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19 猫の誘い

 


 ナツミは昼食に大満足だった。300円でおなかいっぱいだ。


 「グヤーシュ」は屋台ごとに味が違い、農家さんが昼とか夜だけ売ってるそうだ。10杯も売れば日当としては御の字だという。


 雑貨屋で買ってもらった琺瑯のマグを広場の水道で洗った。マグはつねに持ち歩かないとスープも飲み物にもありつけない、必需品だった。 


 アナとユリナはさっきの演説について議論していた。


 「とりあえずまともに訊いて賛同してた人はごくわずかだったけど……」

 「日本もアメリカと変わらないやね……一部の人だけ魔法が使えるのは「ずるい」ときた。……それにしてもあの女のスピーチはひどいもんだった」


 ユリナが言うように、地方自治に反対する中央集権派は数少ない。街頭演説に集まった人たちからは少なからぬ野次が飛んだ。


 「また余計なこと始めて!」


 「あんたは俺たちが被災難民だとでも思ってるのか!?現実見てないのはどっちだ!」


 片桐アズサは涼しい顔で署名用紙を配っていた。さすが政治家、鉄面皮だ。



 ユリナもアナも演説には早々と興味を失って、買い物の相談を始めた。


 「櫛と歯ブラシは家にあるとして……あとなにが必要だったかな?」


 ユリナがあれこれ思案しているのを見て、ナツミもようやく新しい生活を始めるのだと実感していた。


 (と言うより、新しい人生ね……)


 まさに、ゼロから始める異世界生活。


 「パジャマは?」

 「あ、そうか寝間着が必要か……」

 「そんな、浴衣かジャージのお古でけっこうよ」

 「遠慮しないでよ!ナツミおばさんのおかげでウチはおカネだけはあるから。そうだ、あとで返さないと……」

 「いいのよ!あのおカネの大半はメイヴさんにもらったものだから……」

 「そんなに金持ちなの?」ベータが横からたずねた。

 「メイヴさんがアメリカの会社に魔法の絨毯を売ったおカネ……60億円だったかな?けっきょく日本にいたときはほとんど使わなかったもの。マー君とヨシ君に良い物を食べさせるために使っただけで」


 イグドラシルに移住が始まって15年も経つと、地球の人口は半分に減って食料調達が難しくなっていた。インスタント食品の生産が次々と打ち止めになって、気を抜けば明日の食事が無い……そんな状態で、人口が減ってたからなんとかバランスを保ってたのだ。ウシオさんは毎日魔法の絨毯を飛ばして食材を探していた。


 「ウチだって土地と家建てて絨毯買って、、それでもちっとも減らないんだもの……ここじゃ散財するにも贅沢品なんか売ってないからね。せいぜい街で買い物して経済回さなきゃ!」

 「それじゃあお言葉に甘えようかしら」


 ナツミはふと足下に気配を感じて見下ろすと、丸っこい猫がテーブルの下を横切ろうとしていた。

 短い足にふわふわの明るい茶色の毛……マンチカンだ。

 「猫さ~ん」

 ナツミがテーブルの猫の餌をとって屈みこむと、ユリナたちがハッと息を呑んだ。

 猫は立ち止まって振り返った。

 それからナツミの掌に鼻面を近づけて、餌を食べた。

 「やりィ!」ユリナが小さくガッツポーズを取った。

 ナツミが猫を抱え上げてテーブルにのせると、アナが言った。

 「ねえねえ!その子ナツミさんに興味あるよ!」なぜかささやき声。

 ナツミは残念そうに微笑んだ。

 「この子首輪してるから……誰かの飼い猫さんでしょう」

 首輪に名前がないか調べたが、見当たらなかった。

 ユリナが言った。

 「やだ、いまは首輪なんかさせないよ?細いネームプレートの鎖巻き付けるだけだから……この子きっと異世界移転したときに飼い主とはぐれたんじゃないかな」

 「あら、そうなの?」

 ナツミが丸っこい猫の顔をのぞき込むと、「ミギャア」と鳴いた。

 「そっか、それじゃあご主人探してあげないとね」

 

 猫がテーブルからひらりと飛び降りた。

 そのまま短い足で島の端の尖塔に向かってちょこまか歩き出した。。


 「追いかけるべき?」

 ナツミがたずねるとアナが頷いた。

 「どうせあの尖塔の近くまで行ってみるつもりだったし、ついでじゃない?」

 「よーし」

 ナツミたちは立ち上がって猫を追いかけた。


 尖塔を見上げながらアナが言った。

 「アレって人工物だよね?」

 ユリナは小首をかしげた。

 「まだよく分からないの。たぶん大昔の遺跡だろうって程度でさ」


 優雅な弧を描いて空に伸びてゆく黄土色の塔は,見ようによっては自然の一部のようにも思える……らせん状に階段が塔を取り巻いて途中まで昇れるようになっているみたいなので、少なくとも一部は明らかに人工物だか。


 「枯れた大木のようにも見える」

 「あ、言われてみるとそんな気もするけど……とっても堅いんだよ」

 

 尖塔の根元は広々とした公園になっていた。

 一種の観光スポットになっていたので休日には人でごった返すが、平日のいまは昼休みが終わったので人の姿はまばらだった。


 「それでも猫さんが現れたらそこそこ注目浴びるもんだけどな……あんな可愛いマンチカンならとりわけ」

 歩きながらユリナが疑問を呈した。

 たしかに、公園にいる人たちはみんな猫に気付いた様子もない。

 「なんでだろう……気になる」


 アナとユリナはだんだん猫の後を追うことに熱中し始めた。ナツミが「わたしはここで待ってるから」と断る間もない。


 (なんか胸騒ぎが覚えるわ~)



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