17 ツルガシマでの生活
普通と言っても大きな平屋だった。
大屋根に覆われていて、「田」の字型に並んだ各棟のあいだの十字路は幅5メートルくらいの石の庭だ。
隣には二階建ての離れもあり、その一階はガレージで、ミニバンとトラック、何台もの自転車が並んでいた。二階はアパートのようで、ベランダに洗濯物が干されていた。
「あの二階家には家政婦さんが住んでる。役所の要請でひとり親世帯を2組引き受けたんだ」
「あら、お手伝いさん雇ってるの?なんだか贅沢だわねえ」
「ウチみたいな余裕のある世帯はみんな雇うんだ。まだすべてのひとり親や独身世帯まで住居が行き渡らないからな」
「なるほど」
「ノブリスなんとかって奴だね」アナが言った。
「プールがあれば完璧だ」
マサキは笑った。「とにかく風呂は大きいよ」
母屋の一画はマサキとヨシキが専有していて、一行はそこに招かれた。
「楽にして……母さんはどうしようか。おばあちゃんたちの棟にする?」
「そうねえ……パパとママはふたりだけで使ってるんでしょう?お部屋が余ってるならそうしようかな」
「布団を用意するよ。それから、母さんは町で服を買わなきゃな」
「お古でけっこうよ」
「まあそう言わないで」ユリナが言った。「アナたちと町に行って買い物するから、ついでに行こう」
「そうしてくれ。おれとヨシキは昨日の暴走族の残党を警戒しなくちゃならない」
庭の一角では三人の女性が子供と一緒に談笑中だった。そのうちの一人が絨毯に気付いて駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん!?」
背後の声にナツミは振り返った。
妹のユイだ。
「ユイ!」
「おね――お姉ちゃん、若返ってるって聞いたけど……」
ユイは姉を上から下までしげしげと眺め渡した。
「まじで、若い……」
「まあ、その」
妹は別れたとき39歳だった。いまはユリナと弟のショウヘイふたりのママ。ぜんぜん変わってない。
「なんだよぉ、あんなわんわん泣いて別れて、もう会えないって話だったのに三年で再会なんて……」
「すまんねえ妹」
「けどいいや、また会えたから」
ふたりはハグした。
「ショウヘイ君は?」
「ガッコだよ。中学生」
次男のショウヘイはマサキと同い年だったのだが……年が離れて姉同様ショックを受けたという。
「けどこれはもっとショックだ」ナツミを見ながら言った。「お姉ちゃんマー君と変わらない歳に戻ってない?」
「いやあ……自分が何歳か分からないのってちょっと困るわ。お役所の書類にどう書けばいいのか悩んで」
「なんかそれおもろいね。お姉ちゃんらしいわ」
というわけで、ナツミが若返った、という事実は軽く受け流された。やはり川上の血筋は大雑把だ。
「お母さんたち旅行中でさ~。今すぐ会わせてあげられなくて残念だよ~」
「おかーさん」ユリナが言った。「マー君のお友達といっしょに買い物してくる~。なんか買ってくるものある?」
「ああ」
ユイはお客の人数を数えた。
「7人。今夜は歓迎会ね!お肉とお野菜買い足さなくちゃ……外人さんだと、ビーフがいい?」
テッドが言った。
「俺らアメリカのソウルフードはフライドチキンとピザッすよ」
アナが慌てて改訂した。
「そんな!あり合わせでけっこうですから、本当」
マサキとヨシキは仕事に行って、テッドとマキシーもそれに同行した。
ミカエラとトムは怪我が治りきっていないので、家で休養だ。
ナツミとアナ、ベータはユリナの案内で町に出かけた。
「まんずナツミさんの服買わないとね。下着に化粧品もかな?」
「あたしたちもそろそろ替えの下着とか仕入れないと」アナが言った。
「アナさん、やっと直に会えましたねえ!最初にパソコン通信で顔会わせたのってわたしが小学生だった頃だし……」
アナは苦笑して肩をすくめた。
「わたしは生まれたばっかりだから覚えてないよ」
「そうだ!アナさんまだ赤ちゃんだったわ。お母さんとやシャロンさんは元気ですか?」
「元気。Aチームはみんな、いっしょにカリフォルニアに亡命したの」
「そういえば……アナさんいまいくつなんですか?」
「18歳」
「うっそ、わたしと同じくらいなの!?」
アナがぎょろっと睨んだ。
「なに?もっと年上だと思ってた?」
「あ~と、まあなんというか」
アナは笑った。
「うそ、いいんだよ。それよりほぼ同い年なんだから、アナって呼んで」
「了解~」
二人はハイタッチした。