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27 魔道士、都にゆく

 


 ニューアカサカは要塞だった。

 シン荒川を辿ってトウキョウ湾に達するとすぐ分かった。水色の高い城壁に囲われた広大な円形ポリスに鉄筋コンクリートのビルが建ち並んでいるのだ。


 ヨシキは魔法の絨毯をしばらく旋回させ、ニューアカサカとその周辺を眺め続けた。

 2年前に一度訪れたときにはビル街も、クレーンが立ち並ぶ港もなかった。

 港にはネイヴィーグレーの軍艦が二隻停泊していた。一隻は空母〈いずも〉で、艦載機を甲板に並べていた。


 いっぽう変わらない光景もニューアカサカ周辺にあった。

 いっけん住宅を建設する前の分譲地のように見える、むき出しの土とアスファルトの道路だけの土地が、見渡す限り広がっていた。

 山林はことごとく伐採されて、ごく一部が人工的な公園に置き換えられていた。

 そして、無数の仮設住宅とテント……都民のおよそ80%、150万人がそこで生活していた。

 もとは500万人だったが、新しいトウキョウに期待したものの、あまりにも不便な生活がいっこうに改善されなかったために、毎年100万人超がサイタマほか他県に移住してしまったのだ。

 トウキョウに居座る「政府関係者」が魔道士のボランティアを拒絶したため、トウキョウの生活圏9割ははいまだに上下水道が整っていない。残った連中は電気が無料だからギリギリ我慢している状態だった。

 いずれ優先的に入手できるはずの石油と旧日本の快適な生活を待ちながら、関東でもっとも立ち後れた土地で最も高い税金を払い続けている。


 〈じっさい前よりスラム化が進んでる……〉

 仮設住宅の脇で野焼きの煙が立ち上るさまを眺めながら、ヨシキは思った。ゴミの山やくず鉄も数多く散乱していた。


 荒川にはおびただしい数の船が行き来している。ほとんどがグンマやサイタマから食料を運んでくる電気帆船だ。それと漁船。

 森をあらかた伐採してしまったので、野菜の調達は大変なはずだった。


 (なんでわざわざ遠くから食料を調達する状態を作り出すのか……)


 それはおそらく農業の土臭いイメージから遠ざかりたい、という都会の感覚を引きずっているからだろうが、現代は農業もできず魚もろくに捌けない人間は無能の烙印を押される。

 そして近県の人たちは、そんな連中を食わせることにウンザリしていた。



 たぶん10年もすればトウキョウも昭和40年代の水準には達しようが、それはたぶん政府が約束を守った結果ではなかろう。

 スラムのあいだにはポツンポツンと工場が建ち並んでいた。

 イグドラシルに移転した企業グループの7割は中央集権の愚を見抜いて地方で新事業を立ち上げていたが、残りの3割は政府と昵懇で、やはりいずれ与えられるであろう経営優先権に期待していた。

 新しい日本で土木建設業と製造業は不死鳥のように蘇り、仕事はいくらでもあった。

 トウキョウが立ち直るとしたらそういう企業の活動が原動力となる。太平洋戦争後がそうだったように。

 

 いっぽうでイグドラシルで活動がまったくできなくなったいくつかの大企業……マスコミ、広告代理店などメディア関係、転移のどさくさで債務者に逃げられそうな金融関係者などは、トウキョウから離れることもできなくなっていた。


 東京よもう一度!

 

 彼らの言うその東京は2030年代、もっとも科学力が発達して,同時に格差が広がった頃のことを指す。

 いまスラム街で我慢している連中は、将来的な「勝ち組」になることを願っているのだった。逃げ出した連中の多くは2040年以降の荒んだ日本の経験者だ。


 

 空から東京の現状を確認していると、やがて飛行物体がいくつも接近してきた。

 ドローンだ。

 昔の四枚プロペラのラジコン玩具ではなく、鳥形でターボファンを装備した飛行ロボットだった。


 『あなたは無許可で飛行制限域に侵入しています。ただちに降下しなさい』


 「分かった分かった!」

 と言っても通じないかもしれないが、とにかく魔法の絨毯を降下させた。

 3カ所あるニューアカサカの門のひとつに向かった。

 二基のドローンがヨシキに追従した。

   

 ニューアカサカの出入り口である巨大な門は開け放されていたものの、門に至る大階段周辺には大勢の警備員が詰めていた。警察官だろうか?制服のデザインはえらくスタイリッシュで威嚇的だ。

 その1人、女性が歩み寄ってきた。

 「そこで止まってください!魔法使いですか?」

 「そうですよ。サイタマから来ました」

 「事前のご予約がないとこの先には通れません。なにか許可証をお持ちですか?」

ヨシキは胸ポケットから片桐アズサの名刺を取り出して見せた。

 「招待されたんだけど」

 「ああ……そうなんですか」

 「じゃ、良いかな?」

 女警備員は魔法の絨毯を見て顔をしかめた。

 「それを持ち込むのですか?」

 「コインロッカーが見つからなくてさ」

 「それとその、大きなナイフは……こちらでお預かりしますね」

 「断る」

 女警備員はヨシキの年齢にそぐわない断固とした態度に表情を険しくした。

 「ダメなら帰る。片桐さんにはよろしくと伝えて欲しい」

 「――では、入場を許可させていただきます」

 「けっこう」


 こうして、ヨシキはニューアカサカに一歩を踏み出した。


 (現代のソドムに潜入だな)



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