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16 ツルガシマニュータウン


 アナがなにか愉快なことを思い出したように意地悪く笑った。

 「異世界の薄い法律書でも、特に道徳観念についての記述は厳しいからね。中でもたったひとつ絶対許されないのが「無作法でいること」……じつはね、アメリカ人はもう10万人くらいアルトラガンから出禁食らってる。ワシントンは必死に隠してるけど」


 「無作法だと思われて?」


 「お恥ずかしながら……特にバイヤー――商社の人間がひんしゅく買った。異世界の特産品は高く売れると思って物色しに行ったんだ。で、いくつか契約も結んだんだけどガツガツしすぎたんだな……いくらでも売ってやるからもっと増産を急げってな調子で。米国式商売のノウハウまで押しつけたんだよね。独占するためにいつも通り分厚い契約書も持参してさ。その結果――」

 アナは指で×を作った。

 「出禁食らった連中がまた弁護士同伴で抗議してるんだけどあちらの態度は徹底しててね……一度好ましからざる人物と見なされたら魔法で不法入国も出来なくなる。50年くらいしたら措置の妥当性を見直しましょうって言われて」

 「そりゃ厳しいな!俺らも気をつけなきゃ」’

 テッドも言った。

 「バァルなんか不動産売買って概念自体がなくて……それに目を付けた連中が一等地を勝手に囲ってリゾートを建設しようとした。だだっ広い空き地が多いから大丈夫だろうと思ったんだね……

 けどあの国では功労の代価として土地が譲渡されるんだ。その段階をすっ飛ばしたんでやっぱり追放されちゃった。大儲けして税金を納めるって言っても、聞く耳持たれないよ。まず二世代くらい住み込んで土地に溶け込まなきゃ」


 「うまく出来てるんだな?儲け根性だけでノコノコやってきてもだめか」


 「法律が少ないってのはつまり、その土地の人間が細かいことをその場で判断するってこと……いわば中世のごとく王様の沙汰次第なんだ。まず人間を見るから法律の抜け道をつついてずるしようとするアメリカ人のやり方は通用しない――」

 テッドは肩をすくめた。

 「――それに、そもそも異世界の人たちはみんな豊かで満ち足りてる。カジノやマックとコーラ式のサービスはいらないんだ……」


 ミカエラも言った。

 「東海岸……わたしはニューヨークの白人居住区に転移したんだけど、あそこにボランティアが駆けつけたときなんか、物資をもっとよこせ!しっかりサービスしろ!ってな態度だったなあ……アメリカ人はさぞ厚かましいと思われたと思うわ。わたしは恥ずかしくなってカリフォルニアに逃げちゃった」

 トムがせせら笑った。

 「うちのほうもそうさ。魔法でインターネットを復活させろって「嘆願」が殺到して魔道士も困ってた」

 ベータが言った。

 「それは〈ハイパワー〉もたびたび協力要請されたみたい。わたしたちのボディ……コアシップのネットワークを通じてワールドウェブを復活させてくれってね……だけど四六時中地球人の下劣な会話を聞かされるのはごめんだから断ったの」

 「数億人分のエロチャットや低俗な中傷テキストなんか聞きたくないよな」

 「わたしはそういうバカっぽいのけっこう好きだけどね」


 「そんな調子だと、異世界をよく思わないアメリカ人もけっこう増えてんじゃないか?」


 「一定数いる。ワシントンはそんなだから魔法使いになりたい人間を規制してる。今年からついに修行目的で渡航したら再入国禁止にしちゃった。

 歴史的に見れば魔女狩りの復活もあり得るよ。だからあたしらも地方巡業じゃ今言ったような事柄は積極的に喧伝しない。悪い方に煽るだけだからね」

 「そうだなあ……せっかく楽園に来たのに違ったかもしれないなんて思われたら元も子もない」

 「事実楽園なんだから、満足できなかったとしたら地球人が問題なんだ。けど与えられた幸せで満足できない連中はいるもんだ」

 「ケイティーね」

 「ケイティー?」

 「アメリカのスラング。隣の庭でバーベキューしてるブラジル人を見ただけで警察に通報するような白人女をそう称した。「わたしは恐ろしい精神的苦痛を受けたのよ!」って訴える類いの、とっても見識のせまい人」

 「ああ……日本でもそういうのはいた。公園や幼稚園で遊ぶ声がうるさいとか、河原でバーベキューするリア充を叩いたり」

 「つねに不満たらたらで現状に満足できない奴はいるんだな……国籍にかかわらず」

 

 「さて、そろそろ移動しよう」マサキが腕時計を見て言った。「俺たちの家に行こう。いいだろ?」

 「せっかくだから世話になるかね」



 そういうわけでナツミたちは二枚の絨毯に分乗して空に舞い上がった。

 

 (久しぶりだわねえ)

 魔法の絨毯は夫が亡くなって以来だ。

 そして、丸くない世界はどこまでも広がって、彼方は地平線ではなく霞に消えていた。思いがけずそれほど遠くない距離に海が見えた。

 マサキがナツミに説明していた。

 「あそこはトウキョウ湾。反対側にも目をこらせば海が見えるよ。日本内海。新しい日本は内海を囲んだ細長いDの形で、差し渡し4千㎞ある。三つ連なった高い山がシンフジと――」

 「階段状に突き出てる台地はなに?重ねたピザみたい」

 「あそこはとりあえずギアナ高地って呼ばれてる。トチギに属してるけど秘境で、恐竜が生息してる。ああいう土地は各地にあって、環境が違うんだ。珍しい生き物が住んでる」

 

 ユリナだけは絨毯に乗らなかった。なんと、ホウキにまたがってる。

 アナが隣に飛ぶユリナに言った。

 「それグッドアイデアだ!あたしもやればよかった」

 「絨毯と違って簡単な念動力で飛ぶことだけは出来るから!ただし乗り心地は……」ユリナはお尻をもぞもぞした。「サドルが必要かも」

 「やっぱりそう……乗り心地はどうなんだろうとずっと思ってたけど」


 それに魔法の絨毯と違って風圧を受ける。音速で飛ぶのはまだ無理のようだ。

 それでも十分くらいでツルガシマに到着した。二本の川に囲まれた広大な中州に町が広がっていた。中州全体が高い岩壁に囲われていた。

 「ここは先史文明の遺跡じゃないかって言われてる。10万年以上昔ここに住んでた人たちの遺跡が各地に残ってるんだ。カワゴエの屋外劇場もそう」


 川上家は岸壁に面した土地を与えられていた。100×150メートルの敷地は大部分林だ。岸壁に面してテニスコートくらいの庭があって、家はその奥に建てられていた。

 「あれがおうち?大きいわねえ!」

 「四棟の家に大屋根をかぶせてるんだよ。中は普通の家さ」

 マサキは魔法の絨毯を庭に着地させた。



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