表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/75

23 密会

 

 ヨシキは半日かけて川越周辺をパトロールしたが、昨日の賊は綺麗に姿を消していた。


 敵は組織的な動きを見せていた。

 バイクを失い、夜中じゅうに船で下流に逃げたらしい。

 誰かが裏で糸を引いていて、輸送船で暴走族を自由自在に上陸させているのだ。逃走経路もあらかじめ決められていたのだろう。

 やつらは、異世界ではまだ限定的にしか使えない携帯電話を使っている。昨日捕まえた連中を調べて判明したことだ。

 電波の範囲は限定されるが、無線傍受されない連絡手段としては有効だ。


 とは言え姿がさっぱり消えたということは、当面の脅威も無くなったということだ。

 ヨシキは夕方近くに捜索を終え、カワゴエニュータウンの役場で報告を済ませた。

 新荒川下流に向かった兄はまだ帰ってきていないが、一時間前に電報が届いていた。トコロザワから家に直帰するという。


 魔法の絨毯を脇に抱えて帰途につこうとしたヨシキの前に白いバンが止まった。

 バンのサイドドアがガラッとスライドして、女性が顔をのぞかせた。

 「鮫島クン?」

 30代……短く念入りにカットされた髪、美人。

 ヨシキはその女性の顔を見つめつつ、かすかに頷いた。

 「あなたと少しお話がしたかった。乗ってくださらない?」

 「あんた誰?」

 「わたしは片桐アズサ、代議士よ」

 「へえ」

 ヨシキはバーをつかんで車内に足を踏み入れた。アズサがシートの奥に移動した。

 「こいつも持ち込んでかまわない?」

 「絨毯ね、それ。いいわよ、シートの後ろに」


 ヨシキがシートに収まるとバンが走り出した。

 「どこかに行くの?」

 「いえ、町の外までよ。通行人の邪魔にならないところに」

 

 バンは土手道に出ると路肩に停車した。

 運転手と背広姿のふたりがバンから降りて川岸に歩いて行く。車内にはヨシキと女代議士が残った。


 「それで、なんの話です?」

 「鮫島ヨシキクン……お父様は自衛官でしたっけ?」

 「ああ」

 「それであなたたちご兄弟もレンジャーをお仕事にしたの?」

 「さあ……どうだか」

 アズサはヨシキの素っ気ない受け答えに苦笑した。

 「ごめんね、本題に入ろう。じつはあなたをニューアカサカにお招きしたいと思っていたの。今日はちょうどこちらの方面に遊説しに来たので、ついでにお声がけしようと」

 「ニューアカサカ?トウキョウの新しい湾岸地区か」

 「そう」

 「簡単に立ち入りできないって聞いてたけど?でかい壁に囲まれてるって噂だ、本当なのか?」

 「壁は元からあったのよ。先史文明の遺跡っていうの?よくは知らないけれど、頑丈なのよ。ちょうど良かったからそこに最初の都市を築いただけよ」

 「で、おれはそこに出かけてどうすれば良いんだろう?」

 アズサは肩をすくめた。

 「わたしたちの都市を観て。ブラブラ歩き回ればいい。もちろん来てくれたら歓迎するし」

 「楽しそうだ」

 「そうよ」アズサは余裕の笑みだ。「ニューアカサカは(ハイパワー)のハイパーエンジニアリングを駆使した未来都市……あなたにはそれを見て、考えてほしいの……わたしたちはあなた方が思うような悪じゃない。この国を豊かにしたいという方向性はいっしょなの」

 ヨシキは頷いた。

 「わかった。それじゃ、近いうちにご招待させてもらおうかな……」

 「そう、良かった」


 アズサは胸元から名刺を取り出した。

 「門に着いたらこれを出して、わたしに招待されたと告げればいい。待ってるわよ、ヨシキクン」

 「ところで、招待されたのって俺だけ?」

 「ああうん、今のところ。大事な話だから本人に直接お伺いしてるわけ……お兄様にもいずれ話が行くと思うんだけど、いまはあなただけ、内緒で、ね?」

 「了解」

 「良かった、それじゃああなたの町まで送ってあげましょうか?」

 「いいよ、自分で帰る……燃料もったいないでしょ。この車、水素エンジンかな?」

 「ハイドロEVハイブリッド。けっこう長距離走れるのよ――」


 ヨシキは頷いた。


 水素燃料車はヨシキが小学生だった2030年代に普及しはじめたが、水素は二次エネルギーであり……つまり電力と同じく天然ガスを燃やしてか電気分解で抽出するしかない。生成段階で大量の二酸化炭素を排出するので、「環境に優しい次世代エネルギー」という宣伝文句などインチキもいいところだった。

 製造に手間がかかるぶん高いので,庶民には手が出せなかった……「富裕層専用車」とマスコミに揶揄されていた。

 少なくともヨシキが旅立った2040年代にはそんな認識だった。

 (それから技術革新でもあったのだろうか?)

 それでも異世界だから水素も安い、と考える根拠はない。ガソリンがまだ入手難だから使用しているのだろう。水素を手に入れられる限られた人間だけが。


 そのとき、最近聞かなくなった音が車内に響いた。スマホの着信音だった。


 「ああごめんなさい、出なきゃ」

 アズサはスマホを取り出して耳に当てた。「はい、片桐です」


 ヨシキは車から降りながらその様子を見た。アズサが通話しながら手を振ってきたので、頷き返してドアを閉めた。



 ヨシキは走り去るバンを見送った。

 

 (あのおばさん香水付けすぎだな)と思った。(さてどうするか?)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ