30 過去からの爆風
マサキはカレーを作ろうと申し出たが、なにやらはっきりしない理由を並べ立てられて断られた。それで今日の仕事はお仕舞いとなった。
たぶんナツミに早く消えてもらいたいのだろう……お母さんじみた小言を言われたくないから。
カボチャハウスをあとにして、マサキと高田は次回の差し入れ品目について話し合いながら魔法の絨毯に向かった。
川のほうから釣り人みたいな格好の男性がひとり、歩いてくるのが見えた。青い迷彩柄の上下で釣り竿とバケツを持っていた。
男性はマサキに挨拶しようと釣り竿を持った手を上げたが、ナツミに気付くと無表情になった。
しかし通り過ぎる手前でその人はピタッと立ち止まった。
「なつみんじゃん」
「えっ……?」ナツミは思わず立ち止まった。
「なつみん俺、俺だよ覚えてない?」
「あ~……と。ごめんなさい……」
「ほら俺!根神だよう!」
「えーと……」
70年も昔の黒歴史が突如鮮明に蘇って、ナツミは息を呑んだ。。
「あっ!根神」
「ハイそうです正解~♪」
「いや……ずいぶんとその」
お老けになられて……
復活した頭髪は伸び放題で半分白髪で、ださいポニテにしている。最後に見たときより若干痩せていた。
いままで完全に忘れていた人物だった。
いくつぐらいなのだろう……60代半ば?
「母さん、根神さんと知り合いか?」
「え?うん……マー君が生まれる前の」
「なつみんがマー君のママってなに訳分かんないこと言ってんさ――」
根神はハッと目を見開いた。
「てゆうかなつみん龍の巫女だからここに転移できないって話だったですじゃろ!?それになんで若くなっていらっしゃるんですか!?」
さすがおたくだけあってそのへんの事情には詳しかった。
「ああちょっと待って!ややこしい話次から次へ」
「いやでもなつみんまた会えるとは拙者思ってなかったぞなもし」
「つーかあんたお母さんはどうしたのよ……」
根神はしょげかえった。
「母上は亡くなりましてのう」
「ああ、それは――」
「うそつけ根神!あんたのお母さんカワゴエに住んでるだろ」
高田に突っ込まれても根神は悪びれもせず、舌打ちさえした。
「ばばあ魔道士のおかげで元気になって再婚までしてよう!おかげでボクの居場所なくなったんでふざけんなちゅう話ですわ。
だから死んだも同然よね……俺」
おたくらしくオチまでつけ、根神と高田はカラカラ笑った。
マサキは薄笑みだが目が死んでいる。
なんと切ない話か。
「ていうか根神さんよ、そちらのお嬢さんが龍の巫女って話……」
「なつみんがポータル開いた張本人なんだってばよ。ご存じですやろ――」
「あーハイハイ!その話もややこしいからストップ!」ナツミは両腕で×印を作って話を遮った。
「なつみんなんでまえより若くなって――」
「それもパス。それよりあんた、いつ頃イグドラシルに移ったの」
「西葛西ポータルが開いた6年後だったかね~……母ちゃんが腰悪くして歩けなくなった頃だから」
「それじゃあ2030年以前か。俺なんかポータル開通20年後だ。冥奉神社ポータルで五千人といっしょに」高田が言った。
「俺もその頃です」マサキが言った。
イグドラシルにいつ頃来た?という話題は定番だ。
滅多にいないが人によっては2060年以降の地球から来たので、初期転移者にとっては軽く未来人となる。
ここの3年間で地球のほうは70年経過しているから、来るのが遅かった人とはしばしば話が食い違う。
2050年以降から来た人たちの多くはLGBTとか少子化問題なんて言葉は知らず、スマホも持っていなかった。ただし例外なく〈スマートバンド〉を手首に巻いていた。
逆もまたしかり……未来人が「クークー」とか「オイラー」とか言っているがどういう意味なのか見当もつかない,という具合。
「でもよ~ほいじゃなつみん転移じゃなくて「転生」したちゅうことなんね?」
「根神……あんた状況把握的確すぎ」
高田が言った。
「えー?龍の巫女つつったらさ、やっぱポータルを開いた張本人じゃないの……」
思いがけない人物を迎えていたと知って高田も驚いていた。
「まあその――」ナツミはブンブン頭を振った。「だから!その話はやめてくださいったら!わたしだってなにが何だか分かんないんだから!」
「あっでもそれだったら気をつけたほうがいいかもなー」
「気をつけるって、なにがです?」
「いやね、先週,フリマで中古品売りに街に出たんですが、なんか怪しいアメリカ人を見たんですよねえ……」
「はあ」
「いまは移民のシーズンだから外国人は珍しくないけどさ、そいつらはちょっと浮いてんのよ。政府の仕事してますって雰囲気で、目的も隠さなくて」
マサキは眉をひそめた。
「その人たちは何をしてたんです?」
「人捜しだよ。あのLo-Diからの関係者をね、ポータル開通に関わった人とか探してたの。とくにあのお坊さん……なんつったっけ?」
「真空院厳津和尚でござるな」
「そうそれ!その人探してた。誰彼かまわず人相書き片手に訪ね回ってたなあ」
「はあ……」
また厳津和尚の名前が出た。二度目だ。
マサキが言った。
「その人、東京にいるらしいってアナが言ってたよな?会いに行くくらいの勢いだったよ」
「そうね……」
(いったいなにが起こっているのか……)




