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31 トウキョウの外国人

 

 じっさい、アナはトウキョウに出かけていた。


 行くだけなら船に乗ってシン荒川を下るだけなので世話ない。

 ただしヨシキのように魔法の絨毯でサッと、というわけにはいかず、小舟に揺られて300㎞あまりを半日かけて移動した。

 乗り心地にこだわらなければ船賃は300円程度だった。


 果物の木箱に座って到着したときには夕方になっていた。

 荷揚げを手伝ったので船賃は割引してもらえた。旅の途中で楽しい話をたくさん開陳したのでランチも無料で提供してもらった。

    

 作業の合間にニューアカサカ周辺の様子はじっくり観察できた。

 どうやら、日本はあいかわらず西洋人には甘いらしく、港の搬入口を素通り可能だった。


 新世界はどこも人手不足で、転移による人口減を手っ取り早く補う方法として移民を受け入れている。

 とくにいまは、より理想の社会を探す全世界的なムーブがあった。

 日本は治安が良いというイメージが強かったから、永住先としていちど眺めてみようという外国人は多い。


ニューアカサカもそのご多分に漏れず……とくにここトウキョウは、最近人口が激減したらしい。

 その理由は川から眺めた荒廃ぶりで明白だった。

 

 (なんか手応えあるな)


 サイタマよりずっと荒れた土地……救済のため厳津和尚が訪れている可能性はある。


 アナはニューアカサカ市内に入ろうとする外国人の列に並んだ。

 列の前後にいた人たちと情報交換して、必要なものを用意した。西洋人はおおむねパスポートを提示すればOKらしい。


 「買い物は電子マネーしか受け付けないってよ」

 「それってここでしか使えないやつ?両替しなくちゃならないの?」

 「そうみたいだよ」

 「ワシントンも似たような体制敷いてたなー」

 「あんたアメリカ人?」

 「そうよ、正確にはカリフォルニアだけど」

 「あああっち。あんたんとこも分裂しちゃって大変だな。ウチもそうさ」

 「イギリス人?」

 「スコットランド。UKなんてもう無いよ……イングランド「政府」はあんたんとこのCIAとつるんで傀儡政権樹立したらしいってんで、ウチもアイリッシュどもも胡散臭すぎて国交断絶したよ。王様一家はフランスに亡命中」

 「なんだか申し訳ない話だなあ……けどCIAってホントの話?陰謀論じゃない?」

 「知らんねえ……昨今ワールドニュースなんて二~三ヶ月遅れだからさ。帰ってみたら国が無くなってた、なんてこともあるだろうよ」

 

 とにかく、比較的すんなりとニューアカサカの城壁は突破できた。賄賂もいらないしセクハラもなかった。


 市内には外国人居留区も形成されているらしく、アナは10人くらいのグループに交じってそこを目指した。

 高架線に乗って過ぎゆく夜景を眺めた。立派なビル街は煌々と明かりを灯していたが、ネオンサインはほとんど見当たらない。大々的な広告を出すほどの経済活動がまだ始まっておらず、広告の対象もじゅうぶんいないからだ。。

 眺めながら乗客たちのおしゃべりに耳を傾けた。


 「まるで未来都市だ」

 「だいぶ、背伸びしてるよな。こんな街維持できるのかねえ?」

 「携帯通話機は使えるのかな?」

 「使い捨て携帯売ってたが……せいぜいPHS程度だろ?もちろんネットは使えないし」

 「ネットってなに?」

 「あんた未来人?」

 「ああそうだよ!2042年生まれ!」

 「それじゃあ小学校の頃はインターネット機能してないか……」

 「ここってダンスフロアあるの?酒は飲めるのか?」

 「あるみたいだ。『ロッポンギナイトクラブ』」

 「ヤクは手に入るかな」

 

 「おい見ろアレ!」

 誰かが車窓の外を指さして、アナたちはそちらに注目した。

 電車はちょうど広い公園か遊園地らしき地域にさしかかっていたが、なにを指しているのかは一目瞭然だった。


 「恐竜だ!」

 

 そう、Tレックスが一頭、深い堀の内側にいたのだ。

 「ジャップ、やりやがった――!」

 「イグドラシル憲章に堂々そむいたわね……」



 ――食用の最低限を除き他種属をむやみに家畜化しないように。


 イグドラシルに転移した人類に対して申し渡された、数少ない禁止事項のひとつだった。基本的に人類が地球から持ち込んだ生物以外に手を出すべからず、愛玩目的の動物の「所有」も控えるように、ということだった。


 だからこそ人々は犬猫その他をペットにすることを控え、「動物園」も作らないといういわば暗黙の了解が世界的に形作られていたのだが。


 「恐竜をとっ捕まえて檻に放り込むとは、馬鹿め」

 「まずいよな。天誅が下るぞ」


 この世界で「天誅」は罰当たりに対する単なる呪いの文句ではない……本当に天罰が下る可能性があるのだ。

 アメリカ、イタリア、ロシアでじっさいに起こったことだ。冒険者気取りで恐竜やドラゴン狩りに出かけた連中が〈終焉の大天使協会〉の織天使突撃隊に成敗されたのだ。

 それらは教訓として世界に示されたが、じゅうぶんに通じていなかったようだ。

 


 「ニホン人はもっとお行儀が良いと思ってたんだが、失望したな」

 「いやあ……転移開始三年が過ぎてどこも弛緩しはじめてるから。そろそろ舐めた行動が始まる頃合いだろう」

 「そう、文化圏によってはイグドラシル人に施しを受けることを屈辱と感じてるらしいし、これからもっと大胆なことする奴らも出てくるよ」


 アナは溜息を漏らした。

 イグドラシル人に対して屈辱を感じているのは主に欧米キリスト文化圏だ。

 ボランティアたちは純粋な親切心から地球人を助けたのだが、とかく先進国の人間ほど面子を潰されたように感じている。

 この街を作った連中もそういった手合いか。


 10分ほどで目的地の駅に到着した。そこから5分ほど夜の街を歩いて、アナたち外国人一行は外国人宿にたどり着いた。典型的なユースホステルで、座敷部屋で好き勝手に横になるような宿だから24時間チェックインを受けつけている。

 

 しかしまだ宵の口で、誰もひと眠りする気はなかった。


 アナも手荷物を有料金庫に納め,シャワーを浴びて着替えると、街に繰り出した。



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