流行
週明け、今日からリラが来ている。
細々した雑用を引き受けてくれるので、物凄く楽になった。
むしろ暇なくらいである。
オープン前の時間に訪問者があった。
冬箱と真冬箱の 魔動力機器コニファーの店の二人だ。
「ユリ・ハナノ様、とうとうできました!アイスクリーム専用真冬箱!これでどうですか!」
想像通りの品が目の前にあった。
ソウの製図のような絵が、そのまま形になっている。
「凄いです!思った通りになっています!」
「特に力をいれたのは、保冷時間の短さと充填の少なさなんです。1回の充填で30分もてばアイスクリームが出来上がるので、充填魔力が物凄く少なくて済みます。これなら、平民でも作れるのです!」
「それは革命ですね!」
「お!できたんだ」
ソウが顔を出した。
今日はお休みなのかしら?
「ソウ、凄いんだよ!平民の人でも使えるんだって!」
「へえ、それは凄い。なら、外装が豪華なものと、シンプルなものの2種類作った方が良いよ」
「なぜですか?」
「あの連中は、同じものはいやがるから」
「あー。たしかにそうかもしれませんね」
「いくらで売れそうなの?」
「これこのままなら2万☆で、外装を豪華にするならそれ相応に」
「じゃあ、そのままのをお店で30台くらい引き取ります。あと、パープル侯爵夫人が多分50台、もしかすると100台くらい注文すると思います」
「ええ!!!」
「売り出すときは、使用説明書をつけますよね?そこにいくつかレシピをのせるなら書きますよ」
「ありがとうございます!あ、これも置いていきますのでよかったら使ってください。試作機はまだあるので、パープル侯爵邸に伺って注文とってきたいと思います。一般販売は早くても来月に入ってからですね」
「そうなのですね」
「でかけてくるね」
「あ、行ってらっしゃい」
ソウはどうやら仕事にいくらしい。
「よかったら何か食べていってください。ランチが良いですか?おやつが良いですか?」
「欲張りで申し訳ありませんが、両方いただきたいです」
「ふふ、大丈夫です。おやつはアイスクリーム以外が良いですよね?」
「はい。流石に食べすぎまして、ははは」
ユリは、今日のランチをミックスしたものと葛切りを出すことにした。
葛切りは溶かした葛が冷蔵庫に常備してある。
先にランチを出して、葛切りを作っていると、リラが興味深そうに覗きに来た。
「今、ちゃんと見ていた?」
「はい」
「なら自分の分を作ってみて良いわよ」
「はい!」
「やけどには注意してね」
「はい!」
後片付けをリラに任せ、二人分の葛切りをもって店に行った。
「ユリ・ハナノ様、初めて食べましたが、とても美味しかったです。これはなんと言う料理なのですか?」
「お肉料理の方が、ハンバーグで、白っぽいのはグラタンです」
「え!これが幻の!」
「え?」
「今、話題になっているんです。幻の料理、ハンバーグとグラタン」
「えぇー?」
「食べたことが有ると言う人に限って、どこで食べたのか言わないんです」
「???」
「これ以上混雑したら店主が大変だから、という理由らしいです」
確かに、これ以上は無理ね・・・
言わない理由が気遣いだった。
「評判の良かったおやつ、葛切りです。この黒蜜をかけてお召し上がりください。食後のお茶は温かい物と冷たい物、どちらがよろしいですか?」
「冷たいお茶!?」
「また、なにか?」
「お茶は温かいものという固定概念を打ち砕いた、冷えたのではなく、最初から冷たいお茶!最近の流行りです。お陰さまで小型冬箱と小型真冬箱が沢山売れました!」
「私、色々やらかしていたのですね・・・」
端的に言ってインフルエンサーである。
「あ、冷たいお茶をお願いします」
「はい」
今までは自重していたが、麦茶に氷を入れて持ってきた。
最近は、焼き菓子はパウンドケーキとクッキーしか置いていない。リーフパイを作るには暑すぎるからだ。スイートポテトも手間が多い割りに賞味期限が短いので、夏の間は休んでいる。
お土産はパウンドケーキで良いかしら?
持ち帰りゼリーなどをいれる紙袋2つにパウンドケーキ3種類を3個ずつ入れ、用意した。
「葛切りはいかがでしたか?」
「とても美味しかったです!この黒いのが特に」
「そちらは黒蜜です」
「くろみつですかぁ。何とも言えない美味しい味でした」
「あ、黒蜜味のアイスクリームありますけど、召し上がります?」
「はい」「是非!」
「ちょっと持ってきます」
おやつタイム用の中皿2種盛りを2つ持ってきた。
「既に組んであるのでブルーベリーとセットですが」
「ありがとうございます」
「足りなければ黒蜜をかけてお召し上がりください」
二人はうきうきと食べ出した。
意外にも、ブルーベリーから食べるようだ。
「ユリ・ハナノ様の作ったアイスクリームの方が美味しい」
「そうだな」
黒糖アイスクリームを一口食べ、黒蜜をかけ足していた。
「贅沢な味!!」
「これは難しいのですか?」
「混ぜながら加熱するものがあって、それさえ覚えればどのアイスクリームでも作れるようになります」
二人は聞いて良いものか思案しているようだった。
「パープル侯爵夫人の注文が全部届いたあとでよければ教えましょうか?」
「え!本当ですか?」
「大分先になるかもしれませんが、約束します」
「ありがとうございます!!」
女性は、ホクホク顔でユリの手を握りお礼を言っていた。
「あ、それでですね、なにか良い名前はないですか?『アイスクリーム専用真冬箱』は、さすがに名前が長くて・・・」
「いただいた試作機、お店では『アイス箱』と呼んでいます。いかがですか?」
「それ良いですね。わかりやすいし、何より短い」
名前がアイス箱に決定した。
「それと、売り上げの何割を納めれば良いでしょうか?」
「え?どういう意味ですか?」
「製品化のアイデアも、改良の指南も、レシピまで提供いただくのです。本来なら3~4割り納めるところですが、大量に作るとなると・・・」
「要らないですよ?」
「はい?」
「だって、必要で作ってもらったのはこちらです。侯爵家からの注文で断れなかったとは言え、大分無茶な注文だったと思うのに、頑張って開発してくれたじゃないですか」
「それは、まあ」
「試作機もいただいて、とても助かりました。笑っちゃうくらい楽に作れて大活躍ですよ!」
「うーん、でも無報酬というわけには・・・」
「じゃあ、うちで引き取って売る分を割り引きしてください」
「それで良いのですか?」
「はい」
ユリは、5~10%引きでと言ったが、30%引きになった。
追加購入しても30%引きになるらしい。
お土産を渡すと、跳び跳ねるように帰っていった。
この二人はとてもテンションが高いのだと思う。
これは後日談だが、パープル侯爵夫人からは、とりあえずの台数として120台の注文があり、白地にアルストロメリアの絵が入った特注品を作ることになったらしい。しかも、嗜好品にお金をかけない貴族は笑われるとかで、一切の割引は断られたそうだ。
サービスといえば、見本の試作品を1台置いて来ただけなんだとか。




