15 母子
「そうだったのかい……」
ナツミはイグドラシル移住後の話をマサキから説明され、熱心に聞き入っていた。
チーム・レイブンクローとベータはユリナと合流して、ラウンジ奥の岸壁でなにやら会談していた。
「レンジャーって危ない仕事じゃないの?」
「それはある程度は……でも警察がないから自警団を作るしかないんだよ。昨日の騒ぎを見たろ?」
ナツミは頷いて、しみじみ言った。
「やっぱり、あなたたちお父さんの子だわねえ……正義の人だったもの」
「かもな、だけどもういちばんタチの悪い奴らは片付けたんだよ。殺人も強盗もここ一年起こってない……せいぜい町の喧嘩程度だ」
「本当に?昨日の暴走族が仕返しにくるって話じゃなかったかい?」
「アレはまた別の問題なんだ……一部連中の昔の日本に戻そうという動きを止めなくちゃならないんだ。でないと隣の異世界人に嫌われちゃうからな」
地球人は悪行が過ぎてイグドラシルから追放された「ギルシス」の末裔だった。
その地球人を呼び戻すに当たって、〈終焉の大天使協会〉を始めイグドラシルの賢人たちは最大級の警戒態勢を持って経過を見守るはずだと、かつてサイファーが言っていた。
地球人はそうとう行儀よくしなければ、受け入れてもらえないだろう……それは父親もマサキたちに言い聞かせたことだった。
教えはしっかり通じていたようだ。
「それは分かるけど……気をつけてちょうだいね?」
「気をつけるよ」
なにを言っても心配する母親を納得させられはしない……それはマサキも分かっていた。ナツミでさえ、次から次に心配の種を考え出してしまうことを自覚していた。
たとえうざがられても自分を抑えきれないのだ。
ナツミはしぶしぶ話題を変えた。
「それで、あんたたち親戚みんなで住んでいるんだ?」
「ああ、50㎞離れたツルガシマニュータウンの近くにすごい広さの庭付き邸宅を構えてて、15人の大所帯だ。そのほうが土地譲渡の条件がよかったから」
「新藤のおばさまや木村の人も一緒に?」
「まあ……」
「それは、賑やかそう」ナツミは人の悪い笑みで言った。みんな川上の親戚だ。ちょっと苦手ではあった。
「ま、たしかに」マサキも苦笑した。「でもみんなすごい元気でさ、しょっちゅうグンマの温泉に出かけてるから不在がちだけど」
ナツミの両親は旅行好きだ。魔法であちこちのガタを直してもらったからには、ふたたび趣味を再開したのもうなずける。元気そうなのは嬉しい。
「でもそれだとヨシ君は窮屈でしょう?親戚づきあい好きじゃないから」
「まあそうだ。早いとこひとり暮らししたがってる」
「そのへんはわたしに似たのかもねえ」
「えっそう?」
「そうよ、わたしも二十歳で家を出てひとり暮らししてたもの」
ナツミはしょげかえった。
「一人暮らしの前に、ちょっと母さんと一緒に暮らしてもらえないかしら……」
「なに言ってんだよ!母さんはずっと一緒に暮らせばいい――」
マサキの声は尻すぼみになった。
「――けど、母さんの、その、見た目が……」
ナツミは自分の体をサッと見下ろし、切実な顔でマサキに言った。
「や、やっぱりこれじゃまずいかい!?」
マサキは頭を掻いた。
「いやまずいとかじゃないけど、どうなんかなぁ……」
おもてが賑やかになって、ナツミがそちらに目を向けるとヨシキが戻ってきたのだった。
ナツミはみんなの輪に加わるヨシキの様子を見て少しだけホッとした。
「さて、お客人はどうするか決めたのかな?」
マサキが立ち上がったので、ナツミもあとについて会話の輪に加わった。
チーム・レイブンクローには、しばらく川上邸でやっかいになれと申し出ている。
彼らが言っている「日本の魔導律マスター」が本当に実在するのかマサキは知らなかったが、次の行き先が決定するまでは滞在してもらうつもりでいた。
成り行きによってはヨシキやユリナも彼らと一緒に旅に出るかもしれない。魔導律の上達という目的はいっしょだった。
上達次第では魔法の絨毯を操れるようになり、そうなればアメリカ大陸には数日で帰還可能になる……他の世界に出かけるにしても最大時速二千㎞というスピードは大きなアドバンテージだ。
「もちろん最終目標のひとつはテレポーテーションだけど」アナが言った。
「魔導傭兵レベルか。高みめざしてんな~」
ヨシキが感心していた。
「けどさ、バァルや他の異世界じゃどこでも自由にテレポートできるわけじゃないんだって」テッドが言った。
「テレポートできるのは専用のポータルだけらしいね……建物の中とかは対魔導結界張られてるから。まあ無理もないか……」
「地球人居住区はその点どこでも自由だ。いやどこでも忍び込めるって意味じゃないよ?」
「テッド、あんたなら女子更衣室目当てでも不思議じゃない」
「しないって!そもそもそういう潜在的犯罪指向者は修行で刎ねられちゃう。それもまた無理もないことだが」