28 夢現の国
ニューアカサカを囲む壁は厚く、10メートルくらいのトンネルだった。
トンネルをでるとまたゲートだ。
いっけん物々しさは薄れて『ようこそ新しいトウキョウへ!』という横断幕が掲げられていたが、よく見ると入場施設は高い金網に囲われ、ヨシキは検疫所じみたプレハブの建物に誘導された。
「身分証明書はお持ちですか?」
「体温を計測しますので、じっとしてください」
「持病はありますか?過去にインフルエンザや伝染性疾患にかかったことはありますか?」
どれもこれもナンセンスな手続きだが、ヨシキは黙って従った。
スマートフォンは持っていないと答えると、露骨にせせら笑われた。田舎もんはしょうがねえな、と言う調子だ。しかし二回ほど片桐アズサの名刺を提示してようやく――しぶしぶと「入国」が許された。
最後に『新しい世界のしおり』というカラーブックレットを渡された。
「くれぐれもよくお読みになってくださいね』
「了解」
「あ、それと、鮫島さんにはホテルのお部屋が用意されますので、四時までにチェックインなさってください」
「それはご親切な」
はっきりとは言い渡されなかったが、このまま指定されたホテルに直行せよ、と言う意味のようだ。施設を出ると道路に小さな電動車が待ち構えていて、それに乗るよう指示された。
電動車は無人タクシーだった。
ヨシキを乗せたタクシーは、昔のお台場に似た町並みの二車線道路を進んだ。
往来する車の数はそれほど見かけないが,歩道には小綺麗な服装の人たちが大勢歩いていた。
信号機もあった。イグドラシルで初めて見た信号機だった。
おもな公共交通機関は市電のようだ。高架線を小さな2両編成の電車が走っていた。
差し渡し10㎞四方程度の街にずいぶん贅を尽くしている。
どうやら、「政府」がこの街を作って財源を使い切ってしまったという噂は本当のようだ。
まもなくホテルに到着した。
8階建ての立派な建物だった。ガラスを多用した一階はレストランとコンビニエンスストアが入っていた。
売買はすべてキャッシュレスだ。ヨシキも「入管」でカードを作らされていた。金貨二枚ぶん……手数料を引かれておよそ17,000円を電子マネーに換金した。
ホテルのロビーカウンターに歩いて行くまでに監視カメラをいくつも見た。ヨシキは素直にチェックインして、自分の部屋に上がった。最上階だった。
「さて」
ヨシキは荷物を置いて,鞄から黒い石の板を取り出した。ナツミから借りたハイパワー製のパソコンだ。
それを持って洗面所に向かった。
洗面台にパソコンを置いてログインした。
「ベータ?」
「ハイハイサー」
「この部屋、盗聴とかされてるか分かるか?」
「盗聴も盗撮もされてないよ~」
「分かった、ありがと」
「ヨシ君なにやってんの?バックアップが必要な状況なワケ?」
「まあな」
「あたしはなにか手伝うことある?」
「どんな手伝いができるんだ?」
「ここにも〈ハイパワー〉のスパイウェアはいっぱいいるんだよ。なんでもお望みのままよ」
「それじゃあ――」
「えっ?」ナツミは言った。「ヨシ君トウキョウに行ったの」
「ああ、いちにち二日、行ってくるってさ」
「なに?仕事?」
「いや……土日だから、いちおう休み取って。あいつ何ヶ月も休日なしで働いてたし」
「そう」
「べつに心配ないと思うよ」
「だけど……昨日の夜きゅうにわたしのパソコン貸してくれって言われてねえ……」
「ベータを?」
「うん、それでヨシ君もログインできるようにしてあげたのよ……」
「あいつ、母さんのパソコンに昔のホームビデオが保存されてるって疑ってたからなあ……俺たちがガキの頃のやつ。それを消去するつもりなんじゃないの?」
「あ、それはできないようにベータに釘刺しといたから、無理」
マサキは顔をしかめた。
「やっぱり保存してるんだ……スマホで撮ってたあの恥ずかしい動画」
「あたりまえでしょう!母さんの大事なビデオなんだから消させないわよ」
マサキは今日もボランティアに行くというので、ナツミも同行を頼んでいた。それでいまは魔法の絨毯に乗って、グンマの県境を目指していた。
絨毯には食料と衣料品を満載している。
まだそんな支援が必要な人たちがいるの?と問うと、マサキは苦笑した。




