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29 限界集落的なサンクチュアリのようななにか



 ニュータカサキはシン荒川の支流に沿った細長い街で、北欧のフィヨルドか中国奥地ばりに複雑にいりくんだU字谷の湖畔に黒っぽい木造家屋が並んでいた。


 「なんかもう日本の景色じゃないわねえ……あたりまえだけど」

 「大昔の氷河の跡だろうって話だからなあ。新しい日本はインドよりちょっと広いそうだから、いったん平野を離れるとどこも景色は雄大だよ」

 「タカサキでこれじゃあ,ママたちが行ってるグンマの温泉地なんてさぞかし絶景でしょう」

 「グランドキャニオンにアマゾン足したような所だよ……『アバター』みたいな感じ。高さ100メートルで藤色の綺麗な花を咲かせる大木が何千本も立っててね、超巨大な桜並木という様子で。紅葉シーズンも人気だ」

 「その説明だけで行ってみたくなるわ~」


 カワゴエから200㎞も移動したのにまだサイタマ県境、というのも凄い。

 しかし目的地はもうすぐそこだ。

 住宅が途切れかけたところで魔法の絨毯は高度を下げ、河原に面した緩やかな草地の斜面に着地した。三方を切り立った山に囲まれて軽く隔絶されたような土地だ。


 マサキはそこから杉木に似た林に向かった。わずかな平地に一軒の奇妙な家がポツンと建ち、その周りにサイズも色もまちまちなテントが張られている。


 「こんな所に誰が住んでるの?」

 「えー……母さんが結婚する前からいたと思うけど、いわゆるニート、自宅警備員とか呼ばれてた人が共同生活してる」

 「はえ?」

 「比較的初期に移住した連中で……まあ世捨てびと感覚で「異世界転生」したんだろうね。それで、「働いたら負け」とばかりにここでも超ミニマム生活を営んでるんだ」


 大昔に聞いたネガティブワードが次々と繰り出され、ナツミは過去にトリップした気分だ。


 「なるほどお……それで、あんたはボランティアで」

 マサキは頷いた。

 「たまーに訪ねる。まあそこそこ自活できてるようだよ……」



 最初に顔を見せた人物はナツミの予想に反して60歳くらいの初老男性だった。白髪交じりの中肉中背で上下ジャージ姿。


 「やーマサキさん、おひさですねえ」

 「高田さん、その後お変わりないですか?」

 「おかげさまで治癒魔法師さんがこの前腰治してくれたてから絶好調ですよ!」

 「また差し入れ持ってきたんで、運び込んでくれます?」

 「いつも悪いねえ。ホントありがたいよ」


 高田が背後に向かって「オーイ皆の衆~!」と声を張り上げると、ややあってテントから何人かが這い出てきた。

 全員男性だ。

 たぶん40歳以下はいない。

 完全にお爺ちゃん、という人もいた。

 

 「よ~マー君」

 「魔導戦士、お久しゅう」

 「オッありがて~差し入れッすか~」

 

 年齢はバラバラだがみんな佇まいはいわゆる「おたく」のようだ。

 読みかけのマンガを表示したタブレットを片手に持ったままの人もいた。みな着古した迷彩かアニメ柄のTシャツと半ズボンか作業ズボン姿。

 ポケットのいっぱいついた黒いストラップを肩に回してる人は腰にピストルまで差していた。たぶんモデルガンだろう。

 みんなナツミのほうはつとめて見ないようにしながら、ぞろぞろ絨毯に向かって歩いていった。クマみたいな「着る毛布」姿の人はやや気恥ずかしそうだ。


 (なんとなく分かるなあ……この微妙な空気)


 おたくが山奥に引っ込む話は昔にもあった。

 おそらくナツミは彼らが捨ててきた「現実」に属して見えるのだろう。

 向きあいたくない現実に。


 「えーっと、みなさんここで共同生活していらっしゃるの?」

 「ええ、気楽にね」ナツミが訪ねると、高田が答えた。「ここは天国ですよー。税金の取り立てもNHKの集金も現れないし」

 「本当は住民税くらい払ってもらいたいんですけどね」

 マサキが苦笑気味に言うと、高田はやんわり反論した。

 「どうして?私らいまだに電気も水道も使ってないしねえ」

 「そうだけど、下界はずいぶん暮らしやすくなりましたよ。求人はいっぱいあるし、まだ公営住宅の応募もしてますからね」

 「まあ……生活を立て直して納税できるまで2年間家賃無料ってのはちょっと気をひかれるけどさ。手続きとかいろいろ面倒くさくて」


 ナツミは初日に経験した役場の手続きを思い起こして内心首をひねった。旧日本のお役所と違って恐ろしくシンプルだったが、あの程度でも面倒なのか……


 ナツミたちは差し入れ品を抱えた一団を追って建物に向かった。

 建物……というか巨大なカボチャだ。

 カボチャの周囲にはテントとバーベキューピット、それにソーラーパネルが並べられていた。奥のほうの木立には赤黒チェッカー柄の的が立っている。ナイフが何本か刺さっていた。

 低い金網のサークルにはニワトリが飼われている。これはいまやナツミにとってもお馴染みだ。卵を入手したければニワトリを飼うしかない。


 「このおうち、不思議なかたちですねえ」

 「これね、魔道士さんがくれた種から育ったの。「家の種」

 「えっすごい!」

 家になっちゃう植物とは恐れいった。イグドラシルの常識の通じなさは徐々に実感してはいたが、さすが、たった数ヶ月で10万人規模の街を作ってしまうわけだ。


 「すごいありがたいよ。やっぱ堅い屋根が必要でねえ……あとふたつ育ってる」


 楕円形の入り口の奥は差し渡し5メートルほどのワンフロアで、板張りで青いビニールシートを敷いた床はスチール棚でいっぱいだった。人が住んでる気配はなかった。

 驚くべきことに、棚にはゲームソフトとアニメのBlu-ray、それにマンガやラノベが詰まっていた。

 プチプチに包まれたパソコンや40インチモニター,さらにはプラモデルや超合金、美少女フィギュアもうずたかく積まれていた。

 まるで「まんだらけ」の店内のようだった。


 (そりゃ屋根が必要だわよね……)


 荷物の搬入が終わると、おたくさんたちの半数はテントに引っ込んでしまった。だいたい10人くらいいただろうか。残った人たちはもらったばかりのショベルや衣料品を物色していた。

 「食料は足りてます?」

 「贅沢言わなきゃノープロブレム」

 「野菜と果物ばかりじゃいずれ困るでしょう」

 「まーねえ……たまにゃ肉食いたいけど、ニワトリちゃんを潰すのは忍びなくて」

 恥ずかしそうに言ったが、要はなかなか殺傷に踏ん切れないのだろう。「子供に良い物を食べさせなければ」といった類いの必死さとは無縁でいたいのだ。

 

 (死ぬまでマンガとゲームの生活を続けるのかなあ……)


 ナツミは家庭人になったから、オタク的スローライフスタイルから脱却できた……そういった安全圏から彼らを批判するのは卑怯かもしれない。昔はナツミもその一部だったから気持ちは理解できるのだ。


 (でもせっかく本物の「異世界」に来られたのに……なんかもったいないような……)


 まあ「もっとシャキッとしろ」なんて言おうものなら猛反撃されるだろう。まともな家庭生活の気苦労を並べ立てられて論破しようとするかもしれない。

 マサキもそれを理解しているのか、ごく無難に接していた。


 (マー君、ソーシャルワーカータイプよね……ウシオさんの血筋だわー)



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