購入
テーブルにつくと、ソウとパープル侯爵がやって来た。
「ユリ、おまたせ!」
「あ!3人前しかないの」
慌てたユリに、パープル侯爵は笑って言った。
「私もハンバーグが食べたいところですが、手伝ってもいないのにいただいてしまうとローズマリーに恨まれますので」
パープル侯爵はサンドイッチを食べるらしい。サリーが3人前のパンと一緒に持って来た。
「サリーさん、ありがとう。温かいうちに食べてくださいね」
「ありがとうございます。これにて下がらせていただきます」
お茶などを持った給仕とサリーは入れ替わり退室した。
食べ始めて少しした頃、パープル侯爵がユリに感謝を述べだした。
「ハナノ様、当家の料理人への指導、誠にありがとうございます。妻や娘たちだけでもご迷惑であったと思いましたが、料理人までご教授いただけるとは、大変ありがたく誠に光栄に」
「侯爵、ユリが食べられないよ」
だんだん仰々しくなりそうな挨拶をソウが止めた。
「パープル侯爵、楽しかったですよ。お気になさらずにどうぞ」
ユリが楽しかったと言うとパープル侯爵は驚いた顔をした。
横で笑顔のラベンダーを見て不思議に思ったのか、パープル侯爵は娘にも訪ねた。
「ラベンダー、ハナノ様は楽しそうだったのか?」
「はい。私たちに教えてくださる時とは少し違って、指導している!といった感じでした」
「ユリ、教え方違うの?」
「基本ができている人たちに遠慮する必要はないかなって」
「あー、なるほど。それで、ミートミンサーはすすめるの?」
「えーと、『うわー!こんなに簡単に細かい肉が!!!あの苦労はなんだったんだぁ・・・』だったかな」
「うは!ふふふふ」
ラベンダーが思わず吹き出すように笑いだした。
「ラベンダー?」
パープル侯爵は、いきなり笑いだしたラベンダーを心配して声をかけた。
「ユリ先生の、料理長のモノマネが、あまりに上手で、ふふ、ごめんなさい。思い出してしまいました」
「似てました?でもこんな感じでしたよね」
「そっくりです!うふふふ」
ラベンダーはきっと、箸が転がってもおかしい年頃なのだろう。
ユリも良く笑っているが、さすがにラベンダーの方が若い。
「それで、私は何を買えば良いのですか?」
パープル侯爵には、ソウがおおよそ話をつけてあったようだ。
「ミートミンサーという、挽き肉を作る道具です。これがあれば、気楽にハンバーグや、メンチカツや、肉団子や、色々なお料理が作れます。できれば他3家にも購入をおすすめください」
「お二人のおすすめを購入することに関して問題とすることはないのですが、それはそんなにも必要なものなのですか?」
「その点は、ラベンダーさんにわざわざ見学に来ていただいたので、今直接お尋ねください」
パープル侯爵は、料理人の苦労を軽減するメリットがみいだせないのだ。
「ラベンダー、見学してどうであったか?」
「はい。あんな面白、いえ、あれほど便利なものは是非購入するべきと思います」
侯爵は娘に甘い。
「そうか。では、ホシミ様、おすすめいただいた道具とやらをお願いします」
「了解。サイズは現場に聞いておくよ」
食後のお茶を飲み終わった頃、サリーが戻ってきた。
「ユリ様、お時間がございましたら今一度厨房にお越しいただけませんでしょうか?」
「はい。今から行こうと思ってました。ソウも一緒に行くけど、大丈夫よね?」
「ソウ・ホシミ様を厨房におつれしてもよろしいのですか?」
サリーの視線が泳いでいる。
「サリー大丈夫だ。ホシミ様は注文を聞きに行かれる」
「かしこまりました」
パープル侯爵に対して返事をしたものの、なにか思案したらしいサリーはユリに断りをいれた。
「ユリ様、少々お待ちください」
サリーは、近くにいたメイドに何か言付けをし、言付けをされたメイドは慌てたように部屋を出ていった。
「ユリ先生、後からお茶にお付き合いいただけますでしょうか?」
「はーい。次回を決めてませんものね」
「では、お待ちしております」
「はーい」
ラベンダーとお茶の約束をしてから、厨房に向かった。
到着するとなぜか物凄く静かだった。
「へえ、ここが」
ソウがキョロキョロとアルストロメリア会の専用厨房を見回す。
借りてきた猫のようにおとなしい料理人たちを不思議に思いながらユリは声をかけた。
「ハンバーグはいかがでしたか?」
「は、はいぃ!うま、と、とても美味し、美味しかったです!」
声が裏返り、様子がおかしい。
「取って喰いやしないから、普通にしてくれて良いよ」
ソウが苦笑しながら声をかけた。
「おおかた、パープル侯爵より偉い人が来るとでも言ったんだろ。俺は貴族じゃないし、ユリと同じだから」
「・・・良いのですか?」
パープル侯爵邸の料理長が、おずおずと声をかけてきた。
「今日来たのは、ミートミンサーの注文に関してだから、忌憚無い意見を言ってくれ」
「・・・我々には恐らく購入できる物だとは思えません」
「それは、値段?」
「端的に言ってそうです」
「それは大丈夫。侯爵から許可が出てるよ」
「え、侯爵様が、買ってくださるんですか?」
「侯爵の娘が見学に来てたでしょ? 侯爵に是非買うようにとすすめてたよ」
「ラベンダーお嬢様が!?」
ここで初めて他家の料理人たちは、ユリと一緒にいた女性が助手などではなく、この家のお嬢様だったと気がついた。
「ミートミンサー回してなかったか?」
「物凄く楽しそうに回してたよな」
小声でラベンダーについて話しているようだ。
「それで、どうする? 許可は出ているけど、要らないなら無理にはすすめないよ」
「いえ!欲しいです。是非とも!」
「パープル侯爵様のところは良いよな・・・」
「あ、他家についても、侯爵が話をするはずだから、たぶん買ってもらえると思うよ」
「本当ですか!やったー!!」
「それで、ユリが持ち込んだのは本当に家庭用で小型だけど、サイズはどうする?もう少し大きいのにする?」
ざわざわとし、各家話し合いをしているようだ。
話し合いと言っても、料理長の権限が一番強いので、一方的な宣言と懇願のようだった。
「ちょっと良いですか?」
ユリは意見があるようだ。
「肉の種類と同じ数がないと、分けて引きたいときに困ります。肉以外にも豆を引いたりする人もいます。私的には、最低3台必要だと思います。同じものを引く場合でも、三ヶ所に分けて作業できますし、仮に壊れても3つ同時には壊れないと思うので作業に支障が出ません。商売で同じメニューばかりで同じものしか使わないなら大型機でも良いと思いますが、毎日違うメニューを作る場所では、小型機を複数の方が使い勝手が良いと思います」
ほー、と感心した様子で、そこにいる全員が納得した。
「ユリ・ハナノ様がお持ちのものと同じようなものを4台お願いいたします」
「了解。早ければ来週には持ってくるよ」
「そうそう、2度引きすると更に滑らかな挽き肉になりますよ」
「2度引き!?」
「離乳食とか、病人食を作るときにも良いですよ」
「何でそれ侯爵に言わなかったの?」
「実際食べて、買って良かった!って実感した方が良いじゃない?」
「料理人は大変そうだな」
「そうね。ふふふ」
「ユリ・ハナノ様、又教えていただきたい料理ができましたら教えていただけますでしょうか?」
「私が教えられる料理でしたらお応えしますよ」
「ハンバーグのソースは教えていただけますでしょうか?」
「はい、お肉の種類や配合を変えたり、ソースを変えたりするだけでも全く違うハンバーグができますので、他のソースの配合は今度来るときに渡しますから、色々作ってみてくださいね」
そう言ってユリはデミグラスソースの配合と作り方を紙に書いたものを渡した。
「ユリ・ハナノ様、本日もどうもありがとうございました!」




