本職
サリーが声をかけてきた。
「ユリ様、少し休まれますか?」
「大丈夫よ、案内を頼んでごめんなさいね。ラベンダーさんにはローズさんとピアニーさんのケアをしてもらいたくてね」
「とても光栄です。指名してくださってありがとうございます。ラベンダーお嬢様の代理はとてもつとまりませんが、精一杯ご案内させていただきます」
「ありがとう。で、どこですることになったの?」
「ユリ様に厨房を見てもらって、使いにくかったらアルストロメリア会の厨房を使っても構わないと奥様がおっしゃっていました」
「それは良いですね。では見せてください」
ユメもついてくるらしいので手を繋いだ。
歩きながらサリーに聞いたところ、三家の料理長と助手で、最低でも教える相手は8人はいるらしい。まあ、予想通り。
結構広い厨房で、たくさんの人が働いていた。
ここで教えるのは邪魔にしかならないだろうなぁ・・・。
「アルストロメリア会の厨房を使いましょう。あそこは教えるのに使いやすく作ってあって、仕事をしている他の人の邪魔にもならないので最適です」
「かしこまりました。伝えて参ります」
アルストロメリア会の厨房まで戻ってからサリーはどこかへ伝えにいった。
「ユメちゃん、どうする? また椅子に座る?」
「ユリはどうするにゃ?」
「料理長さんたちにグラタンを教えます」
「とりあえず、座ってるにゃ」
「はい、お願いします」
ユメは座っているらしいので、持ってきたお菓子を渡した。
「ユリ凄いにゃ!ありがとにゃ」
ユメはニコニコしてお菓子を食べていた。
パープル侯爵邸の料理長と副料理長と知らない6人の男性がサリーにつれられてやってきた。
今まで気がつかなかったが、コック帽に色のラインが入っている。パープル、パールホワイト、スカイブルー、サーモンピンク。
各貴族家の色なのね!
自己紹介があり、やはり色の通りだった。
「ユリ・ハナノです。少し変わった料理を知っているだけの若輩者です。経験年数など比べ物になりませんが、よろしくお願いいたします。お嬢様たちに教えるのと違って緊張します」
なぜか、あれ?という顔をされた。
パープル侯爵家の料理長たちだけは誇らしげに笑っていた。
どうやらこの国では、女性が家族以外の他人に料理を作る事自体が相当特殊なことであり、ましてや女性のプロの料理人は存在せず、アルストロメリア会で教えていることから貴族の手習いを教えている貴族女性だと思っていたらしい。
「アルストロメリア会というのは、私がやっているお店の名前からつけたそうです。ここから馬車で15分とかからない場所で、庶民向けの日替わりランチと日替わりおやつのお店をやっています。ランチは500☆と1000☆で、おやつは150☆~1000☆くらいです。機会があったら一度お越しください」
「本当に庶民向けなんですね」
「はい。ご近所のかたも見えますよ。席が相席になりますが、貴族のかたも見えます」
「え!? 相席で貴族のかたが? 大丈夫なのですか?」
「とりあえず、席のことでもめたことはありません」
すごいな。一度行ってみよう。どういう仕組みだ? 等、色々呟いていた。
「では、今日はグラタンの作り方で良かったでした?」
「はい!お願いします!」
パープル侯爵家の料理長が了解した。
まずはフライパンなどを持ち込んでもらった。
さすがに器具が違いすぎる。
お嬢様たちと違って、見ているだけで良いらしい。
ここの場所を使いたくないのもあるようだ。
最初は、作りながら基本のホワイトソースから説明した。
「バターと小麦粉を炒めて牛乳でのばしながら混ぜていきます。これがホワイトソースです。これをスープに加えるとホワイトシチューという料理になります。こくがあって、寒い時期にぴったりです」
ほお、とか、うーん、とか感嘆詞しか発しない。
「つぎに、グラタンのソースですが、基本はホワイトソースと炒めた具を混ぜるのですが、先程とは別の失敗しにくい方法で作ります。
最初に玉ねぎと鶏肉に塩胡椒をして炒めます。
次に、バターと小麦粉を加え、良く炒めます。
牛乳の3分の1程度を加え滑らかになるまで混ぜます。均一になったら残りの牛乳の半分を加え混ぜます。
均一になったら残りの牛乳をすべて加え混ぜます。
少しとろみが出るまで煮ます。
パスタを加えるならここで加えます」
説明しながら茹でてあるマカロニとコーンを加えた。
「ポテトグラタンの場合、皿の方に火を通した芋を置いてソースをのせたほうが、均一なものができます。
これをグラタン皿に入れ、上に、パルメザンチーズか、溶けるナチュラルチーズをのせて、温度が高めの釜で表面に焼き色がつくまで焼きます。
チーズがくどいようなら、減らしてパン粉をのせて焼いても良いです」
釜にグラタンをいれた。
パープル侯爵家の料理長が手伝ってくれた。
「具は何でも大丈夫です。美味しい組み合わせを試してください。キノコばかり数種類いれたキノコグラタンや、平たいパスタとミートソースとホワイトソースを交互にいれたラザニアというのもあります」
釜の火が強いので、割りと早く焼ける。
料理長が釜から出してくれた。
「皆さんの分がありますので、お召し上がりください。マカロニグラタンです。あ、熱いので、気を付けてくださいね」
サリーがスプーンを持ってきてくれた。
スプーンをひとつサリーに返し、これ食べてください。と、グラタンを差し出した。
「ありがとうございます!!」
私はマイスプーンを2本取り出す。
「ユメちゃん、食べてみる?」
「熱くなくなったら食べるにゃ」
「わかったわ」
ふと見ると、まだ誰も手をつけていない。
「あ、ごめんなさい。どうぞ、召し上がってください」
皆食べ出した。
「なんだこれ!!」
「うまい!!」
「これが本物の味か!」
「おーいしぃー!」
「想像していた味と全く違う」
「あの材料でこうなるのか・・・」
「今日来て良かったー」
「やっと食べられた!」
「噂にたがわぬ味!」
「芋を入れたのも食べてみたいな」
「キノコばかりというのも食べてみたいものだ」
ずっと感想を言い合っている。
お嬢様たちと違って素直な反応は嬉しいけど、早く食べないと冷めちゃいますよ?
「ユメちゃん、そろそろご飯くらいの熱さになったよ」
「わかったにゃ」
椅子から静かに飛び降りてユメは隣に来た。
スプーンを渡すと、少しすくって食べてみるようだ。
熱さの確認が済んだのだろう。
スプーンに沢山のせ口いっぱいに頬張った。
こちらを見ていたサリーは予想していたのか素早く水を取りに行った。
ユメが熱そうにしていると、カップに入れた水をくれた。
「ありがとにゃ」
普段熱いものをほとんど食べないユメには、まだ少し熱かったようだ。
「ユメちゃんごめん、まだ熱かったのね」
「もう大丈夫にゃ。すこしずつ食べるにゃ」
ユメはまだ食べているが、大人たちは食べ終わった。
「ユリ・ハナノ様・・・」
「はい?」
「これほどとは・・・」
「?」
文章を続けて話してほしい。
「えーと、なんでしょうか?」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「実は、今日、訳もわからずこちらへ来ました」
サーモンピンクのラインが入ったコック帽をかぶっていた人だから、カーネーションが無理を言ったのだろう。
「説明はなかったんですね。そんなことだろうなとは思っていました。ふふふ」
「予想されていたんですか?」
「カーネーションさんが、とても乗り気でしたので」
「はい、奥様が厨房に見えまして、直接指示を賜りました」
直接指示したんだ。びっくりである。
「カーネーションさん、うちに来てないからこそなのかな」
「そうなのですか?」
「ええ、パープル侯爵本人、夫人、お嬢さん二人、パールホワイト伯爵夫人、お嬢さん、スカイブルー伯爵家、ご子息、お嬢さん二人、は確実にうちに来たことがあります」
「おおー」
「名乗っていないかたはわからないですが、パールホワイト伯爵家も、スカイブルー伯爵家も、おそらく伯爵ご本人もいらしているものと思いますよ。お嬢さんたちが最初の頃にそんな話をされていましたので」
なにか納得したのか、安心した顔をしていた。
「いろいろあって、ローズマリーさんから、料理長にグラタンを教えてほしい。という話になった時に、同席していたパールホワイト伯爵夫人と、スカイブルー伯爵令嬢姉妹と、サーモンピンク子爵夫人からも、頼まれたというわけです」
「そんな事情が!」
「なるほど!」
「ありがたいことです」
「お嬢さんたちと違って、次に作る候補はどうやって決めますか?」
「では、私から」
パープル侯爵家の料理長が手をあげた。
「ハンバーグをお願いします」
「完成度、高かったですよ?」
「一度本物を食べて、いえ、見てみたいので」
あ、食べたいのか。ふふふ。
「お肉、どうやって細かくしましたか?」
「え? 包丁で細かく切って、更に叩きましたが・・・?」
「わかりました。次回ハンバーグで」
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牛肉
豚肉
玉ねぎ
卵
パン粉
塩・胡椒
牛乳
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さっと、用意して欲しいものを書いて渡した。
首をかしげたままの料理長に挨拶をして解散になった。
サリーが、少しお待ちくださいというので待っていると、ラベンダーとローズとピアニーが来て、少しお茶をしたいと言いに来た。
了承すると、とても嬉しそうだった。




