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模型部へようこそ  作者: 裏庭その子
6/6

季節は待ってはくれない…今は、冬だ。


文化祭での公開告白を経て、晴れてお付き合いをする事になった僕とちいちゃんは、何も代わり映えの無い…いつもと同じ毎日を送っていた。

どうも、幼い頃からそうして来ていたせいか…デートに誘うにも…首を傾げてしまうんだ。

今更…デートなんてして…何か、楽しいのかなって…


「なぁんで、せっかく部活の無い日なのに…よりにもよって…ここに来るのかね?」

学校帰り、呆れた声のちいちゃんを連れてやって来たのは、まるちゃんの実家…模型店だ。僕は、なけなしのお金を握り締めて、ここで…ひとつプラモデルを買おうと意気込んでやって来た。

既にまるちゃんの手によって保管されている…僕の、唾付きの…プラモデル。

それは既に潰れてしまった海外の模型会社で作られていた…プロペラ機のプラモデルだ!!

「はぁはぁ…ちいちゃん…こんな、こんな機会は無いんだよ?」

興奮に手を震わせた僕は、首を傾げるちいちゃんを見上げてよだれを垂らしながら言った。

「ま、まるちゃんが言ってた。箱も色あせてない…綺麗なまんまの姿だって…!!レアだ!レアなプラモデルだぁ!」

「春ちゃんをおびき出す為の…手口だな…はぁ。」

模型屋のドアに手を掛けた僕は、恐る恐る引き戸を開いて中に入った。

よくある模型屋よりもこぎれいに整理整頓された店内は、天井までプラモデルの箱が積まれている事もなく、かび臭い事も無かった。

見渡しの良い店内は、すぐに店主の顔を見る事が出来た。

「あ~!まるちゃぁん!」

「ふふ、春ちゃん…来たの…?」

店番のお手伝いをしていたのか…レジの奥に腰かけたまるちゃんは、僕を見てクスクス笑った。やけに板に付いたそんな彼の姿に目じりを下げた僕は、ケラケラ笑って言った。

「来た~!来たの~!」

店内を見回した僕は、陳列された宝の山の様なプラモデルの箱に、すっかり舞い上がった。

お城のプラモデルに…船、飛行機…戦車、ジオラマの材料に、ニッパーなどの工具…入門編の様に隅に置かれた…少量のガンプラと、SDガンダム…

本格的じゃないかぁ~~!


「きゃ~~~~!」


「な、なんだよっ!」

奇声を上げて大喜びする僕に、隣のちいちゃんが驚いて首を傾げた。しかし、僕は、そんな彼の事なんて構っていられない…!!

だって…目の前に、ずっと欲しかった…プラモデルを発見してしまったんだ!!

「こ、これはぁ…!!1/24 ホーカータイフーンMk.1Bじゃないかぁっ!!」

「お目が高いね!」

合いの手を入れる様にそう言ったまるちゃんは、レジのカウンターを出て僕の隣にやって来た。そして、1/24 ホーカータイフーンMk.1Bの箱を開いて、パーツを少しだけ見せてくれた。

「はぁはぁ…はぁはぁ…こ、興奮するっ!!」

「ふふ…だろ?ここなんて、凄い細かいよ…?」

焦らす様にそう言ったまるちゃんは、僕にパーツの袋を見せてニヤニヤ笑った。そんな彼の手元を見つめたまま…僕は、極まって言った。

「はぁはぁ…!!あっああ!!つ、つ、作りたいぃ!!」

「あはは…駄目だなぁ~。これは、お高い商品なんだよ。春ちゃんなら分かるだろ?これは、お高い商品なんだぁ~。残念だね?バイバイ…春ちゃん…僕は、箱の中に戻るよ…!バイバイ…!」


な、なんてこったぁ~~~~!!


完成サイズ…約50センチにもなる…大型のプロペラ機のプラモデル…!金属のエッジングパーツが主流になった昨今!これでもか…!と言わんばかりにプラのパーツのみで、細部を再現させた…ザ・プラモデル…と、呼んでも過言では無い…イギリスの老舗メーカーが、気合を見せた…そんなプラモデルなんだぁ!

「あぁ…あぁあああ…!」

「バイバイ…!」

やけに嬉しそうにニヤけるまるちゃんは…意外と意地悪な心を持った男なのかもしれない…。

そんな思いを抱きながらジト目でまるちゃんを睨みつけた僕は、彼がそっとしまう1/24 ホーカータイフーンMk.1Bを目で追いかけたまま…自分のお財布の中を覗き見た…。

…僕の財布の中には、¥5,000。このプラモデルは…¥30,000…。

「残りは…体で支払うよ。」

まるちゃんの腕を掴んだ僕は、顔を歪める彼を見上げてそう言った。

このプラモデルは…そんじょそこらの気合では作り切れない。きっと…完成まで、1年はかかる様な代物だ…。ひとつのプラモデルが、1,600だとする。1年間で、僕はそれを5つは作る。中には…¥3,000台のプラモデルもあるかもしれない…それらを加味しても…


¥30,000は…高すぎる…!!


「くそっ!くっそ~~!」

地団駄を踏んで悔しがる僕を、まるちゃんはケラケラ笑いながら見た。そんな中、ちいちゃんはお城のプラモデルを僕に見せて言った。

「春ちゃん、お城でも作ったらいいじゃん…?俺、名古屋城が欲しいよ。作らないけど…しゃちほこだけ欲しい!」


嫌だ…それは、老後の楽しみに取ってあるんだ…!!

ちいちゃんに首を横に振った僕は、レジの中に戻ったまるちゃんに口を尖らせて言った。

「…例のあれ、下さい…」

「あれ?良いよ。春ちゃんの為に取っておいたからね?」

随分ご機嫌なまるちゃんは、カウンターの下からひとつのプラモデルの箱を出して、カウンターの上に置いた。

「これは、エッジングパーツを買っていく…?昔のだから、ディティールがそんなに細かくないよ。後付けしないと映えないかもしれないね。」

僕の顔を覗き込んだまるちゃんが、そう言った。でも、僕は首を横に振ってこう答えた。

「良いの…この姿のまま、完成させたいんだ。」

古いプラモデルの金型は…前にも言った通り、造形師が制作した物を元に起こされている。だから、今のプラモデルと比べると、細かなディティールの質が落ちる上に…金型を製作した造形師の特徴が如実に出るんだ。

でも、僕は…それをそのまま…作る事が好き。

不格好だろうが、アバウトだろうが…その当時、これを作った子供と、同じ気持ちになれるから…そのまま作る事が好きなんだ。


「へえ…通な楽しみ方をするね…?」


そんな声と共に現れたのは、まるちゃんにそっくりの彼のお父さんだ。

「あ、あわあわ…あ…あぁ…ゴクリ…」

「こんにちは。今日もいい天気ですね?って言ってる…」

クスクス笑ったまるちゃんが、僕を見て優しく微笑む彼にそっくりのお父さんにそう言った。すると、まるちゃんのお父さんは、僕の頭をナデナデしてこう言ってくれた。

「春ちゃんが常連さんになってくれたら良いのにね…?」


はぁ~~~~~~~?!


「あ…あわあわ…あ、っと…そ…の…あぁ…ゴクリ…」

「僕にあのプラモデルをタダでくれるなら、なっても良いですよって…言ってますね。」

僕の顔を覗き込んだちいちゃんが、そう言った。

すると、まるちゃんのお父さんはケラケラ笑って首を傾げた。

「何が欲しかったの…?」

「1/24 ホーカータイフーンMk.1Bだって…」

まるちゃんの言葉に唸り声をあげたまるちゃんのお父さんは、僕の頭をナデナデしながら、顔を覗き込んでこう言った。

「あぁ~~!お目が高いな!その上…値段も高い!ははは!春ちゃん、お小遣いを溜めて、またおいで?」


くそっ!

くそっ!!


タダで貰おうなんて思って無い…。

ただ、ちょっと…ちょっとだけ、期待しちゃったんだ!

彼らは僕を焦らして遊ぶ…趣味の悪い、模型屋の親子だ!


お目当てのレアのプラモデルを手に入れた僕は…背中を丸めたまま、まるちゃんの模型屋を出た…

「あれが良かったの…?」

僕の顔を覗き込んでくるちいちゃんを見上げて、僕はコクリと頷いて言った。

「これはこれで楽しいんだよ…?でも、あれは…別格なんだ。スケールを下げる事で、細かなパーツを全てプラで作った。それは…ある意味、老舗のプラモデル屋の威信をかけた作品なんだ。エッジングパーツなんかに頼らなくても、俺たちはここまで再現出来るんだって…そんな、プライドを感じる、作品なんだ…!それを感じながら、作品を組み立てていくのは…ある意味、そんな志へのリスペクトさ。」

「ふぅん…」

興味なさげにそう言ったちいちゃんは、僕の手を握ってテクテクと歩き始めた。

いつの間にか…いつもの帰り道に戻った僕たちは、他の生徒たちと一緒に駅へ向かった。


「千秋せんぱ~い!」


そんな元気な鼻声と共に、清純を極めた見た目の女の子が現れた。

よく、RPGのゲームであるでしょ…?

敵と遭遇する…“エンカウント”ってやつ。

ちいちゃんと居ると、呪いの装備でも付けてしまったかの様に、そのエンカウント率が高くなるんだ。

3歩歩くとすぐに敵と会ってしまう…

そんな、ゲーム…投げ出したくならない…?

「…も、やだ!」

僕はすぐにそう言ってそっぽを向いた。

すると、慌てたちいちゃんは女の子に塩対応して追い払った。そして、眉を下げて、にっこり笑いながら僕の顔を覗き込んで言った。

「も、もう、居なくなったよ…?」


はぁ…


イケメンの隣に居るのは、うんざりする。

まるちゃんもイケメンだよ?でも、彼にはこんなに人は集まって来ない。せいぜい、木の影からジト目で見つめて来る…陰キャの女子の視線を感じるだけだ。

類は友を呼ぶって言葉通り…行動派のちいちゃんには…行動派の女子が集まって来るみたいだ。


「ちいちゃんが僕とお付き合いしてるって知ってるのに、声を掛けてくるなんて…太てぇやつだね?」

そんな僕の言葉なんて聞いていないちいちゃんは、満面の笑顔で僕に言った。

「そうだ。春ちゃん?今度さ…どこか行こう?そうだな…温泉辺りはどうかな?」


え…?

温泉…?!


ちいちゃんの言葉に目を輝かせた僕は、彼を見上げて頷いて言った。

「良いね!温泉!」

僕は、温泉が大好き…

まったりと…のんびりと過ごせる、至福な時間…それが、温泉だ。

締め切り前の文豪の様に、僕は、プラモデルを抱えて温泉宿に連泊してみたい。好きな事をして…少し疲れたら温泉に入れるなんて…最高じゃないか!


鼻の下を伸ばした僕は、ちいちゃんを見上げながらデレデレと言った。

「どこら辺の温泉が良いかな…?」

すると、彼は、クスクス笑ってこう答えた。

「…そうだな、鬼怒川辺りはどう…?」


鬼怒川…悪くない。


それは、よく、ちいちゃんの家族と、僕の家族で行った温泉地だ。

毎回、それぞれの家族で2部屋取るのに、いつの間にか…その編成は家族単位から、男女単位に変わって行くんだ。

片方を女部屋…もう片方を男部屋なんて呼ぶ様になって…女部屋からはいつまでもお母さんたちの笑い声が聴こえて来た。

かたや男部屋では、父親同士が壮絶ないびき合戦を始めるんだ…。

そんな時、僕とちいちゃんはふたりで温泉に入ったり、卓球をしたり、ゲームセンターで遊ぶのがお決まりのパターンだ。

「じゃあ…お母さんに聞いてみるね!わぁ~い!鬼怒川、大好き~!」

ニコニコ笑顔になった僕は、鬼怒川温泉のトロみのあるお湯を思い出して、ムフムフと興奮しながらちいちゃんにそう言った。すると、彼は首を傾げてこう言ったんだ。


「は…?二人きりで行くんだよ…?」


はぁ~~~~?!


「えぇ…?二人きり?それって…楽しいのかな…?」

顔を歪めた僕は、手に持ったプラモデルのパッケージを袋越しに覗き込みながらそう言った。

はぁ…早く作りたいな…

「楽しいよ?だって…俺たちはカップルだからね?」

「ふぅん…」

カップルは何でも楽しい…

それは、まるちゃんとデートに行った時に感じたドキドキを思い出せば、容易に想像がつく物の筈なのに…僕は、ちいちゃんに対して、そんなドキドキを未だに感じられずにいた。

きっと…ずっと…傍にいたせいだ…。

新鮮味も無ければ、意外な発見も無い…そんな彼とデートをして、胸がときめくのだろうか…

逆にだ。

ちいちゃんは、僕とデートをして…同じ様に感じないのか…?と、疑問に思わずにいられない。


まるちゃん…

ふと、彼の意地悪に笑った顔を思い出した僕は、後ろ髪を引かれるような気持ちになって…後ろを振り返った。


…僕が温泉好きだなんて前情報を入れていなかったせいか…まるちゃんはジオラマの中の僕を、すぐに見つける事が出来なかった…


「歩くのが嫌いなんだ!」

「へ?そうなの…?じゃあ…車かなぁ…?」

「ん、ち~がう~!電車で来たの。僕は…電車の旅が好きなんだ~!ガッタンゴットン…陰キャを舐めるなよっ!どこまでも行くんだからっ!」

2日目の文化祭が終わった後…大まかな片付けを済ませた模型部は、早々に解散した。残った僕とまるちゃんは、ジオラマを一緒に眺めて、彼が僕を探すのを待っていたんだ。

でも、いつまで経っても見つけられないまるちゃんに、僕のヤキモキはあっという間に全開になった。

彼の大きな背中によじ登った僕は、まるちゃんの顔を両手で挟んで、ロープウェイ乗り場に強制的に向けたんだ。

そうしたら…やっと、彼は僕を見つける事が出来た。


「あ~、いたいた!実物より背を高くしてるから…分からなかったんだ!」

そんなまるちゃんの言葉なんて、僕は鼻で笑ってやったさ。

そして、まるちゃんにおんぶされながら、僕はがっくりと項垂れたんだ。


「昨日…ちいちゃんに告白されて、付き合ってくださいって言われた…」

唐突に、僕は、大きな背中にそう言った。すると、まるちゃんは静かにこう答えた。

「知ってる…」

「僕は…良いよって、言ったんだ…」

「知ってる…」


何でも知ってるまるちゃんの背中に顔を埋めた僕は、鼻をグスグスさせて言った。

「…まるちゃんの事を好きな僕でも良い?って聞いたら、良いよって答えたのは…知ってる?」

そんな僕の言葉に押し黙ったまるちゃんは、首を傾げてこう言った。


「それは…知らなかった…」


「なぁんだ…誰から情報で知ったの…?大事な詳細が抜けてるじゃん…」

クスクス笑った僕は、まるちゃんのツーブロックを指で撫でてじゃりじゃりさせた。すると、まるちゃんは呆れた様に首を横に振って、クスクス笑った。


「じゃあ…春ちゃんは、これ、知ってる…?」


彼はそう言うと、僕をおんぶしたままジオラマをぐるりと回り始めた。

「…千秋先輩に聞いたんだ。春ちゃんの事、好きなのかって…。そうしたら、先輩は…ずっと前から好きだったって答えた。」

「知ってる…」

「俺は…だったら、身を引きますって言った…」


え…?


「し、知らなかった…」


大きなまるちゃんの背中で顔を起こした僕は、彼の肩に掴まって後ろから顔を覗き込ませた。そして、ぼんやりとジオラマを見下ろす彼を見つめながら、聞いてみた。

「だ…だから、お友達以上…恋人未満になったの…?」

まるちゃんはそんな僕の問いに、表情を変えないでこう言った。

「そうだよ…春ちゃん。」


はぁ~~~~~?!


「ちいちゃんは…どうも、不都合な事実を隠す傾向にあるね…?」

まるちゃんの背中に再び顔を付けた僕は、ため息を吐いてそう言った。すると、まるちゃんは僕を背中から下ろして言った。

「それだけ…必死なんだと思った…。」


え…?


首を傾げて彼の背中を見つめていると、まるちゃんは寂しそうに眉を下げてこう言った。

「それだけ…ずっと、言えずに来たんだなって、思った…」


ちいちゃんの長年の思いを知ったまるちゃんは…僕を本命から外した。

そして…プラモ好きの、可愛い、年上の、色っぽくて、セクシーな友達…というポジションに追いやった。


それでも、僕は…そんな彼を、未だに…好きでいる…

笑顔が可愛い、僕の…まるちゃん。

君といると、僕は少しだけ強くなれて…理性を失ってメロメロになるんだ。


あまりにも近すぎたせいか…あまりにも、長年、隠して思い過ぎたせいか…そんな感情を、僕はちいちゃんに見出せずにいる。

今更…

なんて言葉が、僕を素直にさせないでいるのかな…


それとも…


「春ちゃん、そこ、危ないから…こっちにおいで?」

こんな風に、電車の中で、ちいちゃんに腰を触られたって…グイっと力強く体を動かされたって、ドキッとするどころか…胸キュンする事もない。


ちいちゃんに、慣れ過ぎてるのかな…?

それとも…

彼の事を、そんなに好きではなかったのかな。


付き合うなんてパブリックな関係よりも、隠れてコソコソと羨望の眼差しを向けている方が、良かったのかな…?


「ちいちゃん…?僕は、君に胸キュンしないんだ…。まるちゃんには爆死するくらいキュンキュンしたのに…。君にはしない。」

僕の肩に顎を乗せたちいちゃんを振り返って、僕は、彼にそう言った。

すると、彼は首を傾げながらこう言った…

「へぇ…」


へぇ…だって。


これが付き合い始めのカップルの会話なの…?!

もっと、キュンキュンして…カァァァ!ってなって、お前、面白れぇ奴だなって言われて、ん、もう!ばっかぁん!ってなるのが…初々しいカップルなんじゃないの?!

眉間にしわを寄せた僕は、目の前の窓に映る外の景色と、反射して見えるちいちゃんの顔を交互に見つめて唇を噛み締めた。

彼は、いつもと変わらない…そんな顔をしてる。

つまらなそうでも、楽しそうでもない…気の抜けた様な、だらしない顔だ。

僕の目の前の椅子に腰かけた男女のカップルは、さっきから、繋いだ手をこれ見よがしに見せつけて来るというのに…

デレデレと鼻の下を伸ばして、お互いの長所を褒め合って…少しだけ怒ってみたり、じゃれて見たり、イチャイチャと…イチャイチャと…乳繰り合いを繰り広げているというのに…

僕たちは、まるで…長年連れ添った夫婦の様に、ぼんやりしてる。


もっと…ちいちゃんと、キュンキュンしてみたい…


そう思い立った僕は、背中の彼を少しだけ振り返って…こう言った。


「ち、ちいちゃぁん…ギュってしてぇん!」


「ぐほっ!」

瞬時に反応したのは、目の前のカップルだ。

突然目の前で男子高生がなより出したんだ…動揺するのも仕方が無いさ。

ちいちゃんは、というと…脱力した顔のまま首を傾げて、へらへら笑うばかりだった…

ちっ!

しびれを切らした僕は、吊革に掴まった彼の手をむんずと掴んで、自分の体に巻き付け始めた。

「…こうして…ここを、こうして…」

されるがままのちいちゃんの腕を自分の体に巻きつけた僕は、彼を振り返りながらお色気むんむんにこう言った。

「あっはぁ~ん!ち、ちいちゃぁ~ん!」


「ぐほっ!」

思いきり吹き出したカップルの女の子は、鼻から大量の鼻水を噴出した。きっと、100年の恋も冷める…そんな瞬間だ。

「…真紀ちゃん、駄目…見ちゃ駄目だよ…」

「だって…だってぇ…!!誠くぅん!!」

そんなひそひそ声に聞き耳を立てて、僕は満足げに顔をあげた。

どうだ…破廉恥だろ?カップルらしいだろ?ふふん!

そして、髪の毛にちいちゃんの鼻息が当たるのを感じながら、窓に反射した彼の様子を伺った。


はっ…!!


窓に映ったちいちゃんは、さっきまでの死人の様な顔を止めて、鼻の下を伸ばしてデレデレになっていた。そんな彼の顔を見た瞬間、僕は、急に恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして俯いた。


「ん…やぁだぁ…やめてよぉ…!」

自分で巻きつけた癖に、僕は体を捩りながらちいちゃんの腕を払おうとした。すると、ちいちゃんは鼻息を僕の首に当てて言った。

「なぁんだよぉ!春ちゃんから…は、春ちゃんから、言って来たんだろぉ…!」

確かにそうなんだ。


しかし…いや、しかし…!

君の興奮は、どうかと思うよ…?


僕の胸に手を当てたちいちゃんは、無い物を探す様に…わさわさと手のひらを動かし始めた。それと同時に、僕の腰を腕で締め付けて、自分の股間へと引き寄せたのだ。

「はぁ…はぁあん!らっめぇん…!はぁはぁ…ちいちゃぁん…やぁなのぉ!」

「なぁにが嫌なんだよ…」


目の前で体を捩る男子高生は…どんなんだい…?


そんな余裕のある質問なんて、僕は目の前のカップルに投げかけらずにいる。だって、異様に興奮したちいちゃんが…おかしいんだ!

それは、まるで…僕が1/24 ホーカータイフーンMk.1Bを発見した時と同じくらいの気分の高まりを、体中から放出しているんだ…!

誰にも止められない…そんな言葉がピッタリのちいちゃんは、僕の体を撫でまわしながら、僕の首に舌を這わせ始めた。


…こ、これは…通報案件だぁ!


「あぁ…!だ、だめぇ…ん…」

「はぁはぁ…はぁはぁ…春ちゃぁん…!」

ちいちゃんは…僕の予想をはるかに上回った、どスケベだった…


逃げる様に電車を降りた僕は、彼に脱がされかけたシャツを両手で直しながらホームを走った。


ヤバい…ヤバい…!!リミッターが外れているっ!!

ちいちゃんは…野獣だ!


「春ちゃ~ん!待ってよ~~!」


そんな陽気な声とは裏腹に、振り返って確認したちいちゃんの目つきは、ギラギラしていた。


ヤバい!!

すぐに体を返した僕は、人混みをかき分ける様に前へ前へと進んだ。


昔、お父さんが教えてくれた…

グリム童話、赤ずきんの中に出て来る“狼”は、女の人を虎視眈々と狙う男を比喩してる。あれよこれよと口説き文句を言って、隙あらば美味しく頂いてしまうんだって…。

…そして、狼の絵を引っ叩きながら、僕を見つめて、こう言ったんだ。

「春ちゃんは、こんな風になったら駄目だよ…?」


どうしてこんな話を、今、思い出したのかは分からない…ただ、息を切らしながら逃げる自分が…そんな赤ずきんと被って見えたのかもしれない。


ちょっとふざけてお色気作戦をしただけなんだ…!

こんな事になるなんて…思ってなかったんだ…!!


きっと、僕のにじみ出てくる淫乱な色気が…彼を変えてしまった。


狼に…変えてしまったんだぁ!!



改札を出た僕は、そのままちいちゃんを振り切って家まで小走りした。


ヤバい…ヤバい…!!


「春ちゃ~ん!どうしたんだよ~!あ~はっはっは!随分、早く先に行っちゃって~!」

マンションの廊下は…道路から丸見えなんだ。

廊下を小走りに入って家へ向かう途中…後から戻って来たちいちゃんは、下から僕を見上げてケラケラ笑ってそう言った。


「はぁはぁ…はぁはぁ…と、と、ととととトイレに行きたかったんだぁ~~!」

鉄の味がする喉をゼェゼェ鳴らしながら、僕は階下のちいちゃんにそう言った。

本当は…違うけど、そう言った。

すると、さっきまでそこに居た筈の彼の姿が、見えなくなっていた…。


あれ…?


「あ~はっはっは!」

ちいちゃんの笑い声が…突然、外階段から響いて聞こえて来た…その瞬間、僕は焦って、自宅のカギを手から落としてしまった。


や、ヤバい…!!

は、早く…!早く!安全な家の中に逃げなくてはっ!!


「あ~はっはっは!」


確実に近づいて来るちいちゃんの笑い声を耳に聴きながら、僕は自宅のカギを拾い上げて、玄関へ走って向かった。

「…早く…早く…!!」


僕は赤ずきんちゃんだ。今…狼に追いかけられている。

その狼は、赤ずきんちゃんのスカートからチラリした生足に興奮して、発情したみたいにおかしくなっている。

つまり、掴まったら…何をされるか、分かったもんじゃないんだ。


…元はと言えば、赤ずきんちゃんが挑発した事。


だからこそ、僕は…一度ゆっくりと考えないといけない。


なぜ、あんな事を吹っ掛けたのか…

自問自答をする必要があるんだ。


それなのに…


ちいちゃんの不気味な笑い声の圧のせいか…鍵を持つ手が震えて、上手く家の鍵を鍵穴に差し込めないでいる…!!


「あぁあああ!!もう!早くぅ…!!」


「…春ちゃん、まだ、家に入れないでいるの…?」

ギクリ…


僕の真後ろから…ちいちゃんの声が聞こえた。


一巻の終わり…なのか…?!


「う…うん。なんだか、しばれちゃったのかな…自分、不器用な…男ですからぁ…あはは…あははは!」

振り返りもしないで、僕は後ろのちいちゃんに、不自然にぽっぽ屋をした…

僕の体はガチガチになった。

顔は玄関しか見つめていないにも関わらず、ぎこちなく引き攣った笑顔を浮かべてるんだ…


…バン!

すると、背後から伸びて来たちいちゃんの腕が、僕の自宅の玄関をうるさく叩きながら壁ドンした。

「はっ…?!」

動揺した僕は、再び鍵を下に落とした。


「春ちゃん…ねえ、もっかい…言ってよ…。さっきの…」

そっと背中を覆われた僕は、彼の息遣いと、体温を体中で感じて…フルフルと唇を震わせた…

「な…な、何を…?」

首にかかる鼻息を感じながら、震える声でそう尋ねると、ちいちゃんは僕の耳元でクスクス笑いながら言った。

「…あっはぁ~ん!って…もっかい言ってよ…」


あかん…!


ちいちゃんは電車の中で、僕の胸をまさぐった…

シャツの上からじゃない。

ボタンを少し外されて…手を入れられて…直で撫でられたんだ…

その時、彼はオッタッティしていた。

そして、乳首を触られた僕も…また、彼同様…オッタッティしてしまったのだ。


破廉恥だろっ!!


「んん…!や、やぁだぁ!」

「なぁんで!もっかい言ってよ!今日の晩御飯にするからっ!!」


…それを言うなら…“おかず”だ!!


体を捩って嫌がった僕は、再びちいちゃんの股間がオッタッティし始める様子を足で感じて、必死に彼を振り返って言った。

「駄目ぇ!何するか…分かんないけど、と、とりあえず…駄目ぇ!」

「はは…何もしないよ…?」

そう言って笑ったちいちゃんの目は…ギラギラしていて、信用に値しなかった。


僕の背中を抱き抱えたちいちゃんは、器用に僕を自分の家の前へと引きずって連れて行った。

足が浮いてしまった僕は…体を捩るしか、抵抗が出来なかったんだ…


「ん、おかあさぁん!…た、助けてぇ…!」


そんなSOSも虚しく…僕はちいちゃんの家に…

いいや…

彼の巣に…連れ込まれた。


「なぁんだぁ!や、やぁだぁ!」

「あ~はっはっは!あっはぁ~ん!って言ってくれたら…解放してあげる!」

嬉々と笑ったちいちゃんは、自分のベッドに僕を放り投げて仁王立ちしてそう言った。

そんな、彼の股間は、既に…アルデンテを超えて…ギンギンのオッタッティになっていた。


あり得ない!!


「…ば、ばっかぁん!!ちいちゃんの、ばっかぁん!」

僕は、彼の枕を手に持って振り回しながら全力で抵抗した!…もちろん、拳で!!

「はは…!可愛い!春ちゃん!」

ちいちゃんはいとも簡単にそんな僕の両手を掴んで、そのまま、ベッドに組み敷いた。


圧倒的じゃないか…わが軍は…

そんな、どこかの…長男のセリフが…頭の中で聴こえた。


「だ…駄目ぇ!言うからぁ…言うからぁ!!」

半泣きになった僕は、首を横に振りながらちいちゃんにそう言った。


「…ほんと?」


首を傾げたちいちゃんは、意地悪に口元を緩めて笑った。


「…ほんと…」

半泣きになった僕は、ちいちゃんを見上げたまま頷いて言った。


「…あ、あ、あッはぁ~ん…」


屈辱だ…


敢えて言おう…カスであると…

縋らせてくれ、こんな有名なセリフに…縋らせてくれっ!!

僕は、ガンダムより…ズゴックが好き。

だって…可愛いじゃないか…

でも、もっと好きなのは…パトレイバーの、クラブマンだ。

あれは…秀逸だ。


「…可愛い。」

うっとりとそう言ったちいちゃんは、僕の体に覆い被さって…首に顔を埋めた。

「んぁあ!やめてぇ…!」


やらせはせんぞ!やらせはせんっ!!


逃げ場のなくなった僕は、必死にザビ家に縋った…

彼らの不屈の精神を見習って…この重たくて、ビクともしない、屈強な男の体を両手で突っぱねて押し退けた。


「なぁんで…春ちゃんだって…感じてるじゃないか…」


はぁ…?!


顔を赤くしながら破廉恥な事を言ったちいちゃんを睨みつけた僕は、彼の視線の先を目で追って、自分のオッタッティした股間を見つめた。

そして、抗えない本能に…僕は脱力して、天を仰いだ…


「あぁ…何てこったぁ…」


ポツリとそう呟いて顔を両手で覆った僕に、ちいちゃんは容赦なく覆い被さって来た。

首元に顔を埋められた僕は、彼の吐息を、肌と耳で感じながら…抵抗する事を止めて、受け入れた。


我々がしなければならなかったのは…戦う事じゃない、愛し合う事だったんだ…

そんな、戦闘機乗りの…言葉に、縋ったんだ。


ちいちゃん…幼馴染の君と、こんな風になるなんて、僕は思いもしなかった。



突然訪れた僕の喪失は…彼が言うには、まだ、途中の段階だそうだ。

最終的には、僕のお尻の穴に、彼のオッタッティしたモノを入れるんだそうだ。

信じられない…!!


「随分遅くに帰って来て…随分スッキリした顔をして…春ちゃん、何してた…?」

家に帰った僕は、1番に風呂に入った。

汗だくになってしまった体を、性に汚れた体を、いち早く綺麗にしたかったんだ…

ダイニングテーブルに今日の晩御飯を用意しながら、お母さんが僕を上目遣いに見てそう言った…

だから、僕は…いつもの様に、こう言って誤魔化した。

「えぇ…?そ、そっかなぁ~…?」

「怪しいな…」

ポツリとそう言ったお母さんは、まるで刑事ドラマの中の俳優さんみたいに、僕をジト目で見つめ続けた。


あぁ…ちいちゃんったら、あんな顔をするのか…


ふと、思い出す…彼のあの時の表情に、僕はデレデレになってひとりで笑った。

「ぐ、ぐへへ…」

「何した?!春ちゃん!」

僕の様子を瞬時に察したお母さんは、前のめりになって食い気味に聞いて来た。

だから、僕は顔をそらしてトボけて言った…

「…な、何でも無いよ…」


あぁ…お母さん。

僕は、生まれて初めて…自分の大事な所を、他人に触らせたかもしれない。


それは、とっても…恥ずかしかった。


けど、ちいちゃんだったからかな…そんなに、嫌じゃなかった。

「ぐ、ぐへへ…!」

ニタニタ笑いながらご飯を食べる僕を見て、お母さんは、顔を歪めて吐き捨てる様に言った。


「はっ!春ちゃんはキモイな!ね~?なっちゃん?!」

「春は、昔から結構キモイ!」

こんな、女二人の口撃なんて…僕は、気にならなかった。

ただ、彼が触れてくれた自分の体が…妙に、特別に感じて…それがとっても、嬉しかった。



「ちいちゃん…」

自室にこもった僕は、彼の部屋と隣り合わせになった自分の部屋の壁を、そっと手のひらで、撫でた。

そして、そのままベッドに寝転がって…まるで、彼に寄り添うみたいに…壁に体をくっつけて眠った。



次の日の放課後…

大きな戦いを終えた模型部は、すっかり燃え尽き症候群を起こしていた。

伊集院くんは、部室に来るなり、百合物の漫画を読み漁って…後藤くんは、連結履帯なんてもう見たくない!と吐き捨てて、アニメージュを読んでる。1年生たちは、塾の話に花を咲かせて…南條くんは、ひたすらべったら漬けを食べている…

僕の無理を聞いたせいで、夏休みの大半を…結局、模型部へと費やしてしまった陣内くんは…休養のため、長期のお休みを取ってる。

まぁ、これは…仕方ない事だね。彼は、確かに、働き過ぎだった…

僕は…昨日、まるちゃんの模型屋で買ったばかりの、レア物のプラモデルをランナーから外していた。

古いせいか…少しばかり反りを見せるプラスチックの部品に眉を顰めながら、僕は慎重にニッパーを運んだ。

そんな中…べったら漬けの在庫を切らした南條くんが、おもむろに席を立った。そして、お財布を手に取りながらこう聞いて来た。

「あぁ…春ちゃん?ちょっくら、スーパーに行ってくっかな…?!なんか、ついでに買って来て欲しいもんあっぺか…?」


買って来て欲しい物…?それは…


僕はニッパーから手を離して、南條くんを見上げてこう言った。

「じゃ、じゃあ…まるちゃんの模型屋に行って…1/24 ホーカータイフーンMk.1Bを買って来てよ。」

「馬鹿こくでねっ!いぐらすっと思ってんだぁ!」

だよね…

首を傾げた僕は、背中を丸めてしょぼくれて言った。

「…チョコもなかジャンボ…」

「じゃあ、俺は、ガリガリ君!」

「南條先輩!僕たちは、ホームランバーで良いです!ごちそう様です!」

「南條氏!それがしは…シロクマが食べたいでござる!」

みんなの注文を受け付けた南條くんは、部屋を後にする時…こう言ってった。

「後で、清算すっぺな…。手間賃分、上乗せすっから…よろしくどうぞ!」


はぁあ!…全く!商売慣れしてる!!


「昔の商人って…きっと、あんな感じだよね…」


僕が、手元のランナーをニッパーで切断しながらそう言うと、その場にいた皆は、視線も上げないまま…無言で、コクリと頷いた。


パチン…パチン…


「ふふ…良い音だな…」

目の前の後藤くんが、僕のニッパーの音を聞きながら、クスクス笑ってそう言った。

ふふ…これは、プラモデル好きあるあるだ…

超大作を作った後なんかは、大抵みんな抜け殻の様になってしまう…

でも、目の前で、誰かが、何かを、作り始めると…体がウズウズして来ちゃうんだ。

自分も、また、何かを作りたいな~なんて…再び、欲が出て来ちゃう。


これだから、プラモデルは…止められない!!


「次は…何にしようか…?後藤くん。」

クスクス笑いながら僕がそう尋ねると、彼は首をひねりながらこう言った。

「ブラックホーク…」


おぉ…!!


「まじかぁ…!!」

それは…アメリカの汎用ヘリコプター。よく映画で見るだろ…?兵を最前線へ運んだり…最前線から撤退したりする時に乗るヘリコプターだ。

機関銃や、マシンガンを搭載できる…格好良くって強いヘリコプターなんだ!!

「良いねえ!仕上げの色はどうするんだい?迷彩かい?それとも…マットかい?」

体を乗り出した僕は、アニメージュ越しに後藤くんを見つめて、目を輝かせた。すると、彼はニヤリと口元を上げてこう言ったんだ。

「黒の…半艶だ!」


そ、それは…カッコいいじゃないかぁ!!


「ふぉ~~!良いねえ!良いねえ!」

「春先輩?僕は、チヌークを…作ろうと思ってるんですよ!」

なんと!あの、Nゲージ教の1年生の子が、そう言ってケラケラ笑った。

驚いて目を見開いた僕は、今度は1年生に食い気味に体を伸ばして言った。

「チヌークは…僕の一番大好きな輸送機だぁ…!はぁはぁ…!!」

自衛隊で使われているチヌークは、たまに上空を飛んでいる事がある。

…その音が聞こえた瞬間、僕は、じっと空を見上げて、彼が頭上を通り過ぎて行くまで、見送ってしまうくらい…大好きなんだ。

「…まさか、Nゲージ大好きな君が、プラモデルに手を出すとは、思わなかったよ!」

そんな僕の言葉に首を傾げた1年生は、もじもじと恥ずかしがりながらこう言った。

「…文化祭でジオラマを作って…僕の中に、新しい風が吹いたんです…」


はぁ~~~~!!


「はぁはぁ…そ、そうかぁ!!よ、良かったじゃないかぁ!!」

いちいち泣いてばかりの僕は、最近、泣くとウザがられている…だから、必死に涙を堪えて、ゲラゲラ笑いながらそう言ってみせた。

でも、本当は…大泣きするくらい、嬉しいんだ。

確かに吹いた新しい風を目の当たりにして…僕は、非常に感動している…!!

「はぁはぁ…!うんうん…はぁはぁ…うんうん…!!」


「は、春ちゃぁ~~ん!!」

「な、なんだぁ!!」

廊下を駆け抜ける足音と共に、南條くんが部室のドアを思いきり開いて、こう言った。


「た、大変だぁ!!陣内くんが…!陣内くんが、公開処刑されてるっぺ!!」


な、何だってぇ…?!


「ど、どういう事だい…?!」

首を傾げる僕を見下ろした南條くんは、いきり立った様子で僕の腕を掴んで…思い切り走り始めた。


公開処刑…

そんな、物騒な言葉から、僕が連想するのは、中世ヨーロッパのギロチンだ…

「ちょっと…南條くん、もっと…もっと、詳しく教えてよっ!」

「見だ方が、はえぇ!」

眉を思いきり上に上げた南條くんは、奥歯を噛み締めながらそう言った。

いつも、半開きの瞼で、ぼんやりとべったら漬けを食べている彼が、こんな剣幕になるなんて…ある意味、始めて見るかもしれない…

そう思った僕は、彼と一緒に黙って走った。

連れてこられたのは、体育館だった…


「はぁ…?!」

僕はその光景に…目を丸くして、ショックを受けた…

だって…彼女と思わしき女の子の目の前で、陣内くんが土下座をして…謝ってるんだ。


その時…思い出した。

「春ちゃん…夏休みは、彼女が…お祭りやデートに行きたいって言ってるんだ…」

そう言った彼に、僕はこう言った…

「じゃあ…陣内くんは出来る範囲でサポートしてよ…」

その…”出来る範囲“というあいまいな表現に甘えた僕は…彼の予定をことごとくキャンセルさせてしまった…

「は、春ちゃん…その日は…彼女が…」

「んぁあん!やぁだ!陣内くん?良いの?こんな調子じゃ…!ジオラマは出来ないよっ!僕の、僕の一世一代の大勝負なんだぁ!だから、手伝って…ね?ね?お願い…!」

そう言って、無理を言って駄々をこねた日々を思い出したんだ。


きっと…彼女は、自分との約束をおざなりにされた事を、怒ってるに違いない…!!


壇上の前で土下座をする陣内くんと…その目の前に立った…厳つい彼女…と、その取り巻きたち。それを通目で見ている…男バスのちいちゃんやまるちゃんたちは…一様に、同情する様に眉を下げていた。

「あんな格好悪い陣内くん、おら…見たくねえだ!」

そんな南條くんの切実な声に我に返った僕は、走って陣内くんに駆け寄った。

「春!今、行くなっ!」

ちいちゃんが慌てて止めたけど、僕は…こんなの黙って見てられないよ。


だって…僕が招いた…カップルの、緊急事態なんだから…!!


「じ、陣内くぅ~ん!」

「は、春ちゃん?!」

僕の登場に目を丸くして驚いた彼にスライディングした僕は、そのまま彼の彼女を見上げて言った。

「ご…ご、ごめんよ!!許してくれっ!君との予定をキャンセルした彼は、ほぼほぼ…僕と一緒に居たんだぁ!」

「はぁ~~?!」

どすの効いた腹から出る…そんな声を、陣内くんの彼女は出した。

それは、まるで水中の火山が吹き出す瞬間の様な…そんな鈍くて、重い音だ…

僕は、陣内くんの代わりに彼女に土下座して頭を下げたまま言った。

「陣内くんがいないと…駄目なんだぁ…!だから…だから、僕は…彼を諦める事が出来なかったぁ…!!あぁあああん!!ごめんよぉ~~!」


「…ほら、やっぱり、そうじゃん…!!」


「ち、違うって!!ヒカルちゃん!誤解だ!」

慌てた陣内くんを横目に見ながら僕はこう言った。

「彼の関節は最高なんだ…第2関節まで動かせる…そんな技を持ってる!」

「はぁ~~?!」

「はっ!は、春ちゃん…ちょ~っと黙っててもらえるかな…?ん?ん?」

目をガン開きにした陣内くんは、僕の両肩をガシッと力強く掴んでそう言った…だから、僕は、彼に抱き付いて言ったんだ。

「…なぁんで!なぁんでだよっ!!大事な人が…こんな目に遭ってるのに…僕は、黙ってる事なんて…出来ない!!」


「この!ホモ野郎っ!!あんたとは、もう、お終いよっ!!」


陣内くんの彼女…ヒカルちゃんはそう言って踵を返した…

ホモ野郎…?

陣内くんは、僕がキスしてって頼んだら、全力で拒絶していた。

だから、彼がホモ野郎な訳は…無いんだ!!


「ちょっと待ったぁ!!」


彼女の言葉に、僕の中の男が…目を覚ました。

「…君は、誤解してる…。僕は、陣内くんみたいに…骨の細い男は、好みじゃないんだ。」

ゆらりと立ち上がった僕は、こちらを見て騒然とする男子バスケットボール部のまるちゃんとちいちゃんを指さして言ってやった。

「僕はね…ああいうナイスバディが、好みなんだぁ…。ね?陣内くんと…違うだろ?」

「酷いなぁ!春ちゃん!それってどういう意味だよっ!」

そんな陣内くんの言葉なんて聞かないで、僕は、彼女を見つめてこう続けて言った。

「僕は…ジオラマ作りの為に陣内くんの貴重な夏休みを、浪費させてしまった…。それは、模型部の部長…この、僕の計画の甘さが招いた失態なんだ…。現実的で的確なアドバイスと、現場を仕切る能力…そして、彼に寄せられる信頼に…僕は、甘えてしまった!!」

唇を噛み締めた彼女を見つめながら、僕は、視線を陣内くんに移して、肩を落として言った。

「ごめんなさい…陣内くん。君の彼女を怒らせてしまったのは…僕だ…。無理を言って、模型部に、引き留めて…ごめんよおっ…!!お~いおいおい…お~いおいおい!!」

僕は、周りが引くくらい大泣きした。

そして、陣内くんの彼女の足に縋り付いて、渾身の懇願を込めて言ったんだ…

「ゆ、ゆ…許して…ちょんまげ…!」


「…わ、私は…別に…」

僕から目を逸らした彼女は、眉を一気に下げて陣内くんを横目に見た。そして、ため息をひとつ吐いて…鼻から息を抜きながらこう言った。

「…もと君…変な噂を信じて…ごめんね…」

「ふぁあ~ん!!ヒカルちゃん!!ぼ、僕の方こそっ!噂になる様な春ちゃんと、一緒に帰ったりしてごめんね?も、もう…二度と彼とは一緒に帰らないよっ!」


どういう事だ!!

鼻息を荒くして涙を拭っていると、事の顛末を聞いた南條くんが僕に教えてくれた。

「春ちゃん…。どうやら…春ちゃんが、陣内くんに、唇を尖らせてキスを迫ってる所を誰かが見たらしいんだっぺ。んで、こんな事態になったみたいだぁ…」


はん!


「僕は、まるちゃんにフラれた時、男にキスする事の難易度を図るために、確かに陣内くんにキスを迫った!しかし、彼は毅然と僕を傷付けながら拒絶したぞ!絶対に嫌だって…!拒絶したんだからな!」

あの時のショックを、僕は未だに根に持ってるんだからな!!

僕は、男らしく…堂々と胸を張ってそう言った。

すると、ヒカルちゃんは僕を横目に見てこう言った。

「もと君に、ちょっかい出さないでよね…!ビッチ!」


はぁ~~~~?!

「な、な、なぁんだと~~?!」

いきり立った僕を羽交い絞めにした南條くんは、そのままバックして僕を運び始めた。


「なぁんだ…。うちの春ちゃんが原因だったのかぁ…ヤレヤレだな。」

ちいちゃんは乾いた笑いを浮かべながら、ため息を吐いてそう言った…


確かに…彼女の怒りは、僕が原因だったみたいだ。

しかし、ビッチ呼ばわりされる程…僕は方々に手を出していないよ?


解せない…

そんな思いを抱えながら、僕は南條くんに引きずられて体育館を後にした。


「チョコもなかジャンボは溶けちまったな…」

部室に戻った僕に、南條くんはそう言いながらクタクタになったチョコもなかジャンボを手渡した。

何事かと心配していたみんなに、事の顛末を伝えた僕は、溶けたチョコもなかジャンボを必死に啜って食べるのであった…


「ねえ…やっぱり、僕って、まるちゃんも、ちいちゃんも好きだなんて言っちゃう淫乱だから…。こう…色気が溢れて出てて…そんな要らない誤解を、招いてしまうのかな…?」

自分の色気に…ほとほと疲れてしまうよ…

ため息を吐きながら僕がそう言うと、目の前の後藤くんは、食べ終えたガリガリ君の棒を僕に向けてこう言った。

「春ちゃんに色気があるって言うのなら、それは、もう、世も末だ。だって、君はゴリゴリのオタクだからね…。」

「そうでござるね…本人の希望と、他人からの評価とは、いつも少しばかり乖離する物があるでござる…。もし、春氏が“色っぽい”なんて属性に属したいんであれば…すぐに、模型部なんてやめるべきでござるよ…クスクス。」

伊集院くんはシロクマを食べながら、悠々とそう語った…


どういう事だ!


「春先輩…先輩が、あの…そうだな…ええっと…ニッパーでランナーを切って、より目になってる時は、少し…セクシーですよ?」

僕は、年下の1年生の男子に…気を遣わせてしまった様だ…



定時に終わった模型部は早々に解散した。

そんな中…僕は彼氏のちいちゃんを迎えに、体育館へと向かった。

キュッキュ…キュッキュと、今日も相変わらず…バスケットボール部は床を鳴らすのに熱心だ。再び体育館に現れた僕に、女バスの女の子たちが群がってこう言った。

「ねえ!春ちゃん!さっきのマジウケた!ヒカルっちの暴言を許してあげてよ。ごめんね?」


は…?!


僕は、もしかしたら…産まれて初めて、女の子に、こんなに親し気に話しかけられたかもしれない…。僕の周りに自然と集まって来た女バスの女子たちは…きゃいのきゃいのと紛れた事もない声の渦中に僕を置いた…

「マジウケたね?許してちょんまげはヤバい…!死語だよね…?ぎゃははは!」

「いやぁ…春ちゃんは、模型部の事になると…あんなにハキハキと物を言うんだって、ちょっとビックリしたぁ。いつも、陰キャ独特の雰囲気を醸し出してるからさ…てっきり、体育館の裏で呪いの人形でも叩き始めるかと思ったけど、意外だった!」


伊集院くんが言った…本人の希望と、他人からの評価は乖離していると…

僕自身、こんなに淫乱な素質を備えているのに…周りの評価は、そうではなかった様だ…特に、藁人形の辺りは、先入観にも程がある決めつけだった…

僕は抗議する気持ちを全開にして、彼女たちに言った。


「あ…あぁ…あ、あう…あぁ…ゴクリ…」


「あぁ…ごめんごめんって言ってるよ!ほい!春ちゃん、お待たせ!帰るよっ!」

ちいちゃんの助け舟によって、僕は彼女たちに引かれずに済んだ…。


僕は、あいも変わらず…初対面の人と、話す事が、恥ずかしくて…難しい。


「陣内くんの彼女は…怖かったね?」

僕は、隣を歩くちいちゃんを見上げてそう言った。すると、彼は僕を横目に見て、肩をすくめてこう言った。

「そうだ。女バスの女は血の気が多いからね…。中でも、ヒカルちゃんはパワーフォワードだから…ガツガツ行くんだ。」


へえ…


僕は、バスケットボールをきちんと理解して無かったみたいだ。

「…役割が…あるんだね?」

ちいちゃんを横目に見てそう言った僕は、ふと、彼の役割が気になって首を傾げながら聞いてみた。

「ところで、ちいちゃんは、それで言うと…何をする人なの…?」

「ん?俺は…スモールフォワードだよ。」

小さいのか…こんなに、高身長なのに…小さいのか…

訳も分からず頷いた僕は、ちいちゃんを横目に見ながらもう少しだけ聞いてみた。

「…小さいの…?」

「大きさじゃない。役割の名前だよ…。俺は…そうだな、ゴール下にも行くし、外から3Pも打つ。シューティングフォワードと呼ばれる事もある…。まぁ、何でも屋だよ…。」


へえ…


「すごいねぇ?」

自然と笑顔になった僕は、ちいちゃんを見上げてそう言った。すると、彼は嬉しそうに瞳を細めてこう言った。

「初めてだね?」


え…?


首を傾げた僕は、ちいちゃんに鼻の頭を突かれながらキョトンとした。

「初めて…俺に、バスケットの話を聞いて来たね?」


た、確かに…

僕は今の今まで、一度たりとも…ちいちゃんの部活動の話を聞いた事が無かった。

それは、ただ単に…興味が無かっただけなのか…意地になっていたのかは、今となっては、分からない。

でも、少し聞いただけでも…バスケットボールが、奥が深い物なんだと漠然と理解した。

「そう…?ちょっと、興味が出たから、聞いてみたんだ…」

ちいちゃんから視線を外した僕は、彼の手を握って前を向いて歩き始めた。すると、ちいちゃんはクスクス笑って、こう言った。


「ふふ…嬉しいじゃん。」

そんな彼の声に口元を緩ませた僕は、ニヤニヤしながら駅の改札を通った。


「春ちゃん、鬼怒川だけどさ…」

「うん…」

「電車で行きたいだろ…?」

「うん。スペーシアが良い!」

そんな話をしていると、昨日と同じ場所に昨日と同じカップルが座っていて、僕たちを見つけた瞬間、2人そろって顔を伏せてしまった。

きっと…お子様の彼らには、刺激的すぎたんだ…

だって、あの後…僕たちは…ぐふふ、ぐふふふ!

ちいちゃんの胸に抱き付いた僕は、これ見よがしに言った。

「ちいちゃぁん…!スペーシアの、個室取ってぇん!」

「個室なんてあるの…?鬼怒川まで、2時間くらいだから…普通席で良いじゃん!」

分かってないな…

スペーシアの6号車…そこに並んで配置された個室は、ラグジュアリーな空間なんだ。大理石のテーブルを挟んで椅子が向かい合う様に設置されている…

何もする事が無くても、上等な気分は味わえちゃうんだ!


「真紀ちゃん、み、見たら駄目だよ…」

「うん…誠くん。真紀、絶対に見ないもん!」

そんなカップルのヒソヒソ話を耳に入れた僕は、いつもの様に背中に寄り添ったちいちゃんを見上げて言った。

「んぁあ!ちいちゃぁん!ギュってしってぇん!」

僕の声を聞いた誠くんは、隣に座った真紀ちゃんの手を硬く握って、彼女の顔を覗き込んでこう言った。

「まただ!真紀ちゃん…!また、男たちの乱舞が始まる!」

誠くんの言葉を受けた真紀ちゃんは、コクリと頷いて…硬く決心を付けた様に言った。

「見たい…!でも、見ない努力をするっ!」


これは…今まで、僕が受けて来た…カップルマウンティングへの、復讐さ。

「なぁんだ…春ちゃんは、甘えん坊さんだなぁ…!」

こんな状況に気付きもしないちいちゃんは、昨日よりも積極的に、僕の体をギュッと抱きしめて来た。

「あっふふ…!ちいちゃんったらぁ!」

「ぐへへ…!春ちゃぁん…!」

イチャイチャしてやる…目をそむけたくなる程、イチャイチャしてやる!!


「春ちゃん…?今日も、うちに寄って行く…?」


は…?!


僕の耳元でそう囁いた、ちいちゃんの言葉に、耳を疑った…

僕は、また悪戯に彼の下半身を刺激してしまった様だ。

しかも、目の前のカップルに見せつけたい!…そんな、下らない見栄の為にだ…


「え…い、いかなぁ~い!」

笑顔でそう言った僕は、ちいちゃんのオッタッティをお尻に感じながら、程々の所で、いちゃつく事を止めた…


これは、危険な行為だ…明日からは自重しよう…


しかし、時すでに遅し…

興奮したちいちゃんは、僕を再び自分の部屋へと連れ込んだ。

「や、ちょっと…待って!ちいちゃぁん!昨日もしたでしょ…?!」

「はぁ…?何時間前…?!」

ギラついた瞳のちいちゃんは、ベッドに放った僕を見下ろしてそう言った。


何時間前…?!

さあね…


「たっだいまぁ~!!」

すると、ちいちゃんの家に…彼の妹、すみれちゃんが帰って来た。スキップでもしているのか…彼女の足取りは、軽やかだった…

「…ちっ!」

顔を歪めてそう言ったちいちゃんは、今まで見た事もないくらいの悪人面をしていた。

おもむろに部屋のドアへ行ったちいちゃんは、鍵をかけて僕を振り返った。そして、今まで見た事もない不気味な笑顔で、僕にこう言ったんだ。

「…声を出さなければ、大丈夫だよ。春ちゃん…」

「兄貴~!春ちゃん来てるの~?!」


ドンドン!ドンドン!ドンドンドンドン!


部屋のドアを激しくノック…?するすみれちゃんにキレたちいちゃんは、鍵を開けて、ドアを思いきり開いた。そして、ちいちゃんを見上げるすみれちゃんをガン見しながら言ったんだ。

「兄ちゃんたちは、取り込み中なんだ…あっち行ってろよっ!」


「お母さんに言うからな…!」

「じゃ、じゃあ…ちいちゃん、また明日ね…!」

「は、は、春ちゃぁん!!」

悲痛な叫びだ…

あんな情けない声を出すなんて…正直、彼の性欲に少し引いている。

僕は、すみれちゃんの助けによって、本日は無事に家に帰還する事が出来た。


ちいちゃんは、オッタッティまでの速度が半端ないんだ…

首を横に振りながら手を洗っていると、お母さんが僕の背中に向かってこう言った。


「何した…春ちゃん…」


「へ…?!」

僕の動揺を見逃さない様に伺う様な目つきをしたお母さんは、声を落としながら、こう聞いて来た。

「何したぁ…?春ちゃん…。お母さんに、言ってごらん?」

「う…」

僕は…こんなお母さんの顔を、昔にも見た事がある。

それは彼女が冷蔵庫にしまっていた、高級プリンが忽然と姿を消した日の事だ。

1人づつ…家族は、お母さんの尋問を受けた。

男になりたがってる妹の夏美は、なんなくお母さんの尋問をクリアしたというのに、元から挙動不審の僕は、焦れば焦る程、お母さんの疑念を増幅させた…

今、僕の顔を伺い見るお母さんの目が…その時の、目つきと…よく似てる。


ゴ、ゴクリ…


「な、何でも無いよ…?」

首を傾げた僕は、目を泳がせながらそう言った。すると、お母さんは僕の視線の先に顔を動かして、眉を下げながら…こう言った。

「本当かなぁ…?きのっから…様子がおっかしいなぁって…思ってんだよね~?」

わざとらしく顔を天井に向けた僕は、首を回すふりをしながら…こう言ってお母さんの体を両手で退かした。

「お母さんの気のせいだよっ!ほらぁ…。そうじゃなくても…僕は、思春期だし!大人への階段を上ってる訳だしぃ…」

「何段目…?」

「はぁ…?」

「春ちゃん、今、千秋と何段目の階段、上ってんの…?」


墓穴を掘ったぁ~~~~!


僕は…“大人への階段”なんて、含みを持ったニュアンスの言葉を悪戯に使ってしまった!!

その事によって…お母さんに、今…何段目なんだ?という、問いを投げかける、隙を与えてしまったんだぁ…!!

うかつだった…

「え…?まだ、登ってもいないよぉ…」

目を硬く瞑って、両手を握り締めて、僕は奥歯を噛み締めながら…そう言った。すると、お母さんは鼻息を僕の顔に当てながら、こう言ったんだ。

「へぇ…」


怖い…!!


「あれ…お母さん、少し、やせたんじゃない…?」

ここで使ったのは…僕の、最終兵器だった。

「え…?」

目を丸くしたお母さんは、急に疑念の目を僕に向ける事を止めて、はしゃぎ始めた。

そうだ…そうだ…はしゃげ、はしゃぐんだ…!

「絶対痩せたよぉ…!なぁんか、スリムになったもん!モデルさんみたいだよぉ!」

「…え?…え?ほんと?」

この、最終兵器には…リミットがあるんだ。

それは…お母さんが体重計に乗るまで…だ!


「どれ、ちょっくら、測ってみるか?ん?ん?ふふ~ん!」

上機嫌になったお母さんが、洗面所へスキップして向かった…


今だ!逃げろっ!!


僕は、すぐさま自室にこもって、ドアの前に模型の重たい本を何重にも重ねて置いた。

「なぁんだよ!減って無いじゃん!むしろ…500グラム増えてるんですけど~!」

そんなお母さんの声が…隣のリビングから、壁越しに…響いて聞こえた…


僕はため息を吐きながら自分の制服を脱いで、部屋着に着替えた。

コンコン…

「は…?」

窓をノックされて、顔を向けた。

「な!」

ベランダには、ちいちゃんが立っていた…


信じられない!!ここは…5階だぞ!!

「なぁにしてるの!!あっぶないだろッ!落っこちたら、死んじゃうぞ!」

僕は大慌てでベランダの窓を開いた。そして、僕を抱きしめるちいちゃんの顔を引っ叩いて怒って言った。

「ちいちゃん!危ないだろ!死んじゃったらどうするんだよっ!」

「へへ…へへへ…」


僕は知らなかった…

ちいちゃんがこんなに、馬鹿だって…知らなかった。


僕に抱き付いて離れないちいちゃんの背中を撫でながら、僕は彼の胸に顔を埋めてこう言った…

「お母さんが警戒態勢なんだ。だから、何もしないで…」

「何もしない…ただ、こうしてる…」

ちいちゃんはその言葉通り…僕に何もしなかった。

ただ、クッタリと体を寄り添わせて…僕を抱きしめ続けた。

こんなに愛されているなんて…僕は、少しだけ…今更、照れくさくなった。

「ちいちゃん…」

「ん?」

「キスしても…良い?」

僕を抱きしめて来るちいちゃんを見上げた僕は、彼の顎の傷痕を指先で撫でながら、そう聞いた。すると、ちいちゃんは瞳を細めて、僕の唇に…キスをくれた…

あぁ…隣の部屋に、科捜研が大好きなお母さんがいるというのに、僕は、なんて破廉恥な事をしているんだろう…

でも、ちいちゃんの体のあったかさが、僕の理性を吹き飛ばしていくんだ…

もっと、もっとって…欲しがってしまうんだ。

「ちいちゃぁん…好きだよ。大好き…!」

「は、春ちゃぁん…!」

僕は、ベッドに腰かけたちいちゃんに馬乗りになって、彼の頭を抱え込みながら、派手にキスをしまくった。

ガン!ガタガタガタガタ!!

突然、凄い物音と共に、僕の部屋にお母さんが突入して来た。


終わった…


僕は瞬時にそう思った…きっと、ちいちゃんも、そう思ったに違いない。

しかし、お母さんは、ちいちゃんに襲い掛かる僕を見つめて、こう言い放ったんだ。

「おぉい!家で何してんだぁ!そういう事はなぁ!家じゃない所でやれってんだぁ!不倫、浮気、子供の性行為!それはなぁ、おかんの知らねえ所で、やれってんだぁ!それが、子宮から生み落とした…母親への温情ってもんじゃねえのかぁ!あぁあん?」

「え、えぇ…まぁ、確かに…」

どすの効いた声を出して、オラつくお母さんを上目遣いに見た僕は、すっかり固まってしまったちいちゃんの膝の上から降りて、ベッドの上に正座をした…

すると、お母さんはちいちゃんに標的を変えて、オラつきながらこう言った。

「大体だぁ、おめぇはどっから家の中に入って来たってんだぁ!玄関って知らねえのか?あぁ?ピンポンって、知らねぇのかぁ!」

そんなお母さんをオドオドと見上げたちいちゃんは、首を傾げながらこう答えた。

「いや…あの、はい…知らなかったです…」


はぁ…!こんの、馬鹿野郎!!


てんぱったちいちゃんは、うちのお母さんに悪手を放った。

「はぁ~~~?!」

やっぱりだ…

「ピンポンを知らなかったら、いっつも、どうやって家に来てんだよぉっ!ちいちゃぁん!ねえ、ねえ!どうやって来てんだよぉお!」

お母さんは水を得た魚の様にオラつきを回転させた。


「なになに…?春が部屋でセックスでもしてたの…?」


男になりたがってる妹は、そう言いながら、興味本位で…僕たちがお説教を受けている現場に、意気揚々と足を踏み込んで来た。


結果…僕と、ちいちゃんはお互いの家族総出で、お説教を受ける羽目になったのだ。


「やだぁ、こんなんで痩せる訳無いじゃん!絶対デデちゃん、騙されてる!」

「はぁ?すみちゃん…辛口ぃ!辛口ぃ!」

うちのリビングで開催された公開お説教は、僕とちいちゃんが並んでソファに座る中…お互いの母親によって執り行われた…

その1、自宅で行為は致すな。

その2、病気にはなるな。

その3、キスまでなら、ギリギリ自宅での行為を許す。

僕たちは、その3箇条を約束する事によって…長きにわたる公開お説教から、解放されるのであった…

でも、後半は、ほぼ、女子会だった…

うちのお母さんと、ちいちゃんのお母さんは、早々にビールを開けておしゃべりを始めて…妹たちは、お母さんのダイエットマシンで、遊んでいた…


「そうだ…ちょうど良いから言っておくよ。俺、春ちゃんと、温泉に行くから。」


馬鹿なちいちゃんは、お説教が終わるや否や、再び再燃しそうな材料を投下した。僕は、慌てて彼の胸を叩いて言った。

「そんな事、今言ったら…怒られるだろっ!」

「なぁんで…」

「ふぅん!好きにすればぁ!」

意外にも、お母さんたちの答えは、揃ってこうだった…

「子離れ出来ないと…老後が悲惨よね?ボボちゃん。孫の面倒をよだれを垂らしてみる様じゃ、最悪だわ…」

「そうよ。デデちゃん。私らは、私ら…子供は子供よね…。人様に迷惑を掛けない限り…好きにすれば良いんだわぁ。」

へぇ…

「ん、も…やめてよぉ!」

「えぇ…?なぁんで…?」

うちの妹が、ちいちゃんの妹…すみれちゃんに、良からぬちょっかいをかけ始めた所で、この会は解散した…


「お母さん、ありがとう…」

お風呂に入った僕は、自室に向かう途中…ドラマに夢中なお母さんの背中にそう言った。すると、お母さんは少しだけ僕を見て、ニッコリ笑って言った。

「病気にだけは、なるなよ?」


理解があるのか…破天荒すぎるのか…僕たちの家族は、深い繋がりがあり過ぎてこんな事…些細な事としか思っていない様だ。

それとも…

幼い頃から、僕とちいちゃんを見て来たから…いつか、こうなると…思っていたのかな…?

だとしたら…ありがたい。



次の日の放課後…今日の模型部はお休みとなった。

理由は、簡単だ。みんな、自分の新しい制作物を買いに行ってしまったからだ…。

だから、今日は…僕は、体育館へやって来たんだ。

ここで、僕の彼氏の…活躍を見る事にした。


「春ちゃん、こっちこっち!」

馴染みのない体育館を恐る恐る覗き込んだ僕に、そう声を掛けてくれたのは、陣内くんだ!

マットの近くに腰かけた陣内くんの元へ、バタバタと走って向かった僕は、チョコンと肩身を狭くして三角座りをした…

なんと、彼は連日、彼女の部活を、こうして…眺めてるそうだ。

コートの半分を、男子…もう半分を女子が使って、バスケットボール部は活動している様だ…

「陣内くん…ヒカルちゃんって厳ついね…?」

隣の彼にそう声を掛けると、陣内くんはニヤニヤ笑って言った。

「カッコいいだろぉ…?も、大好きなんだぁ…!」

へぇ…

彼のこんなデレ顔を見たのは、初めてだ…

クスクス笑った僕は、向こうのコートで、僕を見つめるちいちゃんを見つめて、ちょっとだけ、手を振った…。すると、彼は嬉しそうに…ちょっとだけ、手を振り返してくれた。

はぁ~~~~!

僕は、今更になって…バスケ部男子の彼女たちが、体育館の踊り場で彼氏を眺める意義を知った気がした…


こりゃ、たまらんわい!


大きな体の男たちの中で…君とまるちゃんは…別格に輝いて見える!

圧倒的ではないか…わが軍は…!!

「ねえ、見て見て?陣内くん、僕のちいちゃん…格好良いでしょ?まるちゃんも、格好良いでしょ?ふたりとも、僕のなんだぁ…ぐへへ。」

デレデレになった僕は、隣に座った陣内くんにそう言った。すると、彼は首を傾げてこう言った。

「まぁ…どちらも、イケメンだね。」

はっは~~!そうだろう?そうだろう!

僕は、じっとまるちゃんを見つめて、彼が僕を見た瞬間…ちいちゃんにした様に手を振ってみた。

でも、まるちゃんは手を振り返しもしないで…フイッと顔を背けるんだもん。

やんなっちゃうよね!!


そうこうしていると、女子バスケ部が、全面のコートを使って試合を始めた。

「春ちゃん…そこにいると…ボールが飛んで来るよ…?」

「…え?!こ、怖いなぁ…!」

陣内くんの物騒な言葉に顔を歪めた僕は、安全圏に避難した…

それは、やはり…体育館の上部にある…踊り場だった。

まるで大奥のような雰囲気を醸し出すその場所には、既にバスケ部の彼女たちが陣取っていた。

そして…そこに、柏木さんの姿を見つけてしまった僕は、慌てて視線を逸らして、コートを覗き込んだ。


どうして、彼女が…まだ、ここに居るんだろう…

ちいちゃんの事を、まだ、好きなのかな…


ピーーーーー!

そうこうしていると、女子バスケ部の試合が始まった。


「はぁはぁ…ひ、ヒカルちゃぁん!もっと…もっと…強く!強く攻めるんだぁ!!」

そんな陣内くんの荒い息を隣で聴きながら、僕は初めて…バスケ部の練習試合を見た。そして…彼女たちの余りの迫力に…声を失った。

「…カ、カッコいい…」

思わず、そう呟いてしまう程に…機敏に動き回って…パワフルにシュートを決めて行く女の子たちが、格好よく見えた…

「だ、だろぉ!春ちゃぁん!!だ、だぁから、言っただろぉ!!」

デレデレのデレな陣内くんに体を揺さぶられながら、僕はケラケラ笑って言った。

「うん!めっちゃ、格好良い!」

コートに飛び出していきそうなボールに果敢に飛びついた彼女たちは、必死にボールを死守しながら、試合を続けていた。

僕たちが体育の授業でやっているバスケットとは、全く違った…


ちいちゃん。

僕は、全然、君の大好きな事を理解してなかったみたいだ。

ただただ、ボールを追いかけているだけだと思ってた…でも、実際は…こんな風に、アグレッシブで、パワフルで…インテリジェントなんだね…

「あぁ…!凄かったぁ!」

女バスの試合を見終えた僕は、汗を握った手のひらを陣内くんに掲げて見せた。

「興奮したぁ!!」

「あっはっは!だろぉ?!だろぉ?!」

陰キャの僕は、野球中継も、サッカー中継も興味が無かったし、お客さんとしてスタジアムに行く人の気が知れなかった。

でも、バスケットなら…

君の好きな、バスケットボールなら…なんだか、好きになれそうだ。

「次は、男子だよ…?」

陣内くんがそう言った途端、踊り場の上でくっちゃべっていた“バスケ部男子の彼女たち”がわらわらと動きを見せた。特に柏木さんは、僕を押しのけて眉を顰めたんだ!


君は…こんな所にいるよりも、モデル事務所に行ったらどうかね!!

こんの、名ばかりモデルがぁ…!


ムッと頬を膨らませた僕は、陣内くんと違う場所へと移動した。

「…女って、男が絡むと、途端に豹変して、牙を剥くね…?」

「うちの姉貴が言ってた…女の友情ほど、脆い物は無いって…。全部嘘なんだ。あんな風につるんでても、陰で悪口を言い合ってる。」

流石の陣内くんの名言に、僕は、何度も頷いて感心した。

安全圏に移動した僕と陣内くんは、眼下を見下ろして…屈強な男たちの、剥き出しの二の腕に興奮して、悶絶した…!

あぁ…!僕は…あの腕に、抱きしめられたんだぞ!

そんな思いを抱きながら…真ん中の丸に立ったちいちゃんをじっと見つめた。すると、彼はしっかり僕を見つめて、可愛いウインクなんてしてくるじゃないかぁ!

「はぁああ~~~~ん!」

…僕は、そんな彼に…胸きゅんした。

すると、ちいちゃんと向かい合う様に、まるちゃんが立って、おもむろに僕を見上げて、満面の笑顔で手を振って来た。

「はぁあああああ~~~ん!!」

なぁんだよっ!さっきは無視した癖にぃ!も、もう!も~~~~!!


可愛い…


僕は、そんなまるちゃんに…すぐに、メロメロになった…

「僕は死ぬかもしれない…」

隣で、僕の興奮をドン引きして見つめる陣内くんに…念の為、そう伝えておいた。

男子の試合では、女バスが審判をするみたいだ。

ヒカルちゃんがちいちゃんと、まるちゃんの間に立って…ボールを高く上げた。

「ちいちゃん…」

まるちゃんよりも高く飛んだちいちゃんは、余裕の表情で、ボールを仲間の元に弾いた。

カッコいい…マジで、ヤバい…

胸をキュンキュンさせた僕は、わらけてくる顔をそのままにして、陣内くんに言った。

「ね、今の…見た?」

「はいはい…」

僕は、毎日ここに来ても良い…

だって、こんなにキュンキュン出来るんだもん。

バスケットをするちいちゃんは、別格に、格好良かった。


あんな彼と、温泉旅行に行くなんて…ど、ど、ど、どうしよう…

あんな彼と、あんな事をしたなんて…ど、ど、ど、どうしよう…


顔を真っ赤にした僕は、デレデレになりながら試合を眺め続けた。

ピーーーー!

「あ、フリースローだ。」

隣の陣内くんがそう言った…

「フリースロー?それって…何?」

僕は、首を傾げて彼に尋ねた。すると、物知りな陣内くんはこう説明してくれた。

「ゴールの下でファールすると…相手の選手は、あそこの小さい円の線の所からシュートを打つ事が出来るんだ。回数は2回とか…1回とか、よく分からない。でも…リバウンドって言って、周りの選手が一斉にボールを取りに行く光景は、男子は圧倒的に、パワフルなんだ!凄いから、見ててよっ!」

そんな彼の言葉に深く頷いた僕は、いまいちルールを理解しないまま視線をコートに戻した。

「あ…まるちゃん…」

フリースローを打つのは、まるちゃんみたいだ。


「ま、ま、まるちゃぁん!頑張ってぇん!!」


僕は…咄嗟に、そんな大声を掛けた。すると、彼は僕を見上げてニコッと微笑んだ。

そして、そのまま…華麗にシュートを決めたんだ。


あぁ…神様

この世に…バスケットボールなんて素敵なスポーツを作ってくれて、感謝します…


神に感謝していると、まるちゃんは、次のシュートをリングにぶつけて外してしまった…!

「あぁ…!」

すぐにリバウンドと呼ばれる…屈強な男たちのボールの取り合いが始まった。

その中で…群を抜いてジャンプ力があるのは…僕の、ちいちゃんだぁ!

「きゃ~~~~~~!ちいちゃぁ~~~ん!」

思わず…僕は、立ち上がって、彼に向って…絶叫した。

彼は見事にボールをキャッチして、独走する様にコートの中をひとりで走った。


あぁ…!!


神様ぁ!


ちいちゃんを、この世に誕生させてくれて…ありがとう…!!


すると、ちいちゃんは、そのままゴール下には行かずに、遠く離れた場所で立ち止まった。そして、僕を一瞬振り返って…颯爽と、シュートを放った。

「わぁ…!綺麗なフォームだ!3Pシュートだよっ!」

陣内くんの感嘆の言葉を耳に聴きながら、僕は彼の放ったボールが、吸い込まれて行く様にリングに入って行く様子を見つめて…絶叫した!!


「ギャ~~~~~~~!ちいちゃぁ~~~~~ん!!」


それは、他の女子の声なんてかき消すくらいに…激しいシャウトだ!!

「春ちゃん!は、春ちゃん…!!」

カッコよすぎる…!!


僕は大声で叫んだせいか…クラクラしながら、へたり込んだ。

そして、他の女子のブーイングを受けながら…コートの中を走り回る…素敵な彼をうっとりと見つめて、胸の奥から…熱いため息を吐きだした。


「ちいちゃん!めっちゃカッコ良かったぁ!」

体育館から出て来た彼に飛び付いた僕は、デレデレと鼻の下を伸ばしながらこう言った。

「何本決めたと思う?ねえ!僕のちいちゃんは、何本、シュートを決めたと思う?」

「ははは!さあ、何本だった?」

ケラケラ笑ったちいちゃんの声を聞きながら、彼に抱き付いたまま僕は体を起こしてこう言った。

「6本だ~!凄いでしょ?ねえ!僕のちいちゃんは、凄いでしょ?!」

「あっはっはっは!そりゃ、凄いなぁ!」

ちいちゃんは僕を抱えたまま、クルクル回って大笑いをした。

あぁ…こんな素敵な彼を独占して、誠に…申し訳ありません。

ぐへへ。


僕は、ちいちゃんにキュンキュンしなかった。

でも、彼の知られざるどスケベな顔と…熱心にバスケットボールをする姿を見たら、まるで、津波でも来たかの様に…キュン死しそうなくらいに…一気に夢中になった。

近すぎる事なんて…何の理由にもならなかったんだ。

僕は…彼の他の面を…全く、知らな過ぎた。

ちいちゃんが、僕をとっても好きでいてくれる事も、ちいちゃんが、あんなに格好良くバスケットボールをする事も…

僕は、知らなかっただけなんだ。


「なぁんで、まるちゃんを応援したんだか…!」

いつもの商店街を抜けた頃…ちいちゃんが少しだけ不貞腐れてそう言った。だから、僕は、ケラケラ笑ってこう答えたんだ。

「だって…僕は、まるちゃんも好きなんだ。」

そう。あの子と居ると…僕は、少しだけ強くなれる…

だから、好き。

「はぁ…そうですか…」

呆れた様に、ちいちゃんがそう言った。


幼い頃から、君の隣に居た僕は、君の事を当たり前だと思ってた。

秘めた思いが、例え、一生…届かなくても、隣に居る事が…あたりまえだって、思っていた。

でも…いざ、君が遠くへ行ってしまうと分かった途端…そんな幻想は崩れ去った。

“自分が思っている事は、言葉にしない限り…相手には通じない。”

そんな、陣内くんの名言が…僕を変えて、突き動かしてくれた。

だから、僕は…これからも、この名言を胸に刻んで…君に、伝え続けようと思う。

好きだって言う事も…大事だと思う気持ちも、独占したいと願う思いも…


「ねえ、ちいちゃん?僕たち…これからも一緒に居ようね…。産まれた時から、死ぬまで、一緒に居る事が出来たら…死ぬ前にギネス登録して貰おう…?」

僕は、自分の家の鍵を開きながら、隣で、同じ様に鍵を差し込むちいちゃんにそう言ってクスクス笑った。すると、彼は…僕を優しく抱きしめて…こんな事を言ってくれた。

「そうだね。春ちゃん…ずっと、一緒だ。」


あぁ、神様…

こんな素敵な、大好きな人をくれて…ありがとうございます…


後日…僕とちいちゃんは、温泉旅行へ行って…そこで、全てを滞りなく済ませた。

でも、それは…また、違うお話だ。


だから、このお話は、一旦、ここで…おしまい。


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