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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏の思い出

作者: 空渡 海

車から降りると、そこは海の香がする。

広い砂浜に寄せては返す波の音

砂浜に咲く昼顔

忙しなく鳴く蝉の声


どれも10年ぶりに感じる風景だ。


私はそこの小さなビジネスホテルに宿をとっている。

お盆なのでどこも混んでいるので2カ月前に予約をした。


夕方なので海岸にも人はまばらになっている。

水着に着替えると砂浜の端にある岩場の水に入った。

日中35℃を超える猛暑のせいかまだ水はぬるく夕方といえども十分泳げる温かさだ。


私は昔水泳をしていたので泳ぎは得意だった。

でも10年ぶりには変わらないので、ゆっくり水に浸かるとクロールで少し沖まで出てみた。

少し泳ぐともう足はつかない。

もう少し沖まで出てみようか・・・

防波堤はまだ先、久しぶりの海が気持ち良かったので更に沖に進んでみた。


すると、途中で足がつってしまった。


あ、久しぶりだったからかな?

立ち泳ぎでマッサージするか、と思った瞬間 つった足が海の底に引っ張られた。

うぷっ


慌てて手をバタつかせるも、更にズズッと引っ張られ 頭も海の中に沈んでいった。


すると、後ろから胴体を引っ張られ水面に引き上げられた。


プハッ


やっと顔が出せた。


後ろ向きのまま、海岸に向かって進んでいた。

深さが腰の辺りに来ると、いわゆるお姫様抱っこをされ、砂浜に寝かされた。


「大丈夫ですか?」


心配そうにこちらを伺う


「はい、すいません。足がつってしまいまして・・・」


流石に足が引っ張られたなんてオカルト的な事は言えなかった。

私自身信じていないし、言っても信じて貰えないだろう。


「私は、休みの日だけですが、ここでライフセイバーをしています。

 海に入る前には ちゃんと準備運動してからにしてくださいね。」


私が大丈夫なのが分かると少し強めの口調で注意された。


「でも、綺麗なクロールでしたよ」


今度は笑顔で話してくれた。

そして彼は仕事に戻っていった。


私も上がろう、泳ぎにここに来た訳ではないしね。

岩場の付近に置いてあった荷物に手をかけると、さぁーっとぬるい風が頬をきった。

夕方だし風が出てきたかな?

もう一度岩場を眺めるとホテルに戻っていった。



翌朝 私は海辺の集落の端にある一つのお墓を訪ねた


百合の花束を横に供え手を合わせた。


「君は昨日の・・・どうして家の墓に」


振り返ると、昨日助けて貰ったライフセイバーの男性だった。

その後ろにはご家族も一緒にいた。


「まぁ!あなたは」


声を上げると私に走り寄ってきて抱きしめた。


「お義母さん・・・」


震える手をお義母さんの背中に回した。


「すみませんでした。

 長い間、お墓にもお仏壇にも来れなくて」


自宅のお仏壇にもお線香をあげに寄らせてもらった。

座敷の仏壇の上にはお墓の主である写真が飾られてある。

『佐々木空 享年17歳』と記された位牌が中央に配置されている。

まだ若いあの頃のままの優しい笑顔

10年経った今でも鮮明に思い出される。


高校2年の時、付き合っていた人がいた。

私とは違い、どちらかと言うとインドアタイプでよく本を読んでいた。

頭も良く、将来は医療関係に進みたいと勉強も頑張っていた。

春から付き合いだしたから3~4カ月しか付き合っていない

デートも夏祭り1回程度だ。

7月の後半、屋台をまわり、たこ焼きなど買うと擁壁に腰かけ花火を見た。

花火は何発も上がる中、綺麗だね!ってはしゃぐと、空は真面目な顔で

キスしていいか?って聞いてきた。

ファーストキスだった。


お互い仲良くなった頃、海に泳ぎに行き、岩場でじゃれていたら

空が足を滑らせ岩に頭を打ち付けると海に落ちていった。


頭から流れ出る血で海が染まり、私は気が動転して助ける事も出来ず、ただ立ち尽くしていた。


何秒たったのだろうか、私には長い時間に感じられた。

やっと我に返ると大声を上げて助けを呼んだ。


救助隊が来た時には既に息は無かった。

ほとんど即死状態だったらしい。



あれから この村に来ることも海に行くことも泳ぐ事も出来なかったが

やっと心が落ち着いてきたから戻ってきた。


帰りはお兄さんの陸さんがホテルまで送ってくれた。

近いからいいと遠慮したけど、譲らなかった。



「今日は来てくれてありがとう。

 弟も喜んでいると思うよ」


「そうでしょうか・・・」


「また来てくれるかな?」


「はい、また来年のお盆には」



ホテルの駐車場に着くと陸さんは車から何やら封筒を取り出し私に渡した。


海音(かのん) 好きだったよ! 来てくれてありがとう。

 僕の分まで幸せになって!」


ぎゅっと抱きしめられ、振り絞るように出された声は 空のものと同じだった

私は陸さんにしがみ付きながら声を上げて泣いた。


ごめんなさい!何も出来ずに

謝ってもあなたは帰ってこないのに

ごめん、ごめんね・・・・


涙を親指で拭ってくれ


「本当はキスしたいけど、僕の体じゃないから

 あまり長くはいられないから・・・

 またね」


陸さんは意識が自分のものになると泣いている私を見て何が何だか分からない様子だ。


「すいません、急に。

 もう大丈夫ですから」


やっと前を向いて歩けそうだ



渡された封筒には便箋が一枚




『海音 愛してる さようなら』



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