた備蓄品のようだ。缶入りの清涼飲料水はどれも2030年代の賞味期限で、イグドラシル年期の賞味期限の改訂シールが貼られていた。いずれにせよ生産から2年以上経過しているはずで、昔の日本であればとっくに廃棄されてたろう。

 

 (なにも変わっていない、というフリを装うのもたいへんだ)


 チップスやクッキーといったお菓子の類いは茶色の紙袋に入れられている。まだビニールやアルミ包装紙は生産が始まっていないらしい。

 ドリップコーヒーマシンがあったが一杯960円、消費税20%込みだった。ヨシキはそれを買い、セルフレジで精算した。

 三年ぶりのコーヒーを味わいながら通りを歩いた。


 小綺麗な街はやはり昔の日本の都会をなるべく再現しようと試みていて、ヨシキは映画のオープンセットに迷い混んだ気分だった。


 (不健全なノスタルジーだ)


 変化を否定したいあまりヒステリーに陥っている。

 この街全体がディズニーランドのようなものだ。

 周辺の貧民街の住人たちは、この街を憧れのパラダイスと崇めいつか同じ生活を手に入れたいと願う。そういう構図を作り出そうとしているのだ。

 だから「都民」たちは10年くらいは我慢するだろう。

 事態が悪化しなければ。


 バーガーショップがあったので値段をあらためた。チーズバーガーは一個900円。コーラ一杯500円。ポテトSサイズ700円……


 ラーメン屋もあったので覗いてみたが、一杯2,500円からだった。


 (高いなー!)

 

 (まあ……学者先生によればいまはもう22世紀だ)

 だから食事代としては手頃という考え方もできた、が……ここの一日の食事代でサイタマなら一週間過ごせる。すべて外食だとしてもだ。

 (ここに住んでる奴らは痛くも痒くもないんだろうな)

 

 公園でコーヒーカップを捨てた。ゴミ箱に紙コップを捨てたのはいつ以来だったか、思い出せなかった。


 ベンチでくつろいでいると、携帯に着信した。


 「はい?」

 『鮫島ヨシキクン?』

 「ええ」

 『わたしは日向と申します。片桐先生の秘書を務めております。よろしくお願いします』

 「ああ、はいよろしく」

 『片桐先生は多忙なのですぐ挨拶できず、たいへん申し訳ありません。ニューアカサカ滞在中は変わってわたしがお世話するよう申しつかっております』

 「それはどうも」

 『ところでお昼はもうお済みでしょうか?』

 「どうしようか考えてたところだ」

 『ちょうどご案内させていただくところでしたが……いま外出中でしょうか?』

 「ああ……いま」ヨシキは背後の芝生に立てられてる看板に振り返った。「中央公園にいる」

 「それでしたら、ホテルニュートウキョウのレストラン曽山にお席を設けさせましょう。洋食でよろしいですか?なにかご要望があれば――』

 「洋食でけっこうですよ。そちらに行けばいいんですか?」

 『はい、ロビーでお名前を告げていただければ、係がご案内しますので』

 

 

 ホテルニュートウキョウまで15分ほど歩いた。

 途中で住宅地を通ったが、ここの住人はほぼすべてマンション住まいらしい。ごくたまに個人邸宅の門の前を通ったが、敷地も建物も立派だった。

 外国領事館もいくつか見かけたが、本当に国交があるのだろうか?


 往来する住人のあいだではなぜか地味な服装が流行っているようだ。

 背広はめったに見かけず、年配者は人民服じみた無個性で機能的な上下だ。

 若年層……ヨシキと同年代くらいのあいだでは70年代ファッションが流行しているらしい。おかげで、目立たない服装のつもりだったヨシキはやや浮いていた。



 ホテルニュートウキョウはシンガポールのマリーナベイ・サンズをパクったような奇天烈な建物だった。つまり三本の柱に船が乗っかったような形をしている。


 中央の柱に当たるビルの玄関からロビーに向かい、案内カウンターに名前を告げた。

 「鮫島ヨシキ様でいらっしゃいますね?ただいまご案内いたしますので」

 受付嬢が電話を取ってふたこと三言喋ると、まもなく案内係が現れた。


 30歳くらいの綺麗なお姉さんだった。


 「ハァイ、あんたがヨシキクン?」

 「ああ」


 「なんか、先輩から電話かかってきてさ、きょう一日あなたのお世話してって頼まれちゃった。あたしタカコ。よろしくね~」

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