本格
「ユメちゃん、何かしたいこととかある?」
お昼ごはんのあと、手の空いたユリが尋ねた。
「おうちのピザが食べたいにゃ。ユリが作れるってソウが言ったって、日記に書いてあったにゃ」
日記に載っていたピザとは、餃子の皮で作ったミニピザのことかしらとユリは考えていた。
「その日記には、他に何て書いてあるの?」
「ユリがいなくてにゃ、ソウとキボウと一緒にピザを食べたにゃ」
当然、ユリには思い当たることがない。
「ソウ、何のこと?」
「酒配ったときに、王都で食べたんだよ」
「てことは、本格イタリアン?」
「まあ、そうだな」
アルストロメリアではピザトーストを出しているが、ケチャップしか使っていないので、本格的なピザを作るなら、生地やソースを作らないとピザが作れない。
「今から準備して夕飯に食べるのでいい?」
「手伝うにゃ!」
「キボーも、キボーも!」
「俺はどうすれば良い?」
「生地とソースの材料はほとんどあるけど、上に乗せるトッピングがないのよ。ユメちゃんと相談して買ってきてもらえる?」
「モッツァレラチーズとか?」
「うん。そういうの。生バジルもないからね。私はトマトソースとピザ生地を作るから、よろしくね」
「了解」
「あ、リラちゃんにも聞いてみましょう」
「リラを泊めても良いにゃ?」
「リラちゃんの都合が合うなら構わないわよ」
昨日のリラは、悩むユリのために皿うどんを提案したのだ。知らない料理も教える必要があるだろう。
手分けをしたのか、なんと、ソウとユメが具について相談している間に、キボウがリラを連れてきた。
「ユリ様!ピザを作るって、キボウ君から聞きました!」
「ユメちゃんのリクエストでね。ピザトーストではない、ピザを作るから、リラちゃんもどうかなって思ってね」
「お声がけくださり、ありがとうございます!!」
「作るのから関わる?」
「勿論です!」
リラはちゃんとエプロンを持参してきていた。
「あと、キボウ君が伝えたか分からないけど、もし予定が大丈夫なら、泊まっていってね。これはユメちゃんから頼まれたのよ」
「ありがとうございます!」
ユメはソウとの話が終わったのか、作るのを手伝うつもりらしい。
「ユメちゃん、キボウ君は?」
「キボウは、ソウと何か話してたにゃ」
どうやらキボウは、そのままソウについていったらしい。キボウ君って、国の外に出られるのかしら?と、ユリは不思議に思っていた。
「では、始めましょう。強力粉、薄力粉、塩、水、ドライイーストを用意します」
「はい」「わかったにゃ」
リラとユメが、材料を用意していく。ユリは器具の準備をした。
「粉は混ぜてふるいます。ドライイーストにぬるま湯と砂糖ひとつまみを入れて、溶かします」
ユメが粉をふるい、リラがドライイーストに砂糖とぬるま湯を入れて溶かした。
「粉に塩を加えて、分量の水の95%と、発酵したイーストを加え、手につかなくなるまでこねます。たくさん作るなら、ミキサーをフックに変えて混ぜると良いです」
「95%で、残りはどうしますか?」
「固さの調整に使ったりしますが、今回はぬるま湯で発酵させたドライイーストなので、たぶんその水は使いません。生イーストで仕込んだときや、ぬるま湯溶きしない配合のときは、その水が全部入ると思います。パン類のレシピの水は、5%くらい調整のつもりにすると作りやすいと思うわ」
「ぬるま湯溶きするのとしないのの差はなんですか?」
「夏ならそのまま加えても良いけど、冬は寒くて発酵しにくいからね。ちなみに、ひとつまみの砂糖は、イーストのためのご飯のようなものです。発酵を促進させます」
「味のため以外に、砂糖が入るんですね!」
ユメとリラがこね始めたが、ユメがパワー不足で、途中でユリに交代した。
「まとめたらボールに入れて、ラップフィルムか、固く絞った濡れ布巾をかけ、南向きの窓辺などの暖かい場所に置くか、加湿したホイロで発酵させます。家庭で冬に作るなら、低温の炬燵に入れると良いです」
「こたつ?」
「2階にあるから、あとで見ると良いわ」
「はーい」
簡単に片付け、次はトマトソースだ。
「カットトマト缶、玉葱、大蒜、塩、コンソメを用意します。玉葱と大蒜は微塵切りにして、オリーブオイルなどで香りが出るように炒めます。トマトと塩とコンソメを加え、焦がさないように煮詰めます。粒々な感じでよければそのままで、滑らかにしたい場合は、ミキサーなどで撹拌します」
ユメが缶詰を開け、ユリとリラが野菜をみじん切りにした。
「ケチャップも、こんな感じに作るんですか?」
「ケチャップは、もっと入る物が多いと思うわ。たしか、お酢とかお砂糖とかスパイス類も入れるはずよ」
「あ、確かに。ケチャップって、少し酸っぱいですよね」
少し深めの鍋に入れ、ユリが焦がさないように混ぜていた。
「ユリ、混ぜてみたいにゃ」
「ユメちゃんどうぞ。跳ねるときがあるから気を付けてね」
「わかったにゃ」
ユメは軍手をして肌を露出しないようにして、鍋を混ぜ始めた。
「ユリ、ただいま」
「ただいま、ただいまー」
「ソウ、キボウ君、おかりなさい」
「おかえりにゃ」
「おかえりなさいませ」
「ピザ用チーズ、クワトロミックスチーズ、モッツァレラチーズ、生バジル、ペパロニ、チョリソー、オレガノ、アンチョビ、マッシュルーム、生ハム、鶏もも肉を買ってきたよ」
「ソウ、ありがとう。鶏って、照り焼き?」
「うん。そのつもり」
「うふふ、わかったわ」
ユリが笑ったことを、ユメとリラは不思議に思ったらしい。
「ユリ、何が面白かったのにゃ?」
「テリヤキチキンだけ、本場のピザじゃないのよ」
本場の定義にもよるが、「pizza」ではなく「ピザ」と仮名で言っている時点で、本場でもなんでもない。
「本場にこだわるより、ピッツァは旨い方が良いだろー?」
「美味しいのが良いにゃ!」
「はい!美味しいが一番大事です!」
「おいしー、だいじー!」
「はいはい。ちゃんと作るから安心してください」
いつのまにか、トマトソースを混ぜるのは、リラに交代していた。
「トマトソースは、そのくらいで良いわ」
ソウが持ち込んだ、ハンドブレンダーで撹拌した。
「ユリ様、それ、なんですか?」
「ハンドブレンダーという道具で、ミキサーの刃の部分だけのような器具ね。お店には使っていないから、初めて見たわよね」
「ミキサーを洗わなくて良いのが良いですね!」
「そうね」
ユリは鶏肉を取り出した。
「テリヤキチキンは、あなたが知っているテリヤキチキンだから、特に説明はしないけど、他のピザについて、先に勉強しましょう」
ユリがテリヤキチキンを作っている間に、ソウにピザの種類について、説明してもらった。
ソウは、何種類かを説明していた。
マルゲリータ(トマトソース、モッツァレラチーズ、生バジル)
マリナーラ(トマトソース、アンチョビ・オレガノ・オリーブオイル、ニンニク)
パルマ(トマトソース、生ハム・ルッコラ・モッツァレラチーズ)
クワトロフォルマッジ(モッツァレラチーズ・ゴルゴンゾーラ・パルミジャーノ・ゴーダチーズ&あとがけ蜂蜜)
テリヤキチキン(溶けるチーズ、テリヤキチキン、照り焼きのタレ、マヨネーズ)
どこから持ってきたのか、ピザ屋のチラシらしきものを見せながら説明していた。
「テリヤキチキンが出来たわ。具材を適度に切ったら、ピザ生地をのしましょう」
ペパロニや、マッシュルームをカットした。
生地は発酵し、パンパンに膨れていた。
「凄いにゃ」
「大きくなった!」
ユメとリラが大興奮だ。
「これを潰して、まとめて、1つずつの重さに切り分けますす」
ユメとリラがやりたがったので、任せた。
「全員参加で生地を伸しましょう」
ユリが少し笑い、ソウにも生地を手渡した。
「え、俺も作るの?」
「せっかくだから、1枚作ってみたら?」
「あ、うん」
キボウはニコニコして、生地を受け取っていた。
取り合えず、残りの全ての生地をユリとリラが素早く丸め、固く絞った濡れ布巾をかけた。
「麺棒でも手でも良いので、丸く平たく伸します。ある程度薄くなったら、そのままでも良いけど、やってみたい人だけ挑戦してください」
ユリは、親指、人差し指、中指の3本だけを広げてたて、その上に生地をのせ、手首をクルッと捻り、生地を高く飛ばした。
落ちてくる生地を手のひらでキャッチし、何度か繰り返した。生地は、遠心力で更に薄く伸び、平たく大きくなっていく。
「うふふ、こんな感じよ」
「うわー! 凄ーい!」
「ユリ、凄いにゃ!」
「すごーい、すごーい!」
「俺、無理」
ソウは以前も見たことがあったらしく、やる前から諦めていた。
「気の済む厚さに伸ばしたら、好きな具をのせてね」
ユリはソウの分まで生地を伸し、天板にのせ、ソウに渡した。笑顔になったソウは、持っていた生地をユリに返し、好きに具を並べ始めた。
「うわ、穴空いたー!」
「飛んでったにゃー」
「キボー、できたー」
え?と全員が振り向くと、きれいに伸びた生地をキボウがユリに渡した。ユリはその生地を天板にのせた。
「キボウ君、凄いわね! 好きな具をのせてね」
「わかったー」
キボウがトマトソースをたっぷり塗って、好きな具をのせていた。
「キボウ君に負けたー」
「キボウ凄いのにゃー」
「失敗した生地は丸めて、他の生地で作ってみて」
リラとユメは生地を交換し、伸していた。
「1人あたり5枚分あるから、色々作って食べてみると良いわ」
2枚目を作るキボウを見て、皆が気づいた。
魔法で飛ばしている!
ユリの技術力と違い、安定して空中で回していた。
「あー、以前見たわ。眠っているリラちゃんを空中で回転させてたわ!」
「え、私、空中で回ってたんですか?」
「ほら、足を痛めた時、本読みながら机で寝ちゃったでしょ?」
「あー!あの時。そういえば、なんで休憩室に布団で寝ていたんだろうと不思議でした」
「キボウ君が魔法で運んでくれたのよ」
リラは、慌ててキボウの前に来た。
「キボウ君、あの時はありがとうございました!」
「よかったねー」
ユリほどは無理でも、本人が納得できる程度には伸せるようになり、リラもユメも楽しくピザを作って食べたのだった。




