王女
「今日はクレームブリュレを作ります。2~3人の班になってください」
パープル侯爵母娘、ローズ&ピアニー、王妃&第一王子妃、王女3人に別れた。
「お一人あたり、4個作りますので、器を確保してください。こちらにあります」
お店で少し使いにくいと思っていた色つきやライン付きのものを持ってきた。見分けるのに丁度良いと思う。
「はい、ではボールに卵黄をいれ、ホイッパーでほぐします。グラニュー糖を加え、白っぽくなるまで良く混ぜ合わせます」
いつものメンバー4人は手際が良い。
意外なことに、王妃&第一王子妃も手慣れているように見えた。
おっかなびっくりで、手元が怪しいのは王女3人だ。
集中的に見るようだった。
「次に、バニラスティックの中身を出して、バニラビーンズと牛乳を一緒に温めます」
「ユリ先生、これは一体なんですか?」
「この黒い棒状をバニラスティックと言って、中身をバニラビーンズと呼びます。豆ではありませんが、便宜上ビーンズと呼びます。ラン科の植物の種子で、加工により発酵させると良い香りがするので、お菓子の香料に使用します」
「香料なのですね」
「はい、ですので、絶対に使わなければいけないと言うことではありません。高価ですし、代用のバニラオイルやバニラエッセンスを使うことが多いです」
少し牛乳が跳ねたようだか、何とかバニラビーンズを、牛乳に加えられたようだ。
鍋を火にかけ牛乳を温める。
「沸騰させると膜が張るのでほどほどで止めてください」
王女たちは急いで鍋を火から遠ざけていた。
あ、あ、そんなに急いだら牛乳がこぼれそう。
「生クリームと温めた牛乳を、混ぜた卵黄に加えます。
裏ごしをしてそのまま1時間以上寝かせます」
裏漉し網に、特になにもかからす通り抜けた。
「ユリ先生!なんで裏漉しするんですか?」
「砂糖の溶け残りや卵のダマを除去するためです。できたら固く絞った濡れ布巾をかけておいてください」
皆も網を通し、布巾をかけて一段落する。
「この間に、洋梨半身1つを4等分にカットしウィリアムを掛けておきます。器を洗ってから洋梨を入れます」
洗って持ち込んでいるが、工程的に時間が空くので洗ってもらった。
王女たちは、生まれて初めて洗い物をしたらしい。
そりゃそうか。
後で怒られたりしないと良いなぁ・・・。
その他のメンバーは何度かは洗い物をしたことがあったらしい。
王女たちは、禁止事項が多くて、今日の参加をものすごく楽しみにしていたそうだ。
なので、洗い物も初体験で楽しかったと言っていた。
待ち時間は皆でおしゃべりをした。
「1時間くらいたちましたので、寝かせた生地を軽く混ぜてから器にいれ、160℃~170℃の釜の天板にお湯を張って、約40分間焼成します」
さすがに今日は釜はダメだよなぁと思いながら釜の方を振り向くと、サリーが小さく首を振っていた。
まあ、メンバーがメンバーだからしかたない。
器に注いだものを、サリーや料理長らに預けお茶会に移動する話になった。
「焼けたらすぐにお湯からだして、さましてください」
「かしこまりました」
サリーと料理長にお願いしたら、すぐ了承された。
皆に向き直り続きを説明する。
「冷めてからグラニュー糖を振りかけバーナーかコテで焼き色を付けると本格的です。これを『キャラメリーゼ』と言います」
ユリは無意識でバーナーと言っているが、特に誰も突っ込まなかった。
そんなことより、食べられないかもしれないほうが参加メンバーには一大事である。
「今日は食べられないのですか?」
「一度冷やしたほうが美味しいです。今食べるために、持ってきたものがあるのでこちらを食べましょう。あ、加工もこれでやってみます?」
しまった!サリーが驚いた顔をしている。
火を使うものはダメだったのかも。
ローズマリーを呼んで、手順を説明し、王族メンバーにやらせても大丈夫か確認したら、王妃に聞いてくれた。
結果、見て決めるそうだ。
火のそばの台にクレームブリュレを置き、長めのスプーンを真っ赤に焼いて、グラニュー糖をかけたクレームブリュレの上を触らないように焼き溶かしていく。
「うわー!」
「熱くないのですか?」
「多少熱いですが、火傷するような熱さではないです。やってみたい方だけどうぞ」
ローズマリーがまず挑戦する。
「なかなか焼けませんわね?」
「スプーンの焼きが足りないか、スプーンが離れすぎです」
ローズマリーはスプーンを再び焼き直し、ギリギリの距離でグラニュー糖をキャラメリーゼした。
「これでよろしいですか?」
「はい。素晴らしいです」
「はい!次やってみます!」
王妃だった。
ローズマリーがスプーンを渡してしまったので、色々手遅れである。
しかし、意外と上手だった。
不思議に思っていると、王妃になる前は、お菓子を作るのが趣味だったらしい。
ローズマリーは食べたことがあるらしく、腕に信用があるようだった。
作っていたのは主にクッキーやスコーンのようなもので、ジャムも作ったことがあるのだとか。
どうりで手慣れているわけである。
結局、おっかなびっくりな王女たちも参加して、全員が、キャラメリーゼを体験した。
「おうじさまとユメちゃんの分を作りますね」
ささっと2つキャラメリーゼした。
お茶会のテーブルに運んでもらい試食することになった。
ハイドランジアとアネモネの間に座ったプラタナスは、スプーンで表面をコンコン叩いて喜んでいた。
そのうちバリッといきそうだ。
表面の固さに驚きながらも試食した人は皆感激していた。
「美味しいです。この国に、こんなにも美味しいものがあったなんて!」
スノードロップが言うとサンダーソニアもうんうんと頷いていた。
あれ?凄く驚いているのは王女二人だけだ。
その他の持ち帰りお菓子すら食べたことがないのがこの二人だけなんだなと察した。
お茶会で話しているうちに焼き上がったとサリーが報告に来た。
私が作った分16個は冷えてから料理長にでもキャラメリーゼしてもらって皆で食べてくださいと伝えておいた。
サリーは震えるほど喜んでいた。
「焼き上がったそうですが、キャラメリーゼは食べる直前にしてください。そうしないと、溶けてベトベトになります」
「なるほど、それが持ち帰りを販売なさらなかった理由なのですね」
ラベンダーが納得したように頷きながら話していた。
「はい。キャラメリーゼしなくても美味しいは美味しいのですが、このお菓子の完成形はこうなのです」
ユリはラベンダーと話し込み、すっかり忘れていた。
帰ったら作れない人たちを。
「陛下にお願いしてみます」
後ろから声をかけられた。
え、なにを?
あー!そうか、城に戻ったらお菓子なんて作れないのか!
どうしよう。
こまった、なにか良い案はないかしら?
うーん?
「大丈夫でございますよ。ユリ先生がそんなに悩まれては、むしろ・・・うふふふふ」
「え?」
ハイドランジアは言いかけて笑ってごまかした。
ユリは知らないが、ソウが色々やった結果である。ごまかした言葉は、『むしろ陛下が、ソウ・ホシミ様に』であった。
3人の王女たちは知らないが、ハイドランジアは、ソウが初めて来たときに、その場に居たのだ。
結局、作った分は各自が家で仕上げることでまとまった。
本日のアルストロメリア会はこのまま解散である。
ただ、ラベンダーは心配して、付き添ったほうが良いかと聞きに来た。
サリーさんを貸していただけるとありがたいです。と伝えた。
ローズとピアニーが居ないなら付き添ってもらっても良かったけど伯爵家のケアをしたほうが良いだろうと思ったのだ。
王族メンバーはとても優雅に挨拶をして去っていった。
ローズとピアニーは、やっと息が吸えるといった感じに安堵して、にこやかに挨拶していった。